2.望みは薄いが、なくはない
注意)とても口の悪い登場人物がめちゃくちゃ喋りますので苦手な方は退避してください。
「まあ、嫌われてはいないと思いますよ―――――相手にされていないだけで」
「あああああ! あああああ! ああああああああああ!!!」
「うるさ」
好き嫌い以前の問題ですね、と他人事感覚で吐き捨てられて、キャルム少年は発狂していた。天使のよう、と絶賛される美貌の顔面は盛大に歪んでもなお驚異的な美しさを保っていたが、五月蠅い、の一言で美少年の発狂を切り捨てた相手はにべもない。
「ここで喚いたって何も変わりませんよ………ただ花束を渡すだけの筈がどうしてそんなに上手くいかないのか逆に気になってしょうがないですね。その顔面をもってしても相手にさえしてもらえない、告白どころか勝負の土台にすら立たせてもらえないなんて―――――諦めましょう。キャルム・ドニエ。メロディ女史はあなたには過ぎた女性だったのです。これ以上拗らせて粘着していよいよ相手に嫌われる前に距離を取って適切に振舞いせめて雇用主の孫として問題ないところまで軌道修正を図るべきかと」
「うるっさいぞディディエ会ったこともないお前が知ったかぶってメロディを語るな………! ああもう、こんなに上手くいかないんなら花なんかじゃなくやっぱり最初から指輪とか分かり易いのにしとけば良かった!」
「止めなさい面倒臭過ぎる男。お花屋さんで買った花束さえも受け取ってもらえない分際で、初手から指輪を渡してどうします。シンプルに重い。ナチュラルに怖い。ドン引きされるのが関の山ですよ好感度ゼロどころか一気にマイナスにしたいんですか夢見る乙女を気取る前に現実を見なさいこのバカタレ」
切れ味鋭い罵倒の言葉が次から次へと飛んでくる。絶世の天才美少年と名高いキャルムと相対しながらこんな態度を取れるのは変人と綽名される彼女くらいで、そこに恋愛感情など微塵も発生しないからこそ二人は揃って平然としていた。恋人のような甘やかさも、友人のような労りも必要ないと割り切って、一人の美少年と一人の少女は言の葉を武器に斬り合っている。
「おッ前もう少し歯に衣着せろよ他人事だと思ってぽんぽんぽんぽん言いたい放題しやがって………! もういい! お前みたいな人の心を何とも思ってないヤツに相談した僕が馬鹿だった!!!」
「それは本当にそうですよ。完全に明らかなる人選ミスです。今お気付きになったので?」
「ああああああああ口が減らない女ァッ!!!」
絶世の美少年、と一般的には遠巻きにされている筈のキャルムが全力で不愉快極まりないと表明しながら一際大きな奇声を放つ。直後、糸が切れたようにテーブルへと突っ伏してブツブツと何事かを吐き出し始めた彼に面倒臭げな一瞥を向けた彼女―――――ディディエと呼ばれた冷めた目の少女は、溜め息交じりに場当たり的な言葉を平坦な口調で紡いだ。
「人付き合いに不慣れな人間がいざ恋をして浮かれるとこのような醜態を晒すんですね。勉強になります。参考にはなりませんが」
「うるさい勉強したところでお前だって人付き合いド下手クソじゃないか………!」
「それは否定しませんが―――――しかし、しかしですよ、キャルム・ドニエ。そんな私でも自分の行動が原因で転倒した女性を助けられず起こすのに手を貸さないどころか謝罪することさえ忘れてただ呆然と見守っていただけ、というのは流石にどうかと思います」
助ける、という名目で合法的に相手と触れ合いあわよくば好感度を稼ぐ―――――のは無理だとしても、なんだコイツと思われない方向でカバーする余地はあったのではないかと真顔の少女は淡々と言う。
それは言われたキャルムにも痛い指摘だったのか、相談相手を詰ることで心の傷をなんとかしようとする無意味な自己保身がぴたりと止まった。泣き出しそうに潤んだ瞳は持ち前の美貌と相俟ってとんでもない破壊力を有していたが、眼前の腹立たしいディディエどころか初めての想い人に対してもまったく通用しない武器であると知っているキャルムは頓着しない。だから彼は絶世と呼ばれる美貌を憂鬱そうな色に染めながら情けない事実と心情を吐露した。
「お前は僕の身体がそんなに機敏に動けると思ってるわけ? 買い被んなよそんな動きが出来たらこんなに凹んでないよどうしたらいいのか分かんなかったんだよ!」
「ああ………そういえばあなた、私以上に運動神経が残念なタイプの殿方でしたね。体格には大層恵まれているのに運動能力が伴っていない点をすっかり失念していました。買い被ってしまって申し訳ありません、そこは真摯に謝罪します」
