62.心をこめた告白を
おいしい紅茶を飲みながら、二人は話を弾ませる。自然と出会いから今までの思い出となり、それぞれが心の内を明かしていく。事の発端はあの薔薇園でのすれ違い。
「まぁ、あの時おっしゃっていたライアンから言われたことは、その場の思い付きでしたの?」
ルーチェは目を丸くして、その時の記憶を引きずり出す。たしか、将来を誓っただとか熱い言葉をもらったと涙目で訴えられたのだ。アレンは乾いた笑いを浮かべて、紅茶をすする。
「いや~、俺もミアがライアンになんて言われたかまでは知らなかったからさ。我ながら、役者の才能あると思うよ」
「すっかり騙されましたもの。本当に可愛くて、純粋で、どれほど抱きしめたくなったかわかりませんわ」
「女装を褒められるとちょっと複雑だけどね。でもルーチェ嬢はずるいよ。かっこよすぎる。今でも敵う気がしないし」
「あら、アレン様だって後数年すれば男前になられますわ」
アレンはまだまだ成長期。ルーチェは彼の大人びた顔を想像して頬を緩ませた。だがアレンの顔色は晴れない。クッキーを口に放り込んで、疑わしい目を向ける。
「それ、俺の両親を見ても同じこと言える?」
ブルーム伯爵夫妻は、お人形疑惑、妖精疑惑が囁かれるほど容姿が変わらないのだ。小柄で童顔、しぐさもどこか可愛さがある。ルーチェはブルーム家の子供に流れる血の強さを感るが、希望を捨ててはいけないと語気を強めた。
「少なくとも20歳くらいまでは変化があるかと思いますわ!」
なぜなら、ブルーム夫妻は20代の若さを保っているからだ。
「俺はもっと大人の貫禄が欲しいんだって! 舐められないような! 俺だって、ルーチェ嬢を守りたいんだから……。守られてばっかだったけどさ」
男装したルーチェはかっこよく、強かった。二人の脳裏に劇場で会った危険な令嬢と路地裏での男たちが思い起こされる。
「あの時は、巻き込まないようにと必死だったんですけど、今思えばアレン様なら余裕でお相手できたんですね」
アレンの剣の腕前は本人とフレッドからも聞いており、手からも鍛錬を怠っていないことが分かる。まだ手合わせをしたことはないが、機会があればお願いしたいと思っているルーチェだ。
「まぁ……たぶんできたけど、ドレスとヒールじゃ常の半分も動けないと思う」
「そうですよね。私も男装中は仕込み靴だったので、踏み込みが甘くなりましたもの」
「あ、あれやっぱり靴の底が上がってたんだ」
ヒールを履いていたルーチェと男装姿のルーチェの背があまり変わらなかったため、不思議に思っていたのだ。
(いいな、俺もそれ履いたら身長伸び……今からだとバレるな、無理か)
小柄なアレンは今後伸びると信じていても、切実なものがある。
「さすがに今のライアンとは身長が違いますからね。あれ、ヒールに比べると楽なんですよ。アレン様、男性でヒールは大変だったでしょう?」
アレンはダリスに作法を叩きこまれた時を思い出し、目が遠くなる。
「あれは地獄だったな……。コルセットを絞められて息はしにくいし、ヒールはつま先が痛くてふくらはぎつりそうになるし、スカートは落ち着かないし。あの状態でカーテシーしてダンスできるのすごいよな」
女装して美しさの裏にある努力を知ったため、アレンは世の令嬢に向ける目が少し変わっていた。ルーチェはアレンから純粋な尊敬を感じ取り、彼の人の好さにさらに惹かれる。誰もがそれに気付けるわけではないからだ。
「最後は振る舞いが板についていて、立派な淑女でしたわ」
「ルーチェ嬢も腹立つくらい素敵な紳士だったよ。エスコートのうまさは妬く」
二人は褒め合い、一拍後に照れて顔を赤らめる。あの大変で辛さもあった時のことを、今一緒に話のタネにできるのが嬉しく、幸せだった。
そして話題は王宮の夜会でフレッド、カミラに正体がバレたことやアレンがルーチェの正体に気付いたことへと移り、二人は笑っておしゃべりを楽しんだ。そのどれもが今につながる大切な出来事で、愛しさが積みあがっていく。
