番外編1 浮気は即成敗します
本編後の番外編です。
もう少しお付き合いくださいませ(´▽`*)
雑踏の中でも、見知った顔があれば目が引かれる。まして婚約者であればなおさらだ。それが、見たことのない女装だとしても、知らない男と一緒にいたとしてもだ。
ルーチェは可愛い雑貨屋からヴェラと出て馬車に乗ろうとしたところで、向かいにあるカフェのテラス席に目が釘付けになった。そこには、銀色のまっすぐとした髪を耳にかけ、おいしそうにケーキを食べている少女がいる。向かいには朗らかな表情で話をしている身なりのいい年上の男性がおり、仲睦まじそうだ。
「ねぇヴェラ。あれ、アレンよね」
思いのほか冷たい声が出て、ルーチェ自身も自分の苛立ちに驚いた。苛立ちを意識すれば、さらにふつふつと怒りが湧いてくる。表情は冷え冷えとしており、目つきには剣のような鋭さがあった。ヴェラは静かに怒るルーチェと、その視線の先にいるアレンらしき少女を交互に見て、苦し紛れにあがく。
「他人の空似という可能性は……」
「あの髪色は初めて見るけど、ドレスは私が贈ったものだもの。見間違えるはずがないわ」
「……何か事情があるのかもしれませんよ? それにほら、相手は男ですし」
「それなら言ってくれているはずよ。隠しているってことは、本気なのかも。それに、ここは愛の国よ。結婚は無理だけど、愛人なら珍しくもないわ」
ルーチェに論破され、ヴェラはぐうの音も出ない。二人の頭上に「浮気」の文字が重くのしかかっている。婚約をして半年が過ぎ、幸せな恋人生活に突然襲来した危機にルーチェは固く拳を握った。
視線の先ではアレンが紳士に手を握られ、恥ずかしそうに俯いている。怒りがぐらぐらと煮えたぎってきた。
「ヴェラ、今からブルーム家に行きましょ。帰ってきたアレンを問い詰めるわ」
即断即決。最近カミラに似て行動が早くなったルーチェを、ヴェラは慌てて宥める。
「少々お待ちください。今から小間使いをやって訪問を告げますので、ちょっと景色のいいところに寄ってから行きましょう」
婚約者とはいえども、突然押しかけるのはあまり褒められたことではない。それに、ルーチェにも落ち着く時間が必要だった。
「……それもそうね。さっきミアちゃんに贈る小物入れを買ったし、それとお菓子を持っていきましょ」
淡々と話すルーチェは戦いの前に剣を研いでいる状態で、ヴェラは誤解でありますようにと強く祈りつつ、馬車の馭者席で待機していた小間使いに用を言づけるのだった。
そして馬車に乗り込み、時間を潰すために揺られているのだが、ルーチェの脳裏には、銀髪の可愛いアレンが手を握られている姿や、相手の話を聞いて口元に手を当てて笑っている姿がぐるぐると周っていた。苦しそうに眉間に皺を寄せる。
(お相手は見たことがなかったけれど、なんだか楽しそうだったわ……もしかしたらこのまま)
胸がじくじくと痛み、泣きだしそうになる。嫌な想像がどんどん膨らみ、怒りが引いた後には不安と裏切られた悲しさが押し寄せていた。ルーチェは落ち着こうと深呼吸をする。
(私は婚約者なのよ。ここは余裕を見せなきゃ)
アレンの婚約者として社交の場に出ることも増え、ルーチェは他の令嬢たちとおしゃべりを楽しめることも多くなった。その中では、浮気や愛人も話題に上っている。殿方のそのような問題にも対処するのが淑女の役目と、とある侯爵夫人が話していたのだ。
ルーチェは重い空気の中、自分の気持ちを落ち着かせ考えをまとめるためにヴェラに話しかける。
「ここは、婚約者として愛人を認めるべきよね」
「え? どういうことですか?」
この先の修羅場に身構えていたヴェラは、神妙な表情で考え込んでいるルーチェを見て目を瞬かせる。
「さすがに相手が男性だから、婚約解消にはならないと思うけれど。アレンが本気だった場合、その……仮面夫婦になるのかしら」
「え、えぇ? なぜそのようなお考えに?」
先ほどは一発お見舞いしそうな勢いだったのに、今は肩が落ちてしょんぼりしている。気持ちと思考のふれ幅が広い。
ルーチェは不安そうに瞳を揺らして口を開く。
「私は別れたくないもの。でも、アレンは先程の方と添い遂げたいかもしれないでしょう? なら、内縁関係というか、そういうのも認めるべきかなって」
言葉にすればもうそれが事実のような気がして、ルーチェはさらに気が沈む。
「いや、そんなことありませんって。アレン様ですよ? 今朝も甘いお言葉が書かれた手紙が来ていたじゃないですか」
「人はいくつか顔を持っているとも言うし、アレンは演技上手だから」
すごい勢いで考えが後方へ転がり落ちているルーチェに対し、ヴェラはなんとか前向きにと修正をかける。
「大丈夫ですよ。これは商会のお仕事でとか、誰かの代わりを頼まれたとかですって。アレン様の恋愛対象は女性だと、この前おっしゃっていたじゃありませんか」
前にアレンとフレッドと共においしいワインを飲みながら食事をしていた時、フレッドは酒の勢いもあって、アレンが女装している時に男が好きかもしれないと一瞬勘違いしていたことを暴露したのだった。アレンは女性が恋愛対象で、あれは中身がルーチェだからドキドキしたんだと叫んでいて、ルーチェはお腹が痛くなるほど笑ったのだ。
「そうだけど、女装しているうちに男性の魅力に目覚めたのかもしれませんわ」
「それなら、ルーチェ様の男装姿に陥落しているはずですよ。考えすぎですって」
「アレンの男の好みが年上の渋さだったら、私太刀打ちできないじゃない」
確かに先ほどの相手は、渋さの光る年上男性だったとヴェラは頭が痛くなってくる。
「ルーチェ様、不安になるのも分かりますが、アレン様を信じてあげましょうよ」
ヴェラの中ではアレンは浮気ができるほど器用ではなく、今回も何かしら事情があると思っているのだが、ルーチェはずっと思いつめた顔をしていた。
「私だって信じたいわよ。でも、一緒にいたのがどこかの令嬢なら心配しないけど、女装して男性といたのだもの……」
この半年で愛されていると強く実感できるほど、手紙で、言葉で、目線で、行動で、愛情を伝えてくれていた。だから、女性相手なら負けないと、アレンを信じることもできる。だが男性といわれると……。
ルーチェは思いため息をついた。
「男は別腹という可能性もあるじゃない」
「そんな、ケーキみたいに言わなくても……」
実際アレンはお腹いっぱいと言いながら、食後にケーキをぺろりと食べるので妙な説得力がある。ヴェラはちらっと、メインはどっちだと思うが口にはできなかった。
ちょうどその時馬車が止まり、ルーチェが窓へと顔を向ければ丘に咲き乱れる花たちが目に映る。馭者がドアを開けると、風と共に花の香りが舞い込んだ。
「さぁルーチェ様、気分転換に少し歩きましょう。今から考えても仕方がありませんわ」
「……そうね。何があっても対処できるようにしないと」
ルーチェの脳内では、先程の相手とアレンを交えて話し合いをするところまで進んでいる。毅然とした態度で立ち向かうために、素振りをして精神統一をしたいぐらいだ。
そして、しばらく時間を潰し、連絡にやった小間使いから知らされたアレンの帰宅時間に合わせて、ルーチェはブルーム家へ赴くのである。




