63.男装して/女装して……
ルーチェ・オルコット伯爵令嬢と、アレン・ブルーム伯爵令息の婚約は夏の始まりを迎え、社交シーズンの終わりが近づいた頃に発表された。本日はそのお披露目を兼ねた夜会がブルーム家で行われ、ルーチェとアレンは招待客からの挨拶と祝辞をもらい、丁寧に挨拶を返している。
ライアンとカミラの時ほどではないが、多少の驚きと祝福をもって受け入れられたようだった。次々と参加者が祝福の言葉を贈ってくれるのだが、挨拶の大半は美しいルーチェへの賛辞なのでアレンは面白くない。
今日のルーチェは紺色のドレスを着ており、ドレスに散りばめられたビーズがシャンデリアの光を受けて輝き、星のように見える。すっきりと空いたデコルテにはアレンがこの日のために贈った濃いエメラルドが輝き、台座に刻まれたブルーム家の紋章が自分の婚約者だぞと主張していた。
髪を編み込んでまとめ上げているルーチェは、挨拶の波が引いたところでアレンに言葉をかける。
「仏頂面になってますわよ?」
「……だって、どいつもこいつもルーチェ嬢に釘付けになってるからさ」
「まぁ、こんな時まで嫉妬ですか?」
ルーチェは自分にだけ分かるように小さくむくれているアレンを見て、口元に手を当てクスクス笑う。そういう反応を見ると胸がくすぐったくて、愛しさが増す。
場は歓談の雰囲気となり、二人の手が空いたところでミアとフレッドが近づいてきた。
ミアは今日も可愛さが弾けるような、薄ピンクのフリルに包まれたドレスを着ている。デコルテが浅めなのが、まだ咲き始めたばかりの小さな花を感じさせて愛らしい。
「お兄様、ルーチェお義姉様、改めまして婚約おめでとうございます」
ミアのカーテシーは洗練されていて、彼女自身の成長も伺える。その姿に、女装姿のアレンが思い出されてさらに目元が下がった。
「ミアちゃん、フレッド様、本日はお越しくださりありがとうございます」
「ミア、楽しんでね。フレッドはそこそこで帰りやがれ」
相変わらず妹と親友とで温度差が激しいアレンだが、フレッドは気にも留めずアレンの肩に腕を回す。
「せいぜいルーチェ嬢に愛想をつかされないよう頑張れよ。お前人生の運使い切ったんじゃね?」
「うるさいわっ。まだ残してる運を切り崩してルーチェ嬢を繋ぎとめるんだよ!」
アレンが睨み離れろと肘で胸をつけば、フレッドはわざとらしく痛がって体を離した。こうやって毎回からかって遊んでいるが、婚約したと聞いた次の日にはお祝いだと、大量の希少価値の高いワインが入った樽を荷馬車に積んで持ってくるぐらいには喜んでいた。そこに、頬を膨らませたミアの声が割って入る。
「もう、お兄様ったら、そこはもっとかっこよくお義姉様の気を引かないと、逃げられますわよ!」
乙女心が分かっていないのだからと怒るミアの頭をルーチェは撫で、色っぽい視線を向けた。
「大丈夫よ。ミアちゃんが寂しがるから、どこにも行かないわ」
芯のあるいい声と周りに花が散る微笑に、ミアは「きゃぁ」と頬を染める。見せつけられた形のアレンは、顔を引きつらせるとルーチェの袖を掴んだ。
「ルー、わざとやってるよね」
「だって、アレンが可愛いのだもの」
二人は婚約が公表されてから、呼び方を変えていた。二人の時は「ルー」「アレン」と呼び合い、砕けた口調で話すのだ。二人だけの甘い空気に当てられ、ミアは「まぁ」と仲がいいことを喜び、フレッドは「勝手にやってろ」とうんざりした顔をしている。
そして、二人は「おいしい料理を食べてきますわ」と言って、軽食がある部屋へと向かって行った。今日の夜会ではブルーム家所有の商会から選りすぐったスイーツが並び、厳選された食材を腕利きの料理人が丹精込めて仕上げている。
