第3話 中庸とは何か。
はい、中庸とは何か答えられる人は次のページに進んでくださいね。
そんな方にはこのページは不要です。
答えはバランス。
善⇔悪。
幸運⇔不幸。
有り⇔無し。
その他⇔その他の逆。
一つを除いて、『第2話 幸運のレシピ』で説明した、『スライド式考え方』、『ダイス思考』が全て当て嵌まるんです。
人間とは面白いモノで、一つを除いて、全てを両極端に分けることが出来ないんです。
良い事をしつつ、悪い事をする人も居ますよね?
ある事を良いと言いつつ、それとある意味では同じ筈なのに否定する人とかも居ますよね。
例えば、
子供には優しいが、老人は殺すとか。
レズは有りだが、ホモは無しだとか。
このエッセイがつまらないと感じつつ、読んでしまっている。
……などなど。
中庸という考え方は中国から来ていますが、両方のバランスを取ることによって人間として器を広げるという考え方なのです。
つまり、『スライド式考え方』と『ダイス思考』を当て込みつつ、どっちも有り得ると考えてバランスを取る。
悪い言葉で言えば『どっちつかず』とも言いますがね?
そうならない為には、『中庸』を持ったうえで『自身の指標』を定めることが必要になります。これがなかなか難しい。
何故ならば、自身の言葉が『正しい』のか、『間違っている』のか、常に疑い続ける必要があるからです。このエッセイを書いている私自身、疑いつつ、自分の中では有っていると考え書いております。
つまり、人間の幅を広げるための考え方が『中庸』であり、これをすると『幸せの糸口』を取りこぼすことが減るということなのです。但し、同時に考えすぎると折角の『幸せの糸口』を見落とす可能性がありますので、考える⇔考えないことにも『中庸』が求められるという訳です。
結論、『中庸』をすると器が広がり、幸せを掴むためのレーダーが広がるとなる訳です。同時に広がりすぎるので、中庸をする⇔しないにも、中庸する必要があるということを忘れなければ、『幸せの糸口』を取りこぼさずに済むという話なのです。
次はもっと深い所に潜ります。
何かというと、『中庸』のたった『一つの例外』について踏み込んでいきますので、お楽しみに。
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