55.男装/女装せずに、下見を兼ねたデートをします
アレンとルーチェが下見をするべくオートクチュールに赴いたのは、決行日から三日後のことだった。一緒に馬車に乗って向かう間にライアンが大人しくなったという話を聞いて、アレンは目を丸くしていた。
「すごい、猛獣を手なずけたんだ」
思わず零れた感想に、ルーチェはコロコロと笑う。晴れやかで気負う物がない笑顔を見ていると、アレンまで嬉しくなってくるから恋は重傷だ。ライアンに関する報告が終わったところで、今日の行き先について尋ねてみる。手紙でだいたいの話は理解しているが、アレンはあまりオートクチュールに足を運んだことがなかった。
「今日行く店はルーチェ嬢が贔屓にしている店なんだよね」
「はい、本当は直接ミアちゃんと行ってもよかったんですが、候補が三軒あったのでその全てに付き合わせるのは悪くて……。その全部で作るわけにもいきませんし」
ドレス一着を作るのになかなかいい値段がするため、下見としていくつか回るのは珍しくはないのだ。母や侍女と共におしゃべりをしながら回るのも楽しいが、最初は店を決めて選びたい。何より、採寸など選ぶ側が一番疲れるからだ。
「へぇ、三軒も……」
対するアレンは男ということもあって、基本的に服はダリスに任せている。商会が宣伝も兼ねた一式を持ってくるため選ぶ必要がないのも理由だ。ミアと母親はたまにドレスを作りに外に出るが、屋敷に呼んで仕立ててもらうことが多かった。だから、三軒という数字に少し目が遠くなった。
「はい、十軒から絞ったのですが、どうしても決めきれず……」
「なるほど……」
すでに絞り込み済みと聞けば、アレンは気合を入れるしかない。店に着くまで、アレンは子どもの頃の話や最近あったことを面白可笑しく話し、ルーチェは涙を浮かべて笑いながら聞いていた。
そして、フリルがついた可愛いドレスの見本が並ぶ店に足を踏み入れたアレンは、多少の居心地の悪さを感じつつもルーチェが見せてくる生地やドレスの型を見て、意見を述べる。並んでいるドレスはどれも若者向けの色で、ピンクやクリーム色、若草色、空色とミアに似合いそうなものばかりだ。
その中ではルーチェが着ている青地に白の刺繍が入ったドレスは地味に映る。
(う~ん、確かにルーチェ嬢がこれをそのまま着ても似合わないかぁ)
可愛いのは可愛いが、大人びた装飾の少ないドレスのほうが彼女の良さを引き出してくれるだろうと、アレンは可愛いドレスに囲まれミアに似合うものを探すルーチェを見ながら考える。
(でも、本人が好きなんだったら、楽しんでほしいけどなぁ)
そんなことを思いながら、アレンはルーチェが出した候補の中から2つに絞り次の店へと進んだ。
次の店も内装は似た感じだがそろえてあるドレスは年齢の幅が広く、落ち着いた色合いのドレスも多い。よく来ている店なので、ルーチェは顔なじみの針子と話しながら選んでいく。ここのドレスは生地の手触りがよく、アレンとしても好印象だ。
「このデザイン面白いね」
「今は後ろのリボンが大きいものが流行りですが、リボンは取り外せるのでもう少し年齢が上になっても着られると思いますわ」
ドレスの流行り廃れは早く、王家主催の舞踏会では毎年新しいドレスをという風潮があるため、敏感に流行を追わなくてはいけない。だが、全ての夜会ごとに新しいドレスを下ろす財力などないため、常に新しいものを求めると同時にうまく着回す技術も求められた。既存のドレスを流行りに合わせて仕立て直す針子を抱えている家もあるぐらいだ。
ルーチェは楽しそうに、時にはアレンの顔の近くに色見本を持って色映えを見ながらドレスを選んでいた。顔が似ていてミアに扮しても違和感のないアレンを合わせるのに使うのは理に適っているのだが、胸中複雑なアレンである。
(やっぱ、俺女装してきたほうがよかった? いや、そのまま採寸とかになったら、俺死ぬわ)
そうして最後の店でも同じようにドレスを見たのだが、ルーチェがじっと棚に飾られているぬいぐるみに視線を向けていることに気付いたアレンが声をかける。
