61.恋人としてデートをします
「アレン、機を逃すなとは教えたが、報告を怠っていいとは言っておらん!」と、父親に一喝されたアレンは、周りへの影響を考えずに突っ走ったことを反省しろと一週間の謹慎となった。とはいえ商会関係の仕事は山のように割り振られたので、ルーチェに会うなということである。
そう言い渡されたアレンは悲壮な顔をしてミアに慰められていたが、手紙だけは許されたので事情をしたため、勝手な行いをもう一度謝罪した。返事の言葉は優しく、「次にお会いできるのを楽しみにしております」と綴られていて、その美しい字に愛しさがこみ上げる。
翌日にはブルーム伯爵夫妻がオルコット家へ出向き、話をすり合わせてから正式に婚約を結んだ。ブルーム家としても願ってもない縁談で、ミアがルーチェの人柄を余すことなく伝えて後押ししたのも大きい。だが、すぐに結婚というわけではなく、ライアンの問題が落ち着き二人の気持ちがそろった頃合いを見てということになった。
謹慎三日目には非番のフレッドが来て、「玉砕覚悟で突撃したかと思えば婚約して帰って来て、なのに今ルーチェ嬢と会えないとか馬鹿すぎるだろ!」と、散々からかい、笑い飛ばした。しかも、そこにミアとダリスも加わったからアレンが防御できないほどの集中砲火となる。とどめの一撃は、ミアの「明日ルーチェお義姉さまとデートしてくるわね」という一言で、アレンは彼らと話していた自室と続いている寝室に逃げ込むと、ふて寝を決めるのだった。
そのような本人にとっては長い謹慎が解け、アレンは告白のやり直しをかけたデートに挑むのである。出発前、持っているスーツの中でも上質なものに袖を通し気合十分のアレンは、ダリスに「すでに婚約しているのに、告白すると宣言してデートをするの虚しくないんですか」と憐みの目を向けられたがめげない。これは、アレンのけじめの問題なのだ。
意気揚々と馬車でルーチェを迎えに行き、本日も麗しいルーチェとおしゃべりをしながら馴染みの場所となったケーキ屋の上にあるカフェへと向かう。
「今日はお誘いくださってありがとうございます」
「こちらこそ、ルーチェ嬢とお出かけできるのをどれだけ待ったか……。久しぶりのルーチェ嬢はさらに輝いて見えるよ」
照れたように小さく笑ったルーチェは若草色のイブニングドレスを着ていて、スカートに見事な花の刺繍が広がっている。袖口は広がり、そこから見える手袋は細かなレース編みで、うっすらと水色に染められていた。
髪はサイドを編み込んでハーフアップにしていて、窓から入る光が頬と首筋を浮き立たせ、蠱惑的な魅力を持っている。髪飾りは薄桃色の花をモチーフにしたもので可愛らしく、アレンは褒めちぎっていた。
最初の頃の夜会では、俯いて前髪で顔を隠し大人しい印象だったルーチェの変化に、アレンは嬉しい反面不安にもなる。
(ルーチェ嬢の魅力がこれ以上広まったらどうしよう……。俺、捨てられないかな。いや、捨てられないためにちゃんと告白をするんだ!)
