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二人が旅立ってから数日。私はあてがわれた離宮から出ることはなく、大人しく過ごしていた。
これは、グレースの人たちに敵意がないことを示すためと、彼らの言っていることが真実ならば、私が動き回ることでどんな難癖をつけられるか分からない以上は大人しくしておくべきだろうと思ってのことだ。
ラナに会いに来ただけのつもりだったのに、話が大きくなりすぎて頭が痛い。
時間があれば観光でもしてから帰ろうと思っていたが、そんな呑気なことはもう出来そうにないな。
二人が戻って来たら、少しは楽になるのかもしれないが、どうなんだろう。
そんなことを考えていると、この離宮の使用人が人が来たことを伝えに来た。
一応私のことを気を使ってくれてはいるが、それも最低限気をつけているといった感じか。これが従兄弟殿であれば、かなり怒っていただろうなと想像に難くない。
グレースに来たのが私ではなく従兄弟殿であれば、この対応だけでも怒っていたかもしれないと考えただけで笑えてくる。いや、笑えないが。
彼なら戻って来るなり戦争だと叫んでいそうだしね。
周りの迷惑も考えずに自分のやりたいことだけするのだろう。どうしてあんなのが王族なのかと頭を悩ませるが、私一人が悩んでいたところで事態が変わる訳もない。
今は大人しく二人が持ってくる調書を待つしかないか。
離宮から出ることはないので、使用人に本を持って来てもらったり、離宮の中を探索してみるが、どうにも興に乗らない。
退屈が紛れるのなら刺客でもいいから会おうかと思えば見慣れた顔が顔を出した。
「久しぶりですね」
「そうですね」
私にわざわざ会いに来るような奇特な人物は誰かと思えば、客はグロリアだった。
この女は私と一緒に国境を渡り、それから一度も顔を見せず、今の今まで放っておかれた訳だが、彼女はこうなることを知っていたのだろうな。ふてぶてしい顔をしている。
文句の一つでも言いたくなったが、他国で迂闊なことを言う訳にもいかない。大人しく使用人が淹れてくれたお茶を飲みながらグロリアの行動を観察する。
グロリアは今日は動きやすいようにかパンツスタイルだ。
普通出掛ける時はドレス姿だろうと思うのだが、グレースでは女性も自由な服装をしていいということなのだろう。
別にそれを羨ましいとは思わないが、私もこの国で生まれていたら今のガチガチの価値観ではなかったのかもしれないと思うと羨ましくなりそうで本題に入る。
「それで? ここには何をしに?」
「今日はラナのところに行くんですが、一緒に行きますか?」
「それは……」
その提案はかなり魅力的なお誘いなんだが、事実確認が済んでないのに、勝手に動き回るのは避けたい。
これは、私だけの考えでなく、ゼランとミーヌも同じ考えで離宮から出ないようにと散々言われているのもあるが、離宮から出れば視線が気になってとてもじゃないが外の空気を吸いたいとは思えない。
ラナの様子を知りたいが、それは別の機会でもいいと考えている。もし、ここの人たちの言うように、我々の国が口にするのも憚られるようなことをしているのなら、なおさらあの子には迷惑を掛けられない。
私は大人しく離宮にこもっていた方がいいだろう。
「……申し出はありがたいのですが、遠慮しておきます。今は皆出払っていますので……」
「そうですか。それならばまた来ます」
そう言って帰って行ったグロリアだったが、彼女はこの日からしばしば離宮に訪れてはラナの話しをしたり、会いに行かないかと誘って来るようになった。
その度に断るのもどうかと思っているのだが、二人が戻るまではと断っているのに彼女は一体何を思って誘っているのか。
もしかして、私が困っているのを見て面白がっているのだろうか?
そう考えると段々とそうとしか思えなくなってきた。グロリアが来たら次は聞いてみるかと思ってから彼女はパタリと来るのをやめた。
彼女が来ない理由は聞いてない。だが、彼女が来なくなった離宮は一気に静かになったような気がする。
元々騒がしいのは好きではなかったので、文句を言うのはおかしいのだが、何故か釈然としない。
あの二人の帰りはいつになるのかと思うものの、何もせずに離宮に留まり続けるのはさすがに息が詰まる。
意地など張らずにグロリアに誘われた時にラナの様子を遠くからでも見ておけばよかったのかもしれないな。
でも、あの時はああ答えるのが精一杯だったのだから仕方のないことだった。けれど、気にならないと言えば嘘になる。グロリアにラナの様子だけでも教えてもらえないかと手紙でも書いてみようかな。
使用人を呼び、手紙を書く用意をさせる。返事はいつ返ってくるだろうか。彼女の性格はマメみたいだからすぐに返って来るだろうと予想していたが、予想を大きく外し、彼女から返事があったのはゼランとミーヌが戻って来る二日前だった。
しかも、内容は迎えに行くという一方的なもので、いつなのかすら書かれてなかったため返事をしたためたが、彼女から返事が来ることはなかった。