「微塵も謝られてる気がしないんだよなァなんだこの五十メートル走七秒フラット!!! 僕がダメダメみたいに言うな、お前が普通に足早いんだよ普段はボーッとしてるくせしてなんだあの速度おかしいだろうが! 言っておくけど僕だって頑張れば九秒は切れるんだからな!?」
「そうですか。それは失礼しました。同年代女子の平均程度の速度は辛うじて出せるんですね、あなた。見縊っていました。お詫びいたします。重ねて申し訳ありません」
「だーまーれーよー! 足の速さだけが運動神経の善し悪しじゃないだろこの短絡思考!」
「仰る通りではありますが、それでもあなたのせいで倒れたメロディ女史に何のフォローも出来なかったという事実は覆りませんよ、キャルム・ドニエ」
「ああああああああああああああああ言えばこう言ううううううううううう」
「言いますよ。忌憚なく―――――そう望んだのは、あなたですので」
口喧嘩での敗北を喫した美少年の嘆きと怨嗟を一刀のもとに斬り伏せて、ディディエは溜息を引っ込めるべく控えめに紅茶を口に含む。たとえ安価な茶葉であっても淹れ方ひとつで味わいは変わる、との学びを舌で実感しながら、彼女は醜態を晒すキャルムに憐れみ混じりの眼差しを向けた。
「余計なことはせず段階を踏んで距離を縮めていく方がいい、と私は再三申し上げたのにどうしてあなたは空回るのか………贈り物をしたいならまずは花くらいにしておけとは確かに申し上げましたけれども、限度というものがあるでしょう。抱える程の花束なんて住み込みのメイドさんはまず持て余しますよ。花器がなければ家のをあげよう、なんて言われたところでそんなサイズのもの使用人部屋に飾ったら嵩張ってしょうがないしぶっちゃけ邪魔です―――――で、機転を利かせたメロディ女史が『玄関に飾る花をプレゼントされた』という体を装って場をおさめようとしてくれたのを引き留めようとして失敗したと? 惚れた女性の襟首引っ張って転ばせるとかどうしてそうなるので?」
「いやそれはもうホントそうそれはディディエの疑問が正しいし僕も意味分かんなかったから『なんできみそんなことになるの』って思わず倒れたままのメロディに聞いた………」
「口が裂けても言うべきではない台詞をどうして口にしたんですかあなたが一番意味分かりませんよ」
もう関わるのは止めて差し上げろメロディ女史が不憫でならない、との本音を口にする一歩手前でディディエは理性的に言葉を切る。この美少年の対人スキルは残酷なことにほとんどゴミだと知ってはいたが甘かった―――――認識を、更に改めねばなるまい。
そんな悔恨を紅茶で雑に喉の奥へと押し戻し、相談される側として此処に存在している以上は建設的な話をせねば、と少女は思考を切り替える。
「真面目な話、キャルム・ドニエ。不要な言葉を重ねるよりも、飾らず素直に衒いなく好意を伝える努力をしなさい。端的に言うとまず告白しましょう」
「しようとしたよ結果は散々だけど。いきなりフルオーダーの指輪は止めろ、って言われたからアドバイス通りに花をいっぱい渡して告白しようとしたらこのザマ。笑いたければ好きに笑えば?」
「そのような趣味はないので結構………これはただの独り言ですが、いっそ言動がおかしくなるくらいあなたが好きです初恋なんですとでも正直に白状してみれば何かしらの反応が得られそうなものを」
「絶対に嫌だね気恥ずかしい」
「理由がもう本当に格好悪い」
「お前は本ッ気で口が悪いね―――――ディディエ、僕のこと慰める気ある?」
ないですね、と少女は言った。答えは簡潔で冷血で、淡々として色がない。予想はしていたがあんまりな物言いに席を立ちたくなったキャルムは、しかし他に当てもないので彼女の言葉を待つしかなかった。
「あなたが欲しいのはその場限りの慰めなどではないでしょう。分かり易い同調と安っぽい同情をお求めならそれこそ人選ミスです、いくら助力を請われようとも私には用立てられません………が、いつまでもあなたの愚痴を聞くばかりではこちらとしても少々困るので―――――梃入れをしましょう。キャルム・ドニエ」
「梃入れってお前、具体的には?」
「簡単ですよ。謝罪とリカバリー」
あなたの場合話はそれからです、と真顔で断ずるディディエの声があまりにも力強かったから、キャルムはほんの少しだけ、頼もしい協力者にほっとする―――――その顔面をもってしても上手くいかないのであればたぶんその恋には進展どころかやっぱり脈がないのでは? と相談者側が胸の裡に本音を秘めていたとしても、口に出して指摘されなければないのと同じだったので、温度差はどうしようもなかったけれど。
書いててすごく楽しい(笑顔)