「ねぇルーチェ嬢。俺、ルーチェ嬢に会えて本当によかったと思う。……それで、贈りたいものがあるんだ」
話が一区切りついたところで、アレンはそう言ってベルで給仕を呼んだ。「あれをお願い」と頼まれた給仕が持って来たのは、両手で持てるほどのリボンが付けられた箱。
「ルーチェ嬢にプレゼントしたくて、用意したんだけど」
アレンはテーブルに置かれた箱を両手で優しくルーチェへと手渡した。受け取った箱はさほど重くなく、ルーチェは何かしらと期待に胸をくすぐられる。
「好きな殿方にプレゼントをいただくのは、これほど嬉しいものなのですね。開けても?」
「どうぞ。そうやって、すぐこっちが舞い上がるようなことを言うんだから。ルーチェ嬢もたいがい人たらしだよ?」
愚痴っぽくなっているアレンが面白く、くすくすと笑いながらルーチェはリボンを解いた。心を躍らせながら蓋を開けると、入っていたのは見覚えのあるぬいぐるみ。栗色の毛並みで丸い目が可愛らしく、空色のドレスを着ていた。
「これ……オートクチュールにあったくまのぬいぐるみみたいですけど、アレン様の髪と同じ色ですのね」
確かあのオートクチュールにあったぬいぐるみは薄茶色だったはずだ。抱き上げると毛並みが滑らかで指が食い込むほど柔らかい。ドレスの生地は本物と同じで、装飾も細かいところまでこだわってつくられているのが分かる。
「可愛い物が好きだし、ルナだけだと寂しいかと思ってさ。その、ちょっとでも俺を思い出してくれたらなぁ……って」
「そんなこと言われなくても、毎日アレン様のことを想っていますのに。……あら、もう一つ箱が」
ぬいぐるみが入っていた箱には、平べったい箱がもう一つ入っていた。アレンは何も言わず、ニコニコして開けられるのを待っている。そのワクワクした表情に可愛さを感じつつルーチェが箱を開けると、中から色とりどりのぬいぐるみ用のドレスが出て来た。
「すごい……これ、着せ替えができるんですね。しかも、全部私が好きな可愛いドレスばかり。素敵なプレゼントをありがとうございます、アレン様!」
ルーチェはアレンに満面の笑みを向け、ぎゅっとぬいぐるみを抱きしめた。その表情が何よりのお礼で、アレンは胸が締め付けられる。ルーチェが喜ぶことが何よりの幸せで、自然と言葉が口をついて出る。
「俺、好きなものに目を輝かせているルーチェ嬢も、かっこいいルーチェ嬢も、大人しそうに見えて実は強いルーチェ嬢も、全部好き」
まっすぐで飾らない愛の言葉に、ルーチェは顔を赤らめる。アレンは意を決した表情で立ち上がると、椅子に座るルーチェの横に立ってダンスを申し込むときのように一礼した。少し気恥ずかしさもあって、頬に朱が滲む。鼓動が早い。
「俺、考えなしに動くし、間は悪いし、心が狭いところもあるけど、この先ルーチェ嬢とずっと一緒にいたい。絶対に誰よりも幸せにするから、俺と婚約してください」
その言葉と同時に、アレンはルーチェに向けて手を差し伸べた。二度目の婚約の申し込み。そして、女装・男装状態とは違う、本当の婚約。ルーチェの胸の奥に、アレンの誠実で真剣な言葉がしみこんでいく。
「はい。私もまっすぐと自分の思いを貫かれるアレン様が大好きです。だから、私にもアレン様を幸せにさせてください」
そう答えて椅子から立ったルーチェは満たされた笑顔を浮かべていて、迷いもなくアレンの手を取った。そのまま優しく引き寄せられ、強い花の香りに包まれて抱きしめられる。耳まで赤くなって、感じる鼓動は自分のものと相手のものが混ざっていた。
それは、始まりのバラ園とは逆の構図で、二人の出発点であり終着点。
「ルーチェ嬢、愛してる」
「はい、私もですわ」
クズ兄の代わりに男装したら、天使な妹のために女装したら、婚約することになったのである。




