43.男装/女装せずに、クズ矯正計画を進めます
カミラがライアンをもらい受ける。その言葉の意味を理解した瞬間、ルーチェはガタリと椅子を鳴らしてしまった。
「えぇぇ!? それ、どういうことですか!?」
残る三人も目を丸くし、口を開けてカミラを凝視している。カミラはその反応を愉快愉快と笑い、椅子の肘置きに頬杖をついて話し出す。その風格は一国の女王のよう。
「ライアン殿と婚約をするということだ。これはオルコット家からの申し出だから、じきに正式な公表がある」
「つまり、正式な婚約が両家で結ばれたのですか? なぜそんなことに?」
両親が領地にいるとはいえ、思いもよらない話にルーチェは目を白黒させるしかない。
「一番は西の王女からの婚約申し込みだ。もう少し穏便に断る手はずだったのだが、先日の夜会で王女がやらかしたのでこちらも強硬手段に出ざるを得なくなった」
「それで、なぜカミラ様が?」
ライアンに婚約者がいれば断りやすいのは分かる。だが、そこでなぜカミラが出てくるのか。ルーチェの疑問に、カミラは困ったような気恥ずかしそうな顔で、グラスを回した。
「我がヘルハンズ家はオルコット家に……特に夫人に恩があってな。実は前から婚約の話は上がっていたのだよ。それこそ、二人が生まれた頃からだ。年頃になればおいおいと言っていたが、私は近衛になって結婚する気はなかったし、ライアン殿も浮名を流すばかりで身を固めるつもりもない。正直、母上たちの茶のお供ぐらいの軽さだったから、知らずとも無理はない」
はははと懐かしそうに笑うカミラだが、全く知らなかったルーチェの表情はぎこちない。ライアンとカミラの婚約話も気になるが、母の交友関係も謎だ。絶句しているルーチェの向かいで、聞き手に回っていたアレンが遠慮がちに疑問を口にする。
「あの、カミラ様が侯爵令嬢でお力もあるのは存じていますが、王家からの婚約を断れるのですか?」
西の大国の権力は大きく、過去に他国の王族から婚姻の話が出て婚約者が身を引いたという話もなくはない。特に第二王女は気も強く、婚約者がいるからと諦めるようには思えなかった。
「そこはこちらの王家からも圧力をかける。可愛い近衛騎士の縁談だからとな」
ニコリと絶対的な自信がのぞく笑みで、誰も「ご冗談を」とは言えなかった。事実、カミラ騎士は王妃に重用されており、お世話好きの王妃が近衛たちの縁談をまとめることは今までもあったからだ。アレンはなるほどと納得するが、不安はぬぐえない。ルーチェは状況の理解に精一杯のようなので、ルーチェが知りたいだろうことを汲みつつ話を進める。
「それで、あちらの王家が引き下がりますか?」
「問題ないだろう。どうもこの婚約は第二王女の我儘だったようで、あちらの王家としては流れてくれるほうがありがたいらしい。王妃様に宛てられた手紙には、手を焼いている様子が書かれていたらしい」
第二王女の癇癪がひどかったため、形だけでもと婚約申し込みをしたらしい。結ばれれば幸運、断られても仕方ないぐらいのものだったのだろう。それを聞いたルーチェは思わず、心の声が漏れる。
「それなら、断ってもいいって仄めかしてほしかったわ……」
書斎で話した両親の顔色を見る限り、重く受け止め真剣に考えていた。その程度の話なら、ここまでやきもきする必要もなかったのにとルーチェは物悲しい気持ちになる。
「そこは向こうも王家だからな、侮られるような真似はしない」
「そう、ですね……。あぁ、でもこれで、ライアンの問題は片付くんですね」
王女かとの婚約は流れ、カミラと婚約することであのライアンも好きに女遊びができなくなると考えが進んだところで、ルーチェはハッと見落としていたことに気付いた。
「あの……カミラ様はいいんですか? 政略結婚……ですよね。カミラ様の利点が何もないように思えるのですが。あ、事態が収まったら婚約解消されます?」
言っては悪いが、完全にライアンの尻ぬぐいとお守だ。ルーチェはライアンより遥かにカミラの方に好感を持っているので、できればもっと素敵でまともな人と一緒になってほしい。
正式な婚約の前に解消を視野に入れられ、カミラは笑いのツボを刺激された。気持ちの良いほど笑っているカミラから遠いところで、話の重要さに会話に入るのを遠慮していたフレッドとミアがこそこそと「ライアン様にはもったないですものね」「いくら顔がよくてもあの問題児は無理」と言葉を交わしていた。
完全に同意見のルーチェとアレンである。笑いが収まったカミラはワインで喉を潤してから、話を続ける。
