52.舞台を終えた役者たちの夜
ライアン矯正計画は無事終了しカミラとライアンを見送った後、少し放心状態になっていたルーチェとアレンを残し、視線を合わせたミアとフレッドは「話すことがあると言って」そっと出て行った。すれ違いざまにミアはアレンにウィンクを飛ばした、二人で話してと合図をする。
それを気恥ずかしく思いつつも受け取ったアレンは、全てが終わって気が抜けたのか、心ここにあらずのルーチェにアレンはそっと声をかけた。
「あの、ルーチェ嬢」
「……えっ?」
少し間があってから我に返ったルーチェは、驚いて視線を左右に飛ばした。
「あら、ミアちゃんたちは?」
「ちょっと話をするって出て行ったよ。大丈夫? 疲れたでしょ」
怒涛の半日だった。アレンは見ているだけだったが、その中心だったルーチェの疲労は相当だろう。ルーチェはぼんやりしていたことに気付き、恥ずかしさを誤魔化すように笑う。
「すみません、やっと終わったんだって思ったら、なんだかほっとして」
「そりゃそうだよ。今日のルーチェ嬢、本当にすごかった。お疲れ様」
その労いの言葉はルーチェの体に沁み込むように広がり、心を温める。
「全てアレン様たちのおかげですわ。一人ではこんなことできなかったもの」
今までのルーチェなら兄に頼まれる通りに身代わりになって、なんとか王女に諦めさせようとしただろう。それこそ身も心も削って。
「ううん、俺たちは少し手を貸しただけ。これができたのはルーチェ嬢の力だよ」
アレンの言葉はいつもルーチェを認め、包み込んでくれる。嬉しさがこみ上げ、自然と顔が綻んだ。
「ありがとうございます」
その眩しい笑顔はアレンの心臓を高鳴らせ、顔を熱くする。その鼓動が、先程のミアのウィンクが、背中を押している気がした。
(言うなら、今じゃないのか? 好きだって、伝えるなら)
それを意識するとさらに鼓動は早くなり、息も苦しくなってくる。もう表情だけで気持ちに気付かれそうだ。
(さ、さすがに婚約とかは早いと思うから、まずはお付き合いからのほうがいいよな。うん、あ、焦るな俺。ちゃんと気持ちを伝えて、それからだ。好きです。付き合ってください。たった二言。いいか、俺。言え!)
アレンが決意をして息を短く吸い一言目を口にした時、ルーチェの声が重なる。
「ねえアレン様、よかったら付き合ってほしいのですが」
「す、ふぇっ? もちろ、えっ?」
「好きです」がかき消され、殴られたような衝撃に変な声が出る。
(え、付き合っててまさかルーチェ嬢も!?)
胸の中で喜びが弾け叫びたくなるアレンだが、ルーチェは顔色を変えずにそのまま続けた。
「ミアちゃんに似合いそうな可愛いドレスを作るオートクチュールがあって、前にアレン様がご一緒したいとおっしゃっていたので下見に行きませんか?」
(そういうことかぁぁぁ!)
またも先走った勘違いに、アレンは顔を覆ってうずくまりたくなる。だが、鋼の精神で耐えた。背中に嫌な汗が伝っているが、平気な顔で返す。ここにきてアレンの演技力も上がっていた。
「もちろんだよ、ルーチェ嬢。ついでにおいしいケーキでも食べよ」
意地でもデートっぽくしようとするアレン。そんなアレンの嵐の海のような荒れ狂う胸の内に気付かないルーチェは、「いいですね」と微笑む。
「また改めて皆さんをお茶会に誘いたいと思っていましたので、アレン様にお薦めのケーキを教えてもらいたいですわ」
(うわぁ、いい子~! 俺もっと意識してもらえるように頑張るねぇぇぇ!)
