40.男装/女装せずに、計画を練ります(前)
ダリスが淹れたお茶を飲みながら、ルーチェはかいつまんで事の経緯を二人に説明した。詳しくは語られなかったが、それでもライアンのクズっぷりは伝わり、ミアがぷくっと頬を膨らませた。
「ルーチェ様は優しすぎます! もっと怒らないと!」
「あら、私の代わりに怒ってくれるのね。ありがとう」
目元を和ませ、慈愛すら感じる微笑を浮かべているルーチェだが、内心はお祭り騒ぎだ。
(まぁぁ! 怒った顔も可愛いなんてどういうこと!? 声はやっぱりアレン様より少し高いわね。というか、この可愛さをアレン様が出せていたのがすごいわ……)
ミアと話せば話すほど、隣にいるアレンの女装力の高さを感じる。アレンに視線を向ければ、顔立ちはやはり似ているものの男性にしか見えない。ルーチェは自分のことを棚に上げた感想を抱いていると、顎に手を当てたフレッドが口を開く。
「事情は分かったけど、信じられないな……。こんなお淑やかなご令嬢って感じのルーチェ嬢が、男装をして剣を握るなんてよ」
フレッドの頭の中では、どう頑張っても目の前の淑女が、小憎たらしい女たらしに結びつかないのだ。それはミアも同様で、大きく頷き「そうですわ!」と目をキラキラさせて声を上げた。
「少し見せてくださいませんか? お声を真似るとか」
「お、それは俺も見たい」
ミアの唐突なお願いに、アレンは慌ててルーチェの顔を見る。秘技お願いをされればアレンは断れないが、ルーチェの負担になるならミアに諦めてもらわないといけない。だが、ルーチェはそれも想定のうちで、愛らしいお願いに心も動かされていた。
(ずるい上目遣い! 何でも叶えたくなるじゃない!)
二人に期待された眼差しを向けられれば、応える以外の選択肢はない。ルーチェは軽く咳ばらいをすると、心配そうな視線を投げかけてくれているアレンに向き直った。手袋を付けた指で髪を右耳にかければ、三日月のような美しい輪郭と首筋が露わになる。その動作一つで色っぽさが生まれ、雰囲気が変わる。
アレンは、色白の肌に心臓が高鳴った。妖艶な青色の瞳に射抜かれ、口角を上げた彼女の姿に色男が重なる。手を取られ、軽く口を付けるふりをされれば、心臓が飛び出しそうになった。
「春の可憐な花のような可愛いミア嬢、これから僕とお茶をしない?」
(うわぁぁぁ! 顔がよすぎる! 声もいい! 無理、かっこよすぎて無理!)
流し目を向けたルーチェの声は低く、甘美な響きを持っていた。アレンは息が止まり、顔が真っ赤になる。心臓が耳元にあるぐらいうるさい。破壊力のある美貌に戦闘不能になっている兄に代わり、ミアがきゃぁと黄色い声をあげた。
「もちろんですわ、ライアン様!」
「あ~なるほど。こんな感じでミアちゃんはコロッとやられたのね」
テーブルを挟んで見ている二人には、ルーチェが完全にライアンに見えていた。髪は長くドレスを着ているのに、雰囲気はまさに色男。納得顔のフレッドの言葉に、アレンがかッと目を剥いて反撃する。
「ミアが軽いみたいに言わないでくれる!?」
「ルーチェ様なら、男性でも女性の姿でも、どちらでもご一緒したいですわ!」
アレンが抗議をしているのに、我が道をいくミア。すっかりルーチェに骨抜きにされている妹に、アレンは頭痛がし始める。ルーチェはアレンの手を離すと口元に手を当て、くすくすと小さく笑っていた。顔つきはルーチェに戻っており、悪戯が成功したような表情だ。
「ごめんなさい、アレン様。これが一番早いと思ったから」
「俺がミアになってた時より色男だったよ?」
「ちょっと頑張りましたの」
うふふと恥じらうルーチェが、先程まで大輪の薔薇の花束を背負った優男に見えていたのが信じられない。劇の花形女優真っ青の演技力だ。すっかりフレッドも信じており、「これじゃ、面食いアレンが雰囲気にのまれるのも仕方ねぇな」と頷いていた。それを聞くアレンの拳が固められたので、後ほど放たれるのだろう。
そしてようやく話が本題へと移る。
「じゃ、ルーチェ嬢のことも分かったことだし、今後どうするかを話し合おうぜ。ひとまず、ライアンを呼んで令嬢たちの前で婚約破棄して、糾弾するってのは白紙ってことだよな」
フレッドに仕切り役を取られ見せ場を逃したアレンは不服そうに頷く。
「そう。だから、別の方法を考えようと思うんだけど、今ライアンってどんな感じ?」
二日前の夜会で西の王女から熱烈に婚約を迫られたため、今社交界はその話題で持ちきりだ。ルーチェには頭が痛い問題であり、険しい表情で重い口を開く。
「西の第二王女から婚約が打診されているのはご存じと思いますが、ライアンは受ける気がなく部屋に閉じこもってますわ……。しばらく社交の場には出ないと思います」
アレンの脳裏に強烈な印象の王女が蘇る。あれでは、王家からの申し込みとはいえ遠慮したくなるのも分かる。
「けど、王家からじゃ引き伸ばすのも限界があるよな。断れる?」
「今両親が色々と情報を集めて対策を練っているところだと思います。少々領地が騒がしいので、時間を取られていますが……」
聞く三人はオルコット領で発見された大量の武器や、密輸の組織が潜んでいる可能性についても知っており、難しい問題に押し黙った。その沈黙をナッツが入ったクッキーをつまんでいるフレッドが破る。
「一応確認するけどよ、ルーチェ嬢はライアンの婚約には反対なんだよな」
「そうですね……。ライアンの女遊びが無くなるなら喜んで送り出すのですが、破綻が目に見えていますし、あれでも一応跡取りなのでそもそもが難しいですね」
「ま、そうだよな。ライアンが西の国へ行けば平和になるけど、ルーチェ嬢が婿取りすることになるもんな」
「ルーチェ様なら、素敵な殿方がいらっしゃると思いますわ」
その話の流れにアレンはドキリとする。
「そ、それは……。やっぱ現実的じゃないと思う。いや、ルーチェ嬢の気持ちも大事だけど」
アレンは思わず異を唱えた。ルーチェが婿を取ることになると、ブルーム伯爵家の嫡子である自分では無理になるからだ。もごもごとルーチェの顔も見ずに話すアレンに対して、その気持ちを知るダリスの視線は冷たい。
ルーチェは「私の気持ち」と呟くと、アレンに顔を向けて話し出す。
「いなくなればせいせいしますが、ライアンにはしっかりしたお嫁さんに来てもらって、家を継いでほしいですね。そして、あの王女をお義姉様と呼びたくはないです」
はっきりと否定の気持ちを出したルーチェに、意外そうにフレッドは目を見張り、ミアはキラキラと憧れを強める。アレンはホッと胸を撫でおろしていた。その全てを見ているダリスは笑うまいと腹筋に力を込める。
そんな中、ルーチェはふぅと息を吐き、紅茶をすすった。




