46.男装せずに、薔薇の騎士とご一緒します
今日の計画はこれで終わりではない。馬車に乗り込んだ二人はその足で一度ヘルハンズ家に戻り、カミラは侍女たちに残念がられながらドレスを脱ぎ騎士服に着替えた。ルーチェは待機していたヴェラとヘルハンズ家の侍女たちの手で、夜会用のドレスを着せられる。化粧を施されれば、ライアンは消えてルーチェに戻った。
この計画は両家とも合意しており、使用人たちには緘口令が敷かれている。その上での全面協力である。一生独り身を貫くのではと思われていたお嬢様の婚姻とあって、使用人たちの張り切りっぷりはルーチェまで心浮き立つほどだ。
ルーチェの支度が終わり、カミラと向かい合えば男装の騎士と令嬢。騎士服の中でも上等なものを着たカミラが、コバルトブルーのドレスを着たルーチェをエスコートする。
「さぁ、舞踏会に乗り込もうではないか」
休憩をする間もなく、再び馬車で舞踏会の会場である侯爵家へと赴く。比較的小規模な夜会で、カミラはルーチェの護衛兼エスコート役だ。表向きは、王妃の護衛であるカミラをつけることで、領地で起こっている密輸組織の事件を王家側も重く見ているというアピールであるが、裏ではルーチェとカミラの組み合わせを印象付けるためでもある。
揺られる馬車の中で舞踏会での動きを確認し終えると、カミラは令嬢となっているルーチェを上から下まで見て「ふむ」と顎に手をやる。
「こうして見ても、先程までのライアン殿と同一人物とは思い難いな」
「それはこちらのお言葉ですわ、カミラ様。あのカフェにいる誰もが、カミラ様だとは気づいていませんでしたもの」
漏れ聞こえていた令嬢当てゲームの結果はカミラの圧勝であった。無論、ライアンがルーチェであると気づいている人もいなかったが。カミラはしてやったりと愉快そうに笑っている。
「それにしても、気持ちの良いエスコートだったな。私はあそこまで上手にはできない」
カミラは令嬢として振舞うのは久しぶりだったが、流れるようにエスコートされ、その心地よさは舌を巻くほどだった。それに返すルーチェは苦笑いで。
「まぁ、何度もしてきましたからね……」
今までの苦労が思い出されて、遠い目になったルーチェだが、はたと着替えの途中にヴェラから伝えられたことを思い出した。
「あ、カミラ様。明日両親が戻るそうです。王家が迅速に動いてくれたこともあってか、密輸の組織は壊滅に追い込めたそうですわ」
早馬でオルコット家に知らせが行ったのを、気を利かせた執事がヘルハンズ家にいたヴェラへと小間使いを走らせてくれたのだ。
「そうか、それはよかった。まぁ、夫人が出られたのだから大丈夫だとは思ったが、現場に赴かれたのなら同行したかったな」
「え、母が現場にですか? それは、護衛の方に固めてもらわないとすぐに狙われそうなのですけど……」
「……ルーチェ嬢の中で、夫人はどのような印象なのだ?」
不思議そうに軽く首を傾けたカミラの反応が、逆にルーチェには不思議だ。
「母は私が剣を持つのを嫌がり、傷を作るとすごく怒るので、武術や争いがお嫌いなのかと……戦記ものの観劇はされませんし」
そう答えれば、なんとも微妙な表情をされたが、カミラは「そうか」とだけ返して、それ以上は追及してこなかった。ちょうど馬車が目的地についたため、二人はおすまし顔を作って馬車から降りる。
そして、広間に入り、主催への挨拶を終えれば注目の的だった。王女との婚約について聞きたい人たちがルーチェの下に押し寄せるが、それをカミラがうまくさばいていた。正直ルーチェは社交の場に出たくなかったのだが、ただ座って微笑んでいるだけでいいと言われたので引き受けたのだ。
壁際に置かれた椅子に座り、カミラが受け答えしているセリフに合わせて表情を作る。
「領地のことがあるため、オルコット夫人と交流が深い王妃から護衛の任を授かっていて」と言われたので申し訳なさそうな顔をし、
「ルーチェ嬢は愛する兄君のことで胸を痛めているので、その話題は避けていただきたい」と聞こえれば、辛く物憂げな表情を作り、
「ルーチェ嬢もライアン殿には早く純粋な愛で結ばれた相手が現れることを願っておいでだ」と嘯かれた時には、吹き出しそうで俯くしかなかった。
腹筋の限界が近いことを察したカミラが、「失礼、ルーチェ嬢を退屈させてしまった」と周りに断ってルーチェを人の輪から連れ出す。そのまま小部屋にでも行くのかと思えば、向かう先はダンスの輪。
「え、カミラ様?」
「もう百面相をするのも疲れただろう。踊っていれば、声はかけられない」
「いや、その通りですが、え、カミラ様と踊るのですか?」
「不服か?」
まさか! とルーチェは首を激しく横に振る。広間の中央へと近づけば、嫌でも注目を集める。ライアン以外と踊ることはほとんどなく、最近は男側のステップばかり踏んでいたルーチェは周りの令嬢を見て感覚を思い出す。
「私に身をゆだねればいい」
そんな男前で、女たらしのセリフを吐いたカミラは、恭しくルーチェの手を取って腰に手を回す。色気のある流し目を向けられれば、同性でも胸が高鳴ってしまう。曲に合わせて足を踏み出したら流れるように進んでいった。
(すごい、自分の体じゃないみたい)
カミラによって流れが作られ、余分な力が一切いらなかった。まるで浮いているような感じで、柔らかく細められている紫の目を見つめ返す。
「ご令嬢が落ちるのもわかりますわ」
「ルーチェ嬢もその気になれば、才能は十分あると見ているが?」
楽しく言葉を交わしながら、二人はステップを踏む。ルーチェが回れば銀の髪とスカートが広がり、地上に降り立った月の女神のような神秘的な美しさがあった。誰もがハッと目を引かれ、隠されていた美しさに気付く。今日のルーチェは前髪で顔を隠すことも、俯くこともしていなかった。
周りの令息たちの口が「ルーチェ嬢」と動くのを見つけたカミラは、馬鹿にした容赦ない視線を辺りに向けて話す。
「ほら、今になってルーチェ嬢の美しさに気付いている。あのような者を相手にするなよ」
そう言われてルーチェが踊りながら辺りに視線を配れば、確かにこちらに目線を投げかけている令息が多い気がした。いつもは極力人の顔を見ないようにしていたから、気にしたこともない。
「こちらから願い下げですわ」
「今後ルーチェ嬢に言い寄る男は私も見極めることにするから、いい人がいれば報告するように」
そこには「姉として」という意味があるのだろう。ルーチェはくすぐったく思いながら、頬を緩めると小さく頷いた。そのまま二曲を踊り、ダンスを申し込もうと近づいてきた令息たちをカミラが蹴散らしていた。ついでに、「ルーチェ嬢のことは気に入っているから、私にも挑む覚悟を持って声をかけるように」と牽制どころか脅しに聞こえる言葉を言い放っていた。
婚期が遅くなった気がするルーチェである。そして、ほどよく場を掻きまわした二人はまずまずの戦果と引き上げたのだった。