「あのぬいぐるみがどうかしたの?」
可愛い薄茶色のクマがドレスを着ているぬいぐるみで、そのドレスは令嬢たちが着ているような本格的な出来となっている。ハッとなってアレンに視線を戻したルーチェは、気恥ずかしそうに目元を下げた。
「可愛いなぁって……。実は、私の部屋にああいう感じのウサギのぬいぐるみがあるんですよ。この年にもなって、ぬいぐるみを可愛がっているのは恥ずかしいのですが……」
「へぇ、名前はあるの?」
「え、な、名前ですか……」
ミアがもう少し小さい頃に家にあるぬいぐるみ全てに名前をつけていたので、アレンは深い意味もなく尋ねたのだが、ルーチェは名前をつけていることを分かられたなんてと羞恥に頬を赤く染めた。視線を下げ、恥ずかしそうにぽつりと答える。
「ルナですわ」
「へぇ、可愛い名前だね。見たくなったや」
「そ、そんな、殿方が見ても面白いものではありませんよ?」
ルーチェにとってルナは辛い時に一緒にいてくれた自分の半身のような存在であり、泣いて甘えていた自分が見られているようで恥ずかしいのだ。そうとは知らないアレンには、子どもっぽさを隠そうとしているように見えて、意外な一面にますます愛おしくなる。
「ぬいぐるみを可愛がっているルーチェ嬢が見たいんだよ」
「意地悪ですわ!」
そんな軽いやり取りができるぐらいの関係になっており、アレンはケラケラと笑う。ルーチェはアレンの言葉で感情をかき回されることに、不思議な心地よさを感じながらつられて笑った。
(本当にアレン様は面白い方ね。一緒にいて楽しいわ)
そしてふと、店内を見回せば他にも男女でドレスを見ている人たちがおり、恋人や夫婦に見えた。自分もあのように見られているのだろうかと思うと、なんだか胸の奥が温かくなる。
(こういうのが、恋人とか結婚なのかしら……)
三つのドレスを見比べながら頭を悩ませているアレンに視線を戻すと、居心地のよさにふわりと微笑むのだった。
その心地よさは、近くのカフェでお茶とクッキーをつまみながら、見て回った店について意見交換をしている時も感じるもので、さらには頑なにケーキは食べないアレンにやせ我慢をしてとルーチェは笑いを堪えるのに必死だった。個室ではないためアレンは素が出せないのだ。
「アレン様がおいしそうに食べる様子を楽しみにしていましたのに」
「だって、外では隠してるし恥ずかしいんだよ。ルーチェ嬢はきれいだから、何をしても華になるけどさ」
「まぁ、では私は他の人が知らないアレン様が知っていることになりますのね。でも、あの幸せなお顔は見ていて楽しいものでしたのよ?」
さらりと返される言葉に羞恥を煽られる。冷静に考えるとルーチェには女装姿も見られているので、もう取り繕っても無意味なのだがアレンはあがく。
「俺はいつだって男らしくありたいんだよ。やっぱ、好きな人は守ってあげたいし」
むぅと唇を尖らせるアレンは、申し訳ないが可愛い。ルーチェはその感想を失礼でしょと打ち消し、柔らかく微笑んだ。
「私はありのままのアレン様が素敵だと思いますわ。でも、アレン様がお気になさるなら、今度のお招きした時に存分召し上がってくださいませ」
何度もお茶を共にしたので、彼の好みも把握している。ルーチェは次に彼を茶会に招いた時にはたくさんのケーキを並べて喜ばせたいと、先程残念そうにメニューの文字を見ていたケーキを頭の中のアレンケーキリストに入れた。
向かいに座るアレンは、そのような美しい微笑と包容力のある素敵な言葉をもらっては、ときめきから逃げることができなかった。
(あぁぁぁ、もう! もっと余裕を持てよ俺の心臓!)
アレンは隙あらば口説こうとしているのだが、その度にルーチェの無意識口説き返しに沈んでいた。このアレンだけが意識している攻防は、和やかにお茶をしている間静かに続くのである。
そして話し合いの結果、二つ目の店にミアを連れて行くことになり、ルーチェはその日を心待ちにしながら帰りの馬車に揺られたのだった。