もうすぐダンスの時間になるため、ソファーに座って足を休めようかと思っていたところで、近づいてくる目立つ人影に気が付いた。周りの目を奪いながら進んでくるのは、ライアンとカミラである。
ライアンは心底参加したくなさそうだったが、時期当主であることと、カミラの熱心な説得により先ほどから招待客の挨拶を紳士な猫を被ってさばいていたのだ。優雅な微笑を称えてカミラをエスコートしているように見えるライアンだが、その実手をしっかり掴まれて捕獲されているのである。
今日のカミラはドレス姿で、それがさらに人目を引いていた。美しいカーテシーを見せ、祝いの言葉を述べる。
「二人とも本当におめでとう。心からお祝いするよ」
朗らかに微笑むカミラに対し、ライアンの作り物めいた微笑に仄暗いものが混ざる。
「礼儀として言っておくよ、おめでとう。でも、僕にしたことは許さないから。出汁にされたみたいで腹が立つ」
ライアンの棘のある言葉に、ルーチェは怯むことなくすぐさま言葉を返す。
「私もライアンにされたことは許さないし、今後何かあったら実力で返すわ。特にお義姉様に迷惑かけたら容赦しないから」
清々しいほどの笑顔で左腰を叩いたルーチェの言葉の意味は、「続きは剣で」だ。そこにアレンも口を挟む。
「可愛い婚約者を危険な目には合わせられませんから、その時は俺もご一緒しますね、お義兄さん」
最後の止めとカミラは掴む手に力を込めて、笑っていない目をライアンに向ける。
「私も愛しい婚約者を一人にはできないからな、共に参ろう」
と、剣の使い手三人に囲まれたライアンは、ひぃと顔を引きつらせた。真っ先に怯えた目をカミラに向けたので、着実に調教されているようだ。
ライアンの状況については逐一カミラから報告が来ており、今は精神的に追い詰めているらしい。カミラは婚約発表をした後、王宮の夜会で王妃に祝福の言葉をもらった際、会場に向けて言い放ったのだ。「私に想うことがあるなら、口でも剣でも喜んで受けよう。そして、ライアンにはヘルハンズ家に文を送ってくれれば、私が責任を持って聞かせよう」と。
そのため、ヘルハンズ家にはライアン宛の恨み言や詰る言葉が書き連ねられた手紙が連日届くよういなり、それをカミラは毎日朗読しているらしい。その効果か、ライアンの顔色は悪く少しクマができていた。少し目を泳がせたライアンは、最後の意地かルーチェを軽く睨んだ。
「さっさと嫁いで出て行けばいいさ」
そう捨て台詞を吐いて、壁際のソファーで休んでいる両親の下へと向かった。おそらく何か文句でも言いに行くのだろう。カミラはその背をやれやれといった表情で見やり、困った微笑を二人に向ける。
「すまんな、まだ素直になれないというか。思った以上に内面が拗れているようだ」
「いえ、ライアンが家族以外に素を出しているのは初めて見たので、お義姉様と合っているのだと思いますわ。ライアンをよろしくお願いします」
「あぁ、任せておけ」
そう言いおくと、「またな」と手を振ってライアンの後を追って行った。ちょうど広間に流れている音楽がダンスのものへと変わり、人々が真ん中へと集まっていく。その中央は空けられており、今日の主役のものだ。アレンはルーチェをエスコートしてそこに立つと、注目を浴びる最大の見せ場に緊張感が高まり、つばを飲み込む。
「ルーチェ嬢、最高のダンスにしよ」
この場で皆に見守られながら踊れる幸せを噛みしめながら、アレンはルーチェに手を差し伸ばす。それをルーチェは心を弾ませて取り、ステップを踏みだした。二人の最初のダンスは、男装と女装で、ステップも逆。だが、その時感じた心地よさは本来の役割に戻っても同じ。
「ルーチェ嬢って、そもそもダンスが上手だったんだね」
