SS 自分を犠牲にしてでも守るものがある
アレンとルーチェが結婚し、生まれた息子のテオが5歳になった頃の話である。フレッドは領主となった兄の使いで、ブルーム家を訪れていた。あいにくアレンは商会との会議が長引いているようで、サロンでお茶を飲みながら待っているとテオがおしゃべりに来たのだ。
よく会っているので懐かれており、騎士団の話をせがんでくるのだが、今日は元気がない。両親のどっちかに怒られたのかなと思っていると、テオは思いつめた表情をフレッドに向けた。
「ねぇおじさん。おじさんは騎士団の部隊長なんだよね。悪い人を倒すんでしょ?」
「そうだぞ。おじさんたちは強いからな」
テオは騎士物語が大好きだ。ルーチェの剣の才覚を引き継いでおり、5歳ながらも光るものがある。
「じゃあ、お父さんには内緒で聞いてくれる?」
「お、いいぞ。内緒話は大好きだ」
フレッドは楽しくなってきて、カップをテーブルに置くと身を屈めてソファーの隣に座るテオと目線を合わせる。テオはしばらく視線を泳がせ、言おうか言うまいか迷っているようだったが、やがてフレッドをじっと見て口を開いた。
「あのね、お父さんが女の子をお屋敷に閉じ込めているかもしれないんだ」
「……ん? うん、なんで?」
何の話だ? と頭の上に疑問符が並ぶが、最後まで聞いてみることにする。
「この前、探検ごっこをしてて、お父さんの部屋に入ったんだ……。そしたら、部屋の奥のクローゼットに可愛いドレスがたくさん並んでいて……」
フレッドはひゅっと息を飲んだ。知っている。それは大人になったとはいえ、まだ幼い顔立ちのアレンの女装道具だと。顔が広くなってますます外でケーキを食べにくくなったアレンが、ケーキを食べ歩くために女装しているのだと。
(あいつ、もっとちゃんと隠せよ!)
不信感でいっぱいだが、父親を信じたいテオは泣きそうな顔をしていて、抱えている秘密の大きさに苦しんでいる。だが、フレッドは真実を言うわけにはいかない。
「えっと……お母さんのドレスを置いているのかもよ」
「それは違うよ。だって、お母さんの趣味と違うもん。なんか、すっごく可愛いドレスだから。絶対女の子用だよ」
(あぁぁもう! ルーチェ嬢の趣味!)
フレッドは頭を抱えて叫びたい。この思い込みの激しさは両親譲りだ。テオに潤んだ目で見つめられているフレッドは、真実と、父親の沽券と、いたいけな心の間で揺れ動いている。そこに、テオは震える声で話を続けた。
「ねぇ、お父さん捕まっちゃう? 屋敷を探してみたんだけど、女の子はいなかったんだ。もしかしたら、僕が知らない部屋にいるのかもしれない。それがバレたら、お母さん怒るよね。いなくなっちゃう?」
自分で話していて悲しくなってきたのだろう。どんどん目に涙が溜まり、しゃくりを上げ始めたテオを見て思い出すのは、かつてアレンがルーチェに浮気を疑われて大変だったと詰られた時のこと。
その時フレッドは約束したのだ。今回は迷惑をかけたから、次アレンが何か疑いをかけられたら、必ず力になって晴らすと。今が、約束の時だ。
フレッドは覚悟を決めた。自分が犠牲になる覚悟を。
「……大丈夫だ。あれは、俺がお父さんに嫌がらせで贈ったものだから。お父さんは優しいから捨てずに持ってるんだよ。お父さんは女の子を閉じ込めて、その子に着せたりしてないから安心して」
むしろ、自分が着せ替えられているとは口が裂けても言えない。
「え?」
それを聞いたテオの表情が凍った。嘘をついたことは心が痛むが、優先すべき友の矜持がある。
「それに、将来妹が出来たら着れるかもだろ?」
もう口から出まかせである。
「おじさん……危ない人だったんだね」
わかりやすく軽蔑の表情になり、テオは立ち上がるとすっとフレッドと距離を取る。信頼を築き上げるのは難しく、崩れ去るのは早い。その瞬間をしかと見た。
「えっと、お父さんはお母さんのものだから、諦めてね。あと、お父さんは女の子じゃないからね」
冷たい視線と淡々とした口調はルーチェを思い起こさせ、フレッドは寒気がする。胸を氷柱で貫かれた気分だ。
「……うん、わかってるよ。冗談だから、心配しなくていいからね」
懐いてくれていたテオから警戒心を向けられ、フレッドの心はズタボロである。テオは最後まで疑わしそうな目を向け、挨拶をしてサロンから出て行った。
(アレン……お前の父親の威厳は守り切ったぜ。俺への尊敬は砕け散ったけどな)
そして、ほどなくして姿を見せたアレンに一部始終を伝えれば、さすがのアレンも笑えず、うなだれるフレッドの肩に手を置くのであった。




