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宿に戻りトマスたちにさっき見たものを急いで言う。
「それは本当か!?」
「本当だよ。あたしだってびっくりしたもん。とりあえず、みんなに報告したらまた街外れの宿に戻るから」
慌てて走って来たから息が上がっているが、まだ走れる。
グランディーナさんがお水を渡してくれたので、それを一気に飲み干してからまた出掛けようとすれば、待ったが掛かった。
「待て! お前は双子の妹がシェスタ・マーベレストの王子に捕まっていたせいで顔を知られているだろう。危険じゃないか!」
「そんなこと言われてもまともに動けるのあたしだけじゃないの」
他に動ける騎士は王都に戻って行ったし、グランディーナさんは危険だから宿から出て欲しくないってなったばっかりじゃないの。
それに、向こうは王子と御者の二人だった。宿で落ち合う可能性もあるけど、それがいつか分からないし、あそこにはちょっと休憩たけしてすぐに出発してしまう可能性だってある。
あいつらの目的が何だか分からないけれど、このチャンス逃す訳にはいかないでしょ。
「あたしが無理だっていうのなら誰が行くの?」
「それならあたしと……怪我の少ない騎士を一人お願いいたしますわ。ラナは近くのお店かどこかで宿の入り口を見張っていてください」
「しかし……いや、頼む」
「……分かりました」
グランディーナさんが提案してくるとは思わなくてびっくりした。
だけど、トマスのいう通り、あたしの顔は向こうも分かっているはずだ。
今刺激してもよくないのは分かるので、頷く。
だけど、今すぐあいつを殺してしまえば、何もかもよくなるかもしれないという考えもある。
でも、戦争になったらあたしたちだけの問題じゃなくなるし、ラフォン様だってまだ見つかってない。
そんなので、あいつを殺せば全てがパアになる。
それなのに、あたしは気が急きすぎていた。そうだよ大人しくしてないと。
グランディーナさんが誰を連れて行くか決めた後、あたしは街外れの宿に二人を連れて行って、宿の出入り口がよく見えるお店に入ってしっかりと見張った。
だけど、二人が中々出て来ないと悪い方に思考が引っ張られそうになって、頭を振ってその考えを振り払う。
大丈夫。
グランディーナさんたちの顔は知られてない。それに、すぐに部屋の中に入ってしまって二人が探しているだけかもしれないんだし、まだ慌てる時間じゃない。
焦るのはよくないと思ったばかりなのに、もう焦っている自分に苦虫を噛み潰したくなる。
大丈夫。二人の顔は分からない。だから、何事もなく出てくるはず。
ユリアの時みたいにボロボロの姿なんかで現れる訳がない。そう思うのに、不安は増すばかり。
ここまで不安になるのだったら、宿で大人しく待機している方がよかったかも。それか、グランディーナさんの意見を無視してあたしが乗り込むべきだったか。
ずっとそわそわしていて落ち着かない。
お店の人に不審がられていたみたいだったけど、そんなの気にならない。
やっぱりあたしも見に行くべきかな?
気が付けば、グランディーナさんたちが宿に入ってから二時間ぐらい経っていた。
これはもう確認しに行っても問題ない時間だよね?
そう自分に言い訳をしてお店を出て、街外れの宿に向かって急ぎ足で移動する。
「あら?」
もうちょっとで宿だって時に中から人が出てきたと思ったら、それがグランディーナさんたちだった。
向こうもあたしに気付いたみたいで、ちょっと気まずかった。
「あ、あの、遅かったから気になって……」
「とりあえず移動しましょう。話はそれからよ」
「はい」
怒られるかも。
話は気になるが、怒られるのは嬉しくない。
というか、二時間も二人は何をしていたのかっていうんだ。
「あなたが気になるのも仕方ないわ。でも、報告するのならみんなが揃ってからの方がいいと思ったのよ。それは分かってちょうだい」
「はい……」
さっき焦っちゃ駄目って思ったばっかりなのに、もう焦っちゃっていた。
外だし、大事な話ならみんながいる宿でした方がいいのはあたしだって分かっているのに。
二人を急かして宿に戻って話を聞く。
「あたしたちは運よくシェスタ・マーベレストの王子が取った部屋の隣を借りることが出来ました」
「断片的ですが、会話もいくつか拾えました」
「シェスタ・マーベレストの王子だと思われる方の声はかなり苛立っているまたいで、時折物が壊れる音がしていてかなり乱暴な方みたいですね」
フンと鼻を鳴らすグランディーナさんにそうでしょうねと頷き、黙って話の続きを促す。
「とりあえずこの街には一週間程いるみたいですが、どこに行くかまでは聞き取れませんでした」
「他は罵声とかでした」
「多分、あちらの計画が上手く行っていないのでしょうね」
拉致計画の方はあたしたちが邪魔をしているし、あたしだってまだ指名手配されているけど、それは向こうが覚えているかは不明だから、そっちは除外してもいいと思う。
その後もあれこれ聞いてみたい気持ちもあったけど、詳しく聞こえなかったそうだ。
でも、まだ一週間はこの街にいるらしいので、まだ情報を得られる可能性はある。
グランディーナさんたちが借りた部屋は一週間宿泊を延長してくれているらしく、あたしたちはそっちの宿に移動した。




