表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

50/68

50.男装して、王女様に立ち向かいます

 舞台裏の話をすれば、ヘルハンズ家の茶会を舞台にすると決めてから、カミラは短期留学扱いとなっている西の第二王女に王妃伝手に招待状を渡してもらっていた。これを最終確認の時に聞いた四人は、王妃様にそんな真似を!? と驚愕したのだが、自分が口添えすれば断れないからと王妃自らの案と知り、さらに衝撃を受ける。


「面白そうなことには全力で首を突っ込まれる方だから」とはカミラの言葉で、「自分も茶会に行くと言い出したのを止めるのは大変だった」と遠い目をしていた。その後はルーチェの仕事であり、必ずエスコートはライアンを指名すると踏んだので、ヴェラにライアン宛の王女からの手紙を回してもらった。彼女の手紙は読んでいて頭が痛くなるものだったが、細心の注意を払って字を真似、エスコートの断りと婚約を考えている人がいることを匂わせる手紙を返したのだ。


 その結果、目論見通り激怒した王女は単身茶会に乗り込んできたのである。


「ライアン! この私のエスコートを断るなんて、どういうことなの!?」


 静寂に包まれたサロンで、先程まで侯爵夫妻と話をしていたルーチェは、カミラと夫妻に目で合図をしてから立ち上がった。一拍後にカミラも立ち、ルーチェについていく。侯爵夫妻に一切動く気配がないため、対応は当事者二人に任すというメッセージになる。


 ルーチェはサロンの中央、ちょうどヴェラが傍に立っている箱の正面で足を止めた。そこに王女が大股で詰め寄り、食ってかかる。


「しかも、婚約を考えている人がいるってどういうこと!? まさか、その女なの!?」


 最低限の挨拶もない王女は頭に血が上っているようで、見守る態勢に入っている三人は危なくなればいつでも動けるようにしていた。腕の立つルーチェとカミラがいるので心配はしていないが、念のためだ。

 ルーチェは他人行儀な冷笑を浮かべ、丁寧に挨拶をする。


「これは第二王女殿下。その件はお手紙でお伝えしたとおり、先約がございましたので」


 声音は完全にライアンのもので、王女は気づくそぶりもない。その時点で、正体を知る四人には王女の想いの浅さが知れる。ライアンの淡々とした返答に、王女は目を吊り上げた。


「先約があっても、私を優先すべきでしょう!? ろくに手紙を返してこなかったくせに、来たと思えば短い挨拶と断りだけ。無礼が過ぎるわ!」


 怒り狂う王女を落ち着いた表情で受け流すルーチェ。周りの貴族たちは、固唾を飲んで成り行きを見つめるしかない。上から押さえつけられるような空気の重さがあった。そこに、カミラの涼やかな声が通る。


「ならば、その無礼な男は王女様にはふさわしくございませんわ。どうぞ、他をお当たり下さいませ」


 ヒールを履きさらに身長が高くなっているカミラは立っているだけで威圧感がある。赤いドレスが彼女の闘志を表しているようだ。だが、王女は怯むことなくカミラを睨み上げた。


「貴女こそ突然出てきて何?」

「これは失礼しました。カミラ・ヘルハンズですわ。王妃様の近衛騎士を務めております」


 告げられた名に目を剥いた王女は、まじまじとその顔を見つめ、ルーチェに顔を向けた。


「こんな剣を振って、体もいかつい女のどこがいいの? 私、近衛騎士団の訓練を見学したけど、この人すっごく怖かったわよ?」


 王女は剣を持ったことがないのだろう。表情と口調から剣を持つことを見下していることが伝わり、カミラはその侮辱に眉を顰める。切れ味の鋭い剣のような目力を持って言い返そうとしたが、それより先にルーチェが一歩前に出た。


「カミラ嬢は剣の道を極め、責務を果たそうとしている素晴らしい人だ。僕の大切な人を侮辱しないでもらいたい」


 不愉快だと言わんばかりの表情で、美しいゆえに冷酷さが際立つ。カミラが灼熱の炎のような怒りなら、ルーチェは凍てついた氷のような怒りだ。二人の殺気すら感じる怒気に当てられ、王女は思わず身震いをする。


「な、なによ。ライアン、その女のことなんて一言も言ってなかったじゃない。私だって、ライアンと一緒にいたいのに、なんで拒絶するのよ!」

「本当に大切なものは見せたくないからですよ」


 その言葉に、見守っていた人々は息を飲んだ。ふわふわと甘く掴みどころのないセリフを口にしてきたライアンから、独占欲をちらつかせた言葉が出るとは思わなかったのだ。中身がルーチェだと分かっているカミラも、ルーチェの演技力の高さと口説き文句のうまさに目を丸くしている。