「解消するつもりはない。まず、対外的な理由から話すが、王都での襲撃からも分かるようにライアン殿は一定数の恨みを買っていて命の危険がある。さらに今まで遊んだ令嬢たちを黙らせるほどの相手でないと、婚約者が潰される。その点、武を誇るヘルハンズ家なら護りは固く、私に喧嘩を売れる令嬢は多くない。なんなら、喜んで買おう」
圧倒的な説得力に、四人は確かにと頷く。この国の令嬢の中でまさに最強である。
「それに、個人的には私を令嬢扱いするあいつは嫌いではない。問題児を矯正するのは慣れているし、扱き甲斐があって面白そうだ」
そう言って三本目のワインを口にするカミラの目には、ほのかに嗜虐的な光が灯っていて、近衛騎士との合同訓練で苛烈な姿を見ているフレッドは反射的に背筋を正した。騎士の礼を取りそうな勢いである。ルーチェもそれなら大丈夫なのかしら? と納得しかけるが、肝心なことを話していないことに気付く。
「けど、ライアンが婚約をするのでしょうか、王女の時もすごく嫌がっていましたし……」
婚約自体は両家が合意すれば成り立つが、そこから本人が従うかは別問題だ。ライアンなら平気で旅に出そうだった。
「そこは自由にさせるつもりだ。私も近衛を辞めるつもりはないし、向こうも決定的な過ちを犯さなければ情報収集としての女遊びくらいは目を瞑る。まあ心配するな。猛獣を手懐けるにはいくつか方法があるから」
そのいくつかの方法について聞いてはいけないやつだろうなとルーチェは感じたので、「そうなんですね」と微笑んで流した。ライアンにはいい薬になるだろう。話の全容がだいたい分かり、解決の光が見えたルーチェの肩から力が抜ける。
「では、私たちにできることはありませんね。カミラ様は私たちの分もあの馬鹿を懲らしめてください」
やっとルーチェの顔に笑顔が戻り、アレンもつられて表情を緩めた。その反応を見たカミラは、おやと目を瞬かせる。
「もしや今日の話し合いで考えていたライアンへの対応は、意趣返しか?」
はっきりと口にされると、ルーチェは肯定しにくく「まぁ、その」と言葉を濁すが、アレンが言葉を引き継いだ。
「私が女装を続けていたのは、女たらしであるライアン殿を痛い目に合わせたかったのが理由だったのですが、互いの正体が分かったので計画を練りなおそうとしていました」
カミラはまたツボにはまったのか、肩を震わせて「最高だな」と呟いていた。そこに、フレッドも言葉を付け加える。
「ただ、状況を整理すると私たちでは手に負えないと困っていたところにカミラ様がいらしたというわけです」
二人の流れに乗って、ミアもムッと怒った表情で自分の気持ちを伝える。
「ルーチェ様はずっとお辛い目に遭われていたので、ライアン様には後悔させてくださいませ!」
「ミア嬢、ありがとう!」
そんな可愛いミアに、感激したルーチェは席が近ければ抱きしめたのにと口惜しい。
「いえ、私は何もできませんから、せめて気持ちだけでも伝えたいんです」
くりりとした丸い深緑の目を向けられ、ルーチェの胸はきゅんと掴まれる。今すぐ連れ帰って着せ替え人形にしたい衝動に駆られるが、カミラの手前自重した。持ち前の演技力で顔には出さず、「ミア嬢の心優しさに涙が出るわ」とお淑やかに微笑むにとどめる。
話がまとまり、和やかな雰囲気になってきたところで、「よし!」とカミラの威勢のいい声が飛んだ。全員の視線が力漲る彼女に集まる。
「このまま味気なく婚約するのもつまらん。あの大馬鹿に一泡吹かせようではないか。ルーチェ嬢、あいつが慌てふためく顔を見たくはないか?」
「見たいです」
口角を上げ、人の悪い顔をしているカミラに、間髪入れずに答えたルーチェは軽く手を挙げ真剣な顔で提案する。
「私、ライアンを演れます」
次に、アレンが手を挙げる。
「婚約破棄をするつもりだった会場の準備と、ライアンに恨みを持つ令嬢が集めてあります」
ミアも「私も手伝います!」と大きく手を挙げた。そしてフレッドも机に肘をついたままで手を挙げており、策士の顔になっていた。
「人の嫌がることを考えるのは得意です。騎士団の連中を動員してもいいですよ」
全員ヤル気は満々である。カミラはワインが並々注がれたグラスを高く挙げ、結団の乾杯をする。
「では、あのクズを地獄へ案内しようか」
カミラの言葉で、もう一度杯が上げられる。結団の乾杯。着々と計画が固まり、さっそく地獄への道づくりが始められるのである。




