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4.待てば海路の日和あり

「ハンドクリーム、お取り寄せ調味料、キャニスター、石鹸、ソーイングセット―――――ふふふふふふ、やったぞディディエ! 僕はとうとうメロディの好みと彼女の心をがっちり掴んだ! 前まではやんわりと避けられてたけど最近じゃ普通に声を掛けてくれることも増えた気がするしで進歩! 快挙!!! これはもう結婚を申し込んでも問題ないのでは!? ないだろ! どうだ!!!」

「そうですね。自信がおありのようですし、申し込んでみれば良いのでは?」

「この流れは止めるところだろうがよ!!!!!」


ダァン! とテーブルに手を叩き付けて吠えるキャルム・ドニエの顔には焦燥感が燻っていた。威圧行為に他ならないそれは不快な音を場に響かせたが、恫喝されたディディエの表情は崩れるどころか罅割れもしない。そこにあるのは、ただの無だった―――――ただ明け方の海のように、静かに、茫洋と凪いでいる。


「すみませんがキャルム・ドニエ。情緒が不安定過ぎるので、もう少しどうにかなりませんか? 住み込みのメイドさんが雇用主の孫から贈られても実用面を鑑みてまあ受け取ってくれそうな品をチョイスした私の功績に免じて聞き届けていただけると幸いです」

「うわぁぁぁぁぁぁんどうしてディディエの選んだものばっかり素直に受け取るんだよメロディのバカ―――――!!!」


情緒不安定な美少年がテーブルに突っ伏してさめざめと泣き始めたところで対面の相手は態度を変えない。水平線の向こう側には太陽などありませんでした、と言わんばかりの冷めきった目で拗ねるキャルムを見下ろして、彼女は平坦に言葉を紡いだ。


「馬鹿はあなたですよ、キャルム・ドニエ。プレゼントの値段や大きさは相手への好意に比例しない、といい加減理解してください―――――具体的に言うとブランド物の化粧品や服飾を安易に選ぶな。相手の趣味嗜好を把握しないまま勢い任せに押し切ろうとするな。挙句の果てに、よりにもよって、百八十センチオーバーのクマのヌイグルミなんて非常識なものを軽率に特注しようとするな。幸いにも今回は発注前に気が付いたので注文そのものを取り下げられましたがあなたとにかくチョイスする物が片っ端からアレなんですよ、重いんですよ、全方向ありとあらゆる意味で」

「なんでだよ! まあ、確かに体長百八十センチの巨大ヌイグルミともなれば生地とか中綿とかの関係で重量的な重さは嵩むだろうけど………ありとあらゆる意味で重い、とまで言われる程じゃあないだろ!」

「そうですね。では訂正を―――――あなたの目や髪と同じ色、というだけだったらまだギリギリ許されるとしても身長まで同じ巨大ヌイグルミを抱き枕感覚で渡そうとする神経はかなり気持ちが悪いのでそのあたりを自覚していただきたい」

「は? 気持ち悪いって言った!? 気持ち悪いって言ったァ!!! 重いって言われてた方がまだマシだったそこまで言う!?」

「サイズ感はともかく恋人同士で自分と同じ色合いのヌイグルミを贈り合うのは確かに流行りですけども、あなたとメロディ女史はまだその関係にはありませんので………一方的に懸想している女性相手に贈り付けるにはあまりにも重たい巨大なクマさん、老舗メーカーが丹精込めて作り上げるであろう掛け値なしの一級品が、あなたの気持ち悪さのせいで受け取り拒否が確約されていると分かっているからには止めねばなりません―――――あなた自身が気持ち悪がられるのは別段どうでもいいけれど、そんなあなたの自己満足で哀れな扱いを受けるであろうクマさんをこの世に生み出させて堪るか」

「ちくしょう、無機物のクマさんなんかより生身の僕を慮れよ!!! 繊細な心を滅多刺しにして塩擦り込んで楽しいかディディエ!!!!!」

「まったく楽しくはないですね。心の底からげんなりしています。それを言うならあなたこそ、メロディ女史に恐怖心を与えて楽しいんですか。キャルム・ドニエ」

「止めろその真顔は僕に効く―――――怖がらせたいわけないだろ。好かれたいし仲良くなりたいし最終的には結婚したいよ何とかしてくれどうしたらいいんだ!」

「破れかぶれに他力本願な発言を投げないでいただきたい。現状維持を心掛けながら地道な触れ合いを積み重ねお互いを知る機会を増やして無理なく親密な関係を築いていくような長期プランがまあ無難では?」