正式に婚約しているのに弱気なアレンとは反対に、穏やかな微笑の下でルーチェは胸を弾ませていた。
(本当に婚約したのか実感がなかったけど、こうやって二人でお出かけすると恋人って感じがするわ。髪を編み込んでみたけど、気に入ってもらえてよかった)
髪を編み込んでハーフアップにすることを提案してくれたのは、先日一緒に観劇を見てお茶をしたミアだった。髪飾りもルーチェが持っていない可愛らしいものを一緒に選んでくれたのだ。面食いの妹は、兄のツボもよく理解しているのである。
そして、目的のカフェに着くと、アレンはルーチェをエスコートして一緒にケーキ屋へと入った。今までは男装し、女装し、偽った姿で人目を忍んで別の入口から会っていた二人が、本当の姿で一緒にいる。
「ここでアレン様に手を引かれるのが、不思議な感じですわ」
細い階段を上るルーチェがそう呟けば、後ろにいるアレンも感慨深そうに「そうだね」と返した。ここには思い出が積み重なっていて、アレンの頬が緩む。
「ここから落ちそうになった時は、本当に怖かったなぁ」
「私もびっくりしましたわ。スカートが広がっていると、足元が見えませんものね」
「そうなんだよ。あの時は突然帰ってごめ……」
階段を上り終わり、青いカーネーションの絵が描かれた部屋に案内されたところで、アレンはあの時の状況を鮮明に思い出した。
(あの時って俺抱き留められたよな。それで、頬に当たった胸板が固くて悔しくて……胸板……えっ)
アレンの視線は自然と、ルーチェの胸元へと行く。男装の時には無かった膨らみ。
(え、あの時の女たらしは、ルーチェ嬢ってことは……)
今さら、その事実に気が付いた。アレンは一気に青ざめ、次の瞬間には真っ赤になるという器用な芸当を見せる。
(お、俺、なんて不埒なっ、いや、されたほ……だめだろ! 淑女に対して、あ、でも婚約者だから大丈夫!?)
今、自分を殴りつけたいアレンだ。
「アレン様? どうかされました?」
部屋に入るなり黙り込んだアレンを不思議に思ったルーチェに顔を覗きこまれ、アレンは罪の重さに我慢できずしどろもどろに懺悔する。
「ルーチェ嬢、あっ、あの時だけど、俺を受け止める時に、えっと、その、頬が、その、む、胸に当たった気がするんだけど、申し訳ありませんでした!」
何を言い出すのかとルーチェは目をパチクリとさせたが、風が立つ勢いで頭を下げられれば逆に慌ててしまう。
「そんな、気にしていませんわ。男装する時はさらしを巻いていますし、男装用の薄いコルセットをしていますもの。むしろ、痛くありませんでしたか? けっこう固かったと思いますけど」
「いやそれでも俺の気が済まないよ! 今思い返せば不用意に近づいたこともあったし、本当に申し訳なかった!」
今まで、正体を知る前のことは自分の女装という黒歴史でもあるため記憶に蓋をしていたのだが、ここにきて一気に押し寄せてきたのである。しかし、いくら罪悪感があり紳士的ではないと自分を戒めても、男装したルーチェの胸板に嫉妬したことだけは口が裂けても言えないアレンだ。男のプライドに関わる。
顔色がまた青くなって謝り倒すアレンに、ルーチェは困った表情を浮かべていたが、そうだわとその肩に手を置いた。顔を上げたアレンに向けて、朗らかに笑いかける。
「では、責任を取ってくださいね。婚約者様」
威力の高い落とし文句に、本日の意気込みを思い出したアレンは悔しそうに顔を歪めた。
「ずるい! ルーチェ嬢がかっこよすぎる!」
「ふふふ、精進なさってくださいませ」
ルーチェは我慢して言葉を飲み込むことが多いが、本来は口達者で返しの切れ味も鋭いのだ。
「絶対勝つからな! そのために今は食べる!」
すでに婚約したルーチェと何を争うのかは分からないが、やる気十分のアレンは勇ましい顔つきでルーチェを席に着かせ、自分も向かいに座るとメニューを広げる。
「まずは冷たいレモン水と、季節のケーキ全種類で!」
「まぁ、5つもありますわよ? この勝負アレン様の勝ちですわね」
「大食い勝負がしたいんじゃないからね!?」
いいように手のひらで転がされ遊ばれている感が否めないが、アレンはそれぐらいルーチェとの仲が深まったと思うことにする。そうでもしないと、ルーチェに全てにおいて敵わない気がするからだ。
アレンはルーチェが好物のパイナップルのパイをゆっくり食べている間に、5種類のケーキを食べきるのだった。




