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56.婚約の話が来ました

 それから一週間のうちに、ルーチェはミアを連れて仕立て屋に行き、アレンと共に最高に似合うドレスを仕立てるべく熱い意見を交わしたり、ライアン矯正計画のお礼にとミア、アレン、フレッド、カミラを招いてお茶会をしたりと楽しく過ごしていた。西の王女のその後であるが、帰国したが未だに抗議の文は来ていないらしい。それどころか、穏便に済ましたことに対する礼状が届いたそうだ。


 また、その間に王宮主催の夜会でデビュッタントのお披露目が終わり、ミアは正式に淑女の仲間入りを果たしている。


 そのお祝いを兼ねてアレンとミアをオルコット家へお茶会に招いたのが昨日のことで、アレンと作り上げた渾身のドレスをプレゼントした。それを身にまとったミアは二人がただただ無言で拍手をするほど可愛らしかった。嬉しそうに一回転をしてスカートを広げるミアに、二人はいい仕事をしたと固い握手を交わしたのだった。


 茶会の席では仕立て屋での話を覚えていたアレンに、「ウサギのぬいぐるみが見たい」と言われ、ヴェラに持ってきてもらえば頭を撫でてくれた。まるで自分が可愛がられているようで、なんだかむずがゆくなったルーチェである。特にミアは「ルーチェ様みたいで可愛い」とその後ずっと膝の上に置いておしゃべりをしていた。そして、二人してその姿が可愛いと悶えるのである。


 このように、ルーチェは人生で一番と言えるほどの充実した時間を送っていたのだった。



 だが、平穏な日々もつかの間、昼下がりに書斎に呼び出されたルーチェは間の抜けた声をあげるのである。


「え、婚約ですか?」


 聞かされた内容はルーチェに婚約の話が来ているというもので、ソファーに座るルーチェは目を丸くして向かいの両親の顔を見ていた。


「最近社交に出るようになったからか、色々な家から申し込みが来ていてな。家格、人柄共に申し分ないものを選んだから会ってみないか?」


 父の表情は朗らかで、娘に縁談が舞い込んでいることを喜んでいるように見える。母も異存はないようで、「素敵な方ばかりよ」と楽しそうにしていた。対するルーチェは突然のことに目を瞬かせて、戸惑いを浮かべている。


「そんな、まだ私は婚約なんて考えていないのに……」


 正直今を楽しみたい。浮かない顔のルーチェに、母親は声を弾ませて見合いの釣書を広げる。


「別にいますぐ婚約とは言わないわ。少し会ってみて、気が合わなければ断ればいいもの。それに色々な殿方を見ておかないと、見極める力がつかないわよ」


 ルーチェがテーブルの上に並べられた釣書に目を落とすと、そこにはいくぶん盛られて描かれたであろう肖像画も添えられていた。それを見ても、ルーチェの心は沈む一方だ。


(どうして気乗りしないのかしら……。ミアちゃんなら目を輝かせて相手のことを知ろうとするでしょうに)


 先日のお茶会で、デビュー後すぐなのにいくつかお見合いの話が来ているとミアが嬉しそうに話していたのだ。隣のアレンは複雑そうにしていたのだが、その理由は可愛い妹がすぐにでも嫁ぐのではという不安と、申し込んできた家の子息が見たミアは自分ではないのかという申し訳なさである。その楽しかったひと時を思い出せば、なおさら気が進まなくなるのだ。胸の奥が落ち着かなかった。


(どうしよう……。正直断りたいけど、断る理由がないし、お父様たちも私のことを考えて勧めてくれているのでしょうし……)


 ルーチェは今までライアンが我儘放題だったこともあって、なるべく両親に迷惑をかけないように、その意を酌んで生きてきた。だから、正面から跳ねのける言葉を持っていない。


 反応が悪く視線を落としたままのルーチェに、母親は明るい声でそれぞれの令息の情報を話し出す。釣書は全部で5つあった。気が利く人だの、王宮の役人として活躍しているだの、武芸に秀でているだのと少しでもルーチェに興味を持たせようとしてくれるのだが、耳を素通りしていく。


 母が口にした令息たちは情報だけ聞けば、結婚相手としては十分満たしていることが分かる。それだけ両親が選りすぐったことも伝わり、さらに断りにくくなった。


「少し、考えるわね……」


 結局ルーチェははっきり拒絶することもできず、釣書をまとめて持つと晴れない表情のまま立ち上がった。


「最初はお顔立ちで選んでもいいから、まずは会ってみればいいわ。気になる人を選んだら教えてちょうだいね」


 両親は始終機嫌がよく、その期待がルーチェの背中にのしかかってくる。ルーチェは「わかったわ」と返事をし、両親に背を向けると部屋から出ていった。胸がぎゅっと掴まれたように痛く、眉根が寄ってしまう。なんだか泣きたい気分になった。


(なんで、こんなに嫌で苦しいのかしら……)


 ぐるぐると胸の奥で渦巻いている感じは、ライアンへの不満と怒りを溜め込んでいた時と似ている。だが、その気持ちの名前が分からない。廊下を進むその足は鎖がついているように重かった。


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