「嫌だ。そんな悠長なことやってる間に何処かの誰かにとられでもしたらどうするつもりだ―――――泣くぞ。僕は。臆面もなく。こんな美少年を泣き喚かせるとかそれはもう世界の損失なのでは?」

「真顔で何を言っているので? あなたが泣こうが喚こうが、私は別に構いませんが」

「かーまーえーよー! もうやだコイツ!!!」


うわぁぁん! とこの世の終わりじみた剣幕でテーブルに伏して泣き言を爆発させている絶世の美少年を冷めた面持ちで見下ろして、ディディエは露骨に嘆息する。面倒臭いな、と口にしないのはせめても慈悲であり情けだったが、初恋に全力で振り回される自意識過剰系なポンコツの相手は正直言って心身に堪えた。端的に表現すると蹴り倒したい。ローキックをお見舞いして転ばせたい。

そんな衝動を抑えつつ、もういろいろと投げ出したくなった少女はふとした閃きに口を開く。


「つかぬことを伺いますけれど、そういえばあなたのご両親というかご実家の方もメロディ女史との交際には肯定的なんですよね?」


まあまず成立してすらいないものに肯定的なのもどうかと思う、とは考えないようにしているディディエに、キャルムはひょい、と顔を起こしてまじまじと不躾な視線を向けた。突然に何を言い出すのか、と不審な態度を隠しもしない眼差しは本当に口よりも雄弁だったが、その甲斐あってか滲みかけていた涙の膜は乾いていく。


「え? ああ、うん。そうだけど? ていうか僕が“何処かの誰か”に興味を示したってだけで大喜びだったからねウチの親。しかもそれが年齢的にも近い未婚の女性だと分かった瞬間家族どころか使用人まで揃ってお祭り騒ぎだもの、メロディはまあ平民だけどそのあたりはどうでもいいみたいだし、何よりお婆様が気に入ってるから問題ないんだと思う………あとは本人が頷いてくれれば入籍とかホントすぐなのになあああああああ。なんで上手くいかないんだろ」


自分の顔面偏差値を知り尽くした上で大いに過信しまくっていた少年の台詞に苛立ちはしたが、それを口にすると話が拗れるのでディディエは賢くも沈黙を選んだ。外面の良さを相殺して有り余る中身の残念さに言及したところで意味などなければ効果も薄い。そんなことより試せそうなことを実行に移せるかどうかの確認を優先した方が建設的だし合理的だ。

一計を案じるには情報が要る。受け身ばかりでは嫌だ、とのたまうのならある程度の博打は積極的に打たねばならない―――――なにより、こんな不毛な時間に、いつまでも付き合ってはいられない。

協力者には違いないけれど、恋愛相談員ではない少女はキャルムへと静かに切り出した。


「そんなあなたに私からご提案があります、キャルム・ドニエ―――――今のままではもどかしい、進展が遅くてじれったい。堪え性のないあなたがじっくりと好機を待てないのであれば、最早その“好機”はあなた自ら作っていくしかないのでは?」


待てば海路の日和あり、という言葉をささっと脇に押しやって、ディディエは潮目を変えんと囁く。それがキャルム自身にとってどう転ぶかは不明だが、巻き込まれるかたちにしかならないメロディ女史には徹頭徹尾申し訳ないなと心の底から思いつつ―――――この恋愛初心者の射程圏内に居る時点で回避は既に不可能である、との諦めとともに割り切った。


「これはあくまで仮に、ですが―――――」


提示されたアイデアに、キャルム・ドニエは喜色を浮かべる。この場に居ないメロディ・ラインが乗り込む船は泥船か、或いは豪華客船なのかはきっと神だけが知っていた。


神じゃなくても予想はつく、なんて思ってても言ってはいけないやつです。

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