惨敗のアレンは、心の中で叫ぶしかない。そしてルーチェはミアとフレッドにもお礼を伝えようと、二人の姿を探しに部屋を出て行った。すぐ近くにいたのか、話し声が聞こえてくる。アレンはまずは距離を詰めるところからだとため息をつくのだった。
その後、四人はヘルハンズ家を後にし、アレン、ミア、フレッドは同じ馬車で帰っていた。浮かない顔のアレンの向かいには、半目になったミアとフレッドが座っており、前置きなく言葉の剣で斬りかかる。
「アレン、あそこは告白する流れだろ」
「そうよお兄ちゃん、情けないわ!」
「へっ……?」
突然傷口を抉るような言葉を突きつけられ言葉が出ない。遅れて大好きな妹に情けないと言われたことにショックを受ける。涙が浮かんできた。
「え……待って、聞いてたの?」
声も震え、この世の終わりのような顔を隣のフレッドに向けた。ミアはまだいい。だが、この友となると話は違う。
「たりめぇだろ。ここで勝負をかけるだろって思ったから二人きりにしたのに、何だあのざまは」
「そうよ。てっきりお義姉様ができると思っていたのに」
「いやいや、待って、ミアは分かるよ? なんでお前が知った顔で話してんだ!」
「あんな好意駄々洩れの顔をして、気づかないほうがおかしいわ! 下手にからかうと拗れると思って我慢してた俺に感謝しやがれ!」
アレンは愕然として、両手で顔を覆った。先ほどのやり取りを思い出し、羞恥が遅れてやってくる。
「まじ、かぁ……」
もう耳まで真っ赤なアレンだが、ここで追撃を止める二人ではない。
「アレンは大事なところで間が悪いというか、決めきれないよな」
「本当よ。一緒に協力してやり遂げたところで、愛の告白。これに揺るがない乙女はいないのに!」
「今日を逃したのは痛いぞ~。お前にその気がないなら、俺が口説いちゃおっかな~」
「お兄ちゃん悔しくないの? 今のままだと、ルーチェ様の方が男前だわ!」
幼馴染と妹だからこその情け容赦の無さで、顔を上げたアレンの目は潤んでいた。
「俺だって、告白するつもりだったよ! なのにルーチェ嬢がさぁ!」
ぐっと涙をこらえるために唇を引き結ぶ。フレッドは言葉に詰まったアレンを見て、組んだ足の上で頬杖をついた。
「まあ、あれはルーチェ嬢からの告白かとは思ったよな」
「たしかに、私もドキッとしたもの……ルーチェ様も罪な人よね」
ライアンを演じていたからか、ふとした言い回しが口説き文句のようになっているのだ。本人は無自覚だろうが、向けられた側はドキリとする。
「もう、どうやって攻めたらいいのかわからないよ……」
弱音を吐き始めたアレンに、少し追いつめすぎたかと二人は顔を見合わせた。さすがに不憫になってきたので、何かいいアドバイスはないかと考えを巡らせる。
「正攻法なら、まずは仲良くなって意識してもらうってとこじゃね? ルーチェ嬢の好きなものを贈るとかはどう?」
人差し指を立てて「どうよ」と真面目な顔で出した案に、ミアも「それがいいわ」と力強く頷いた。
「ルーチェ様の好きなものは可愛いものよ。本当は私が着ているようなドレスを着たいけど似合わないから諦めたって悲しそうに言ってたもの」
「……ミアに扮した俺が可愛かったから、なかなか婚約解消を言い出せなかったって話してたもんなぁ」
そう虚しさを瞳に忍ばせたアレンが呟けば、沈黙が下りる。三人の頭には同じことが浮かんでいた。少し可哀そうなものを見るような目のミアとフレッド。それを向けられているアレンは視線を宙に飛ばし、抜け殻のようになっていた。
「もしかして俺、女装したほうがルーチェ嬢の気が引ける?」
そう考えれば、ミアに扮して会っていた時の方が視線が、熱かったような気までしてきた。果たしてその方法で男として意識してもらえるのか。
「いや、さすがにそれは……。いっそのこと、告白して好意を伝えて意識してもらうか?」
「でもそれでだめだったら、お兄ちゃん立ち直れないと思う」
「悪かったな、傷つきやすくて」
そうして、いい案が出ないまま馬車は進む。結局はこまめに手紙のやり取りをして、デートに誘い、夜会や茶会では他の男を牽制するというところに落ち着いた。前途多難な恋路に、三人は重い息を吐いたのだった。