 場の空気が少し揺らいだことにルーチェは気づかず、言葉を続けた。


「王女殿下、残念ながら貴女様からはカミラ嬢のような愛は伝わってこないのです」

「そんなことないわよ! 私だって、ライアンの側にいたくて、大切にしたいって思ってるわ!」

「いえ、王女様はみんなが欲しがっているものを独り占めして喜ぶ子供にしか見えないのですよ」


 その言葉は核心をついており、カミラも「その通りだな」と呟いた。幼稚な暴論を振りかざす王女は、みんなが欲しがるおもちゃが手に入らなくて駄々をこねる幼児そのものだった。


 その言葉にプライドを傷つけられたのか、王女は顔を真っ赤にして唇をわななかせている。瞳には涙も滲んでいた。


「ひどい、ひどいわ……」


 声が弱弱しくなり、視線がさまよう。そこにルーチェはとどめだと、はっきりと事実を口にした。


「ライアン・オルコットはカミラ・ヘルハンズと婚約します。王女、貴女の手は取れません」


 泣くのを我慢するようにぐっと唇を噛みしめている王女は、涙が浮かぶ目でルーチェを睨み、手を振り上げた。平手打ちが来ると判断したルーチェが受けるべきか迷う間に、王女の手のひらが迫る。痛みを覚悟し歯を食いしばったが、その手は寸前で止まっていた。


「王女、私の婚約者に手をあげるのを見過ごすわけにはいきませんので」


 王女はカミラに手首を掴まれており、行き場のなくなった怒りが爆発する。


「もういいわ! 国に帰って、抗議文を送りつけてやるわよ。無事に婚約できると思わないことね!」


 カミラの手を振りほどき、捨て台詞を吐く。だが想定内であり、カミラは余裕の表情で返した。


「好きにすればいいですわ。こちらも侮辱を受けたことについて抗議しますので」


 王妃から「思いっきりやってしまいなさい」と許しを得ているカミラは強い。


「受けて立つわ! 必ず後悔させてやるんだから!」


 そう言い放つと、王女は踵を返して出て行った。嵐のように荒く出て行った王女が見えなくなれば、ルーチェがカミラに向かい合った。ここから計画の仕上げに移る。


 ルーチェは片膝をつくと、愛しさが滲み出る微笑を浮かべてカミラに手を差し出した。


「カミラ様、改めて言わせてください。僕は今まで軽薄に生きてきましたが、過去を清算し、最後まで貴女の側にいると誓います。僕との婚約を受けてくれますか」


 劇のクライマックスのような耽美な光景に、令嬢たちの黄色い声が漏れた。その声は、カミラが差し出されていた手を取ったことで大きくなる。


「私は全てを受け入れる覚悟だ。私の側にいて、私のために生きろ」


 口調を騎士のものに戻したカミラの手をルーチェは掴み、立ち上がると引き寄せ抱きしめた。


「はい、共に生きましょう」


 終幕。恋愛劇に引き込まれていた客人たちは、歓声を上げ拍手を送る。観客に徹していた三人はなぜか胸にこみ上げるものがあり、盛大に拍手をしてお祝いの言葉を叫んだ。ミアは感激して涙ぐんでいる。


 そして、ルーチェとカミラは騒がせたことを皆に謝罪し、侯爵夫妻が場を仕切り直してダンスの曲が流れ始めた。中央でライアンに扮しているルーチェとカミラが踊り、注目の的となっている。それを遠巻きに見ている三人は、一仕事終えた表情で言葉を交わしていた。


「なんて絵になるのかしら。私も後でルーチェ様に踊ってもらいたいわ」

「ほんと、上手だよな……男として自信失くす」

「しかも剣も強いとくれば、勝てる気がしねぇな」


 こうして、後に孤高の薔薇騎士が美の化身を射止めたと、舞台化もされる事件が幕を下ろしたのである。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] いえーいっ!無事にわがままな人を撃退しましたね!♪ヽ(´▽`)/ ルーチェもカミラも、めちゃくちゃカッコ良かったです~!!(*≧∀≦*)婚約を申し込むシーンもイイ!!私も観客に混じり黄色…
[良い点] 舞台化 [一言] ライアンの言いつけどおり婚約は断ったんだから、さぞや喜んでることでしょう
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