ライアンに扮していたルーチェほど上手なリードができないのに、流れるように気持ちよく踊れるのはルーチェが自然と合わせて動きやすいようにしてくれているからだと、今だから分かる。
「アレン様もお上手なんですから、自信をお持ちくださいませ」
「いやぁ……、完璧なルーチェ嬢を見ているからなぁ」
ルーチェは心の中で「可愛さでは勝っていらっしゃいますのに」と呟いたが、さすがに口には出さなかった。可愛そうすぎる。
そして二人が一曲を踊り終えると、拍手に包まれた。二曲、三曲と続けて踊り、歓談に戻ればアレンは次期ブルーム家当主として、ルーチェはそれを支える妻という顔で貴族たちと歓談する。互いの知り合いを紹介してもらっていけば、時間は過ぎ、夜会は盛況のうちに終わった。
二人が最後の招待客を玄関で見送れば、静かになった屋敷にやり遂げた達成感と心地よい疲労感が押し寄せる。このお披露目をもって、社交界でも二人は正式な婚約者として扱われ、一人前の大人とされるのだ。
大きな一歩に、満足そうに微笑み相手を労うものだが、無言のまま向き合って目を合わせた二人は、もの言いたげな目で相手の表情を伺っている。
先に口を開いたのはルーチェで、
「あの、アレン……。お披露目も終わりましたし、その、婚約者として一つわがままを聞いてほしくて」
と、可愛らしい声を出した。すると、アレンも気恥ずかしそうに頭に手をやりながら言葉を返す。
「実は、俺も頼みがあって……」
数日後、定期報告にオルコット家を訪れたカミラは、ちょうどアレンとルーチェがいると聞いたので、ルーチェの自室を訪れていた。侍女に案内され、部屋に足を踏み入れたカミラは目を瞬かせる。並大抵では驚かないカミラだが、思わず呆気に取られて固まってしまった。
「……二人とも、なぜその格好を?」
出かける前に一息ついていると聞いていたので、ソファーに座ってお茶を飲んでいるのは分かる。問題は二人の恰好が逆ということだ。
長い足を組んで座り、お茶をすすっているのは茶色く艶のある髪が襟足で切り揃えられたルーチェ。男性用のカツラであり、質の良いスーツに身を纏っていた。どこからどう見ても、貴公子である。
「あら、お義姉様。あちらの姿のアレン様にも会いたいので、お願いしたんです。アレン様は変幻自在で、無限に可愛いを生み出せますのよ」
その向かいで楚々としたしぐさでお茶を飲んでいるアレンは、金髪のウェーブがかかった髪が腰まで広がっている美少女で、コサージュやフリルが盛りだくさんの水色のドレスがよく似合っていた。アレンはにこりとカミラに微笑みを返すと、裏声で挨拶をする。
「カミラ様ごきげんあそばせ。可愛い婚約者の頼みは断れないのと、ちょうど人気のカフェで恋人限定のケーキがあったから、しかたなくですわ」
外向きに甘い物が苦手だと言い張っているアレンは、元の姿では好きにケーキを食べられないのだ。だが、カップル限定のケーキがどうしても食べたくて、自分は女装するから男装をお願いとルーチェに頼んだのである。
さすがにミアとライアンに扮していくわけにもいかないため、その格好となったのだ。カミラは二人の間で視線を交互させ、一拍後豪快な笑い声をあげた。
「やはり二人はこうでなくてはな! 実に二人らしい!」
ルーチェとアレンはお互いを見やって、くすりと笑った。ありのままの姿も、男装、女装した姿もどちらも好きで、それも自分。それが、二人の愛の形だった。
Fin
本編はここで完結です(´▽`*)
ここまで読んでくださりありがとうございました。
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