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「この町ね」
「とりあえず、宿を取ってきます」
「頼んだ。あたしは一通り町を見てくるから三時間後にまたここで会おう」
「はい」
町にたどり着いてすぐにメーシャさんと別れて宿に行って部屋を取った。
この町はエタノーラよりもちょっとだけ大きい程度の町なので、そんなに広くはなく、宿もあたしたちが泊まる宿以外はないそうだ。
宿に入って部屋を取れたことにホッとする。もうすぐ祭りがあるのなら、部屋を取れなかったらどうしようかと思ったが、すぐに取れたからよかったけど、部屋を取ってしまえばすることがない。
部屋の中は白い壁にベッドが二つ。鏡台が一つ。大きめのクローゼットにテーブルと二脚の椅子があるだけ。
水が欲しくなったら宿の人に頼むらしい。宿には食堂はなかったので、別のところに食べに行くしかない。
お風呂は宿の一階に大浴場があるからそこを使えとのこと。
部屋にお風呂がないのは、掃除が面倒臭いのか。
それは、今は関係ない。することがないのなら、どこかに出かけようかな? 待ち合わせまでにはまだ時間がある。それだったらちょっとぐらいいいよね。
剣と荷物を部屋に入れて外に出る。
外に出れば、空には雲一つなくいい天気だった。
町は祭りが近いからか、少なからず活気がある気がする。
あっちこっち見て回っていると、あっという間に時間になってしまったのか、荷物を持ったメーシャさんの姿が見えた。
「もう時間ですか?」
「いや、もうちょっとあったんだけど、ちょっと予定変更。宿に行こう」
「?」
慌ててメーシャさんに駆け寄ると、曖昧な返事。
どういうこと? と首を傾げていると、苦笑しながらメーシャさんに背中を押されながら宿に戻った。
宿に戻ってメーシャさんの話を聞いた。外では、誰が聞いているか分からないから言えないと言われてしまえば、周囲の全てが疑わしくなってしまう。
あたしが警戒すれば、まわりの人に変に思われるかもしれないからと宿までは言えなかったんだとか。それは、確かにあり得そうなので反論出来なかった。
宿の部屋に入ったメーシャさんはどこかで買って来たのか、パンとワインを取り出して飲み始めた。
「あの……」
「あんたも食べなよ」
メーシャさんはパンだけじゃなく、チーズやらハムに数種類の果物まで取り出してきた。どんだけ買ったんだこの人。
いや、それよりも、話は? お酒入ったらロクに会話にならないんじゃ? と思ったけど大丈夫そうだった。
「祭りは今から一週間後らしい。それまではあたしたちはすることないから休暇だと思えばいいよ」
「一週間後……」
そんなにあるんだ。それだったら確かに休暇と言えば休暇だ。
でも、一週間何もしないと言われると、なんだか落ち着かない。
することないんだったら、素振りぐらいはしてていいかな?
「町の様子は平和そのもので、パッと見の印象は怪しい人なんていなさそう。この町はここ何年も事件らしい事件もないんだってさ。昔あった事件なんて、どこそこの誰かが溝にはまって抜け出せなくなったとかだったよ。あたしらは他のところから来る人たちを調べればいい。幸いこの町はそんなに大きくないから宿はここだけ。この宿に出入りする人たちを調べてればいいから、今日ぐらいハメ外したって誰にも怒られないわよ。ラナはまだ未成年だからジュース買って来てあげたからね」
「あ、ありがとうございます」
それなら外に食べに行ってもいいんじゃない? とは思ったものの、せっかく買ってきてくれたのだから断るのも悪いとジュース以外にもいくつか食べ物をもらって食べた。
祭りの日までは町中をあっちこっち行ってみたり、祝福持ちはどこにいるのかなと探してみたりした。
町の人には不審に思われるかなっと思ったけど、メーシャさんが粗相をしないためにとフォローしてくれたから助かった。
この小さな町タニニーズにいる祝福持ちは一人。
この町の祝福持ちは、二十代前半の綺麗な女の人だった。
その美しさと祝福を持っていることから普段から求婚者が絶えず、今回の祭りで結婚相手を選ぶとかで、近隣の村や町、それどころか噂を聞いた人たちも面白がってこの町に来るかもしれないと知って、あたしたちだけじゃ祭りの時に出入りする人全員を見張るのは無理がある。
誰かこっちに寄越して欲しいけど、祭りまで一週間切ってるから多分無理だよね。誰が来るんだっていう話しだ。
というか、みんながどこにいるかなんて分かる訳ないんだし。
あたしがいなければメーシャさんは王都で情報を集められたんだよね。貧乏クジを引かせてしまったみたいで申し訳なくなる。
「ここの祝福持ちに声掛けてみるか」
「いいんですか?」
「暇だからね。あんたの練習も兼ねて。でも、あんまり目立たないようにしないとね」
目立たないようにならあたしは宿で待機していた方がいいかなと思ったけど、メーシャさんは多分大丈夫でしょと言う。
「たくさんの人が出入りするんだ。イチイチ人の顔なんて気にしないよ」
平気だと言われてちょっと怖かったけれど、今まで平気だったんだからと言われれば、そういえばそうかと思い直して外に出たら本当にあたしのことなんて誰も興味を持ってないみたいでホッとした。