45.男装して、薔薇の令嬢とご一緒します
翌日。ライアン矯正計画の一環として、ライアンに扮してヘルハンズ家に迎えに行ったルーチェの前に現れたのは、大輪の薔薇と形容したくなるようなカミラだった。少し離れたところに使用人たちがずらっとお見送りに立っている。
「ルーチェ嬢、今日はよろしく頼む」
外行きの帽子から深紅の艶めく髪が腰に広がっているカミラが、洗練されたカーテシーを披露すれば、使用人たちから感激の声が漏れる。
初めて見るイブニングドレスは、胸元と袖に白いブラウスが見え、添えられる程度に細かいフリルがついている。ドレスの部分は赤いシルク生地が目を引き、余計な飾りはなくカミラ自身の美しい体つきが主張されていた。コルセットがいらないのではと思える細さだ。
「カミラ様、大変お美しいです」
見惚れて挨拶を返すのが遅れたルーチェは、少し低めのライアンの声で心からの賛辞を贈る。圧倒されているルーチェに、カミラは悪戯が成功したような顔で手を差し出した。その手を取ると、ルーチェは男役としてエスコートをする。
「私がドレスを着ると言ったから、使用人たちは昨日からお祭り騒ぎだ。信じられるか? 昨日は肌のためだと酒を取り上げられ、念入りに湯あみをされ、あまつ一時間も全身のマッサージをされたんだぞ?」
「すごく喜ばれたんですね。皆様のおかげで、今日のカミラ様は一段と輝いていらっしゃいます」
手を取る時に見た後ろの侍女の中には目元を拭っている人もいた。彼らの態度からもカミラの人柄がよく分かる。
「姉となる女性の姿、悪くはなかったか?」
「最高ですよ。本当にお義姉さまと呼べる日を心待ちにしております」
改めて姉と呼べるのだと思うと、口元が緩む。嬉しそうにしているルーチェに、先に馬車へ乗り込んだカミラは、「男前が下がっているぞ、ライアン殿」と茶目っ気のある表情で額を小突いた。
馬車の足掛けに足を置き乗り込もうとしていたルーチェは目をパチクリとさせ、額に手を当て恨みがましい目をカミラに向ける。
「カミラ様は人たらしすぎると思います」
前に騎士の姿で令嬢たちの道を踏み外させそうになったと言っていたが、これは落ちる。ルーチェはライアンとは別の意味で危険だわと思いながら、馬車に乗り込むのだった。
なぜルーチェがライアンの姿でカミラ令嬢と会っているのかというと、ライアンとカミラの婚約を発表する前に二人の姿を公に見せるためである。だが、さすがに茶会や夜会に出ると騒ぎが大きくなることが目に見えているため、今日は王都の洒落たカフェでデートをすることにしたのだ。
本物のライアンは王女騒ぎから一歩も屋敷から出ておらず、監視のためにヴェラについてもらっている。
カミラをエスコートして入ったカフェは貴族の若者が多く、二人がドアをくぐった瞬間多くの目が向けられた。方々から「ライアン様だわ」「お隣は王女様じゃないわね」「初めて見る令嬢だ」と囁く声がする。こちらの目論見通りで、うまい具合に噂を流してくれるだろう。
席に案内され、カミラとルーチェが座ればそこだけ絵画のように際立ち、二人が微笑み合えば、「素敵」「ライアン様の意中の方!?」「本命か!?」と店内がざわついていた。一方の二人は笑いを堪えるのに必死で、微笑を保つ努力をしている頬がピクピク動いている。
「何を召し上がりますか?」
ルーチェはあえてカミラの名は呼ばない。正体は隠していた方が楽しいだろうという遊び心からだ。カミラは絶対にバレないと自負していた。言葉遣いから高位の令嬢と分かるため、各テーブルで令嬢当てゲームが始まっている。
カミラは男のアレンにできるならば自分にもできると、全力でお淑やかな令嬢の皮を被る。声もよそ行きの高い声を出していた。
「あまり食べられませんので、レモンのシャーベットをいただくわ」
春のそよ風のような優しく柔らかい声。フレッドが聞けば、合同訓練で腹の底から響く恐ろしい声を出す人物と信じられずに卒倒しそうだ。飲み物の欄に目を通しているカミラは物足りなそうだが、カフェに酒は置いていない。その表情も知らぬ人から見ればあまり食べられないことを残念がっている、か弱い令嬢に見えるのだ。
「では、僕も同じものを。同じものを食べて楽しめば、おいしさは二倍になりますからね」
「あら、お上手ね」
「本心ですよ。貴女の存在が最大の甘味ですので」
甘いセリフが聞こえた付近の令嬢が、きゃぁと小さく声を上げていた。
カミラは目で訴える。女たらしはどちらだと。ルーチェも目で返す。天然には敵いませんと。
そして二人は切り替え、恋に夢中で周りが見えていないカップルを演じる。
「私もライアン殿と一緒にいられると幸せだわ」
「僕もですよ。愛しい人」
シャーベットも溶けるのではと思えるぐらい、ベタベタに愛し合っているように振舞った。その後もお熱く見えて内心冷めきっている二人の熱演は続き、尾ひれどころか足まで生えそうな噂を生み出してカフェをあとにしたのである。




