39.男装/女装せずに、話し合いを始めます
そして翌日の夕方、ブルーム伯爵家にてライアンを懲らしめるための話し合いが行われるのだが、それに先駆けてアレンはミアとフレッドに状況を説明することにした。昨日、アレンは屋敷に帰るなりフレッドに手紙を出していたのだ。フレッドは騎士団の勤務を早めに切り上げ騎士服のままだ来ていた。サロンのソファーに座っており、その隣にミアがいる。
ミアはアレンも着ていた黄緑色のイブニングドレスを着ており、ふわっと広がるスカートを彩るフリルが可愛さを一段上に押し上げている。テーブルを挟んだ向かいにアレンが座り、ダリスは給仕をしていた。
好みのハーブティーで喉を潤したフレッドが、胡乱気な顔をアレンに向ける。
「それで? 急に計画を止めた理由を聞かせてもらおうか」
決行日まであと四日と迫っており、このままではただの試食会となりそうだ。ミアは断片的にしか計画を知らないため、大人しくお茶をすすりながら話を待っている。
「急に悪かった。今から理由を話すから、まずカップをテーブルに戻してくれる? ミアは落としたら危ないし、フレッドにはカーペットを汚されたくない」
ごく自然に妹と友人で扱いに差をつけるアレンに対し、ミアは素直に、フレッドは「意味がわからん」と言いつつも、カップをテーブルに戻す。アレンは二人の顔を交互に見ると、「では」と話し出した。
「結論から言うと、オルコット伯爵子息に令嬢たちの前で婚約破棄をするって計画は無理になった」
それはある程度予測していたのか、フレッドは驚きよりも訝しそうな顔をしている。
「なんで? 解決したのか?」
「まぁ、解決したというか……。その必要がなくなったんだ。同じだったんだよ。俺が会っていたライアンは、妹のルーチェ・オルコット伯爵令嬢だった」
「は?」
「え?」
ゆうに五秒は間が空いた。カップを持たせなくて正解だったと思えるほど二人は驚き、固まっている。衝撃からゆるゆると立ち戻ったフレッドは、額に手を当てて低く呻く。
「えっと、つまり、俺が見ていたライアンは妹が男装した姿だったって?」
「う~ん、全部じゃなくて、たぶん王宮の時だけかな」
「あぁ、お前が逃げてった……。あの時はちらっとしか見てないけど、男にしか見えなかったぜ?」
「俺だってミアに化けられたんだから、双子ならなおさらだろ」
そこに、ぽかんとしていたミアも加わる。
「それは……なんのために?」
当然の疑問であり、思い出しただけで腹が立つアレンは短く息を吐いてから、憎々しそうに答えた。
「クズ兄の代わりに女の子をフッてたんだとよ。代わりに茶会や夜会に出たこともあるらしい」
「は? ありえないだろ」
「ひどすぎるわ! そんな嫌なことを押し付けるなんて!」
目を三角にして怒るミアも可愛いなとアレンは思いつつ、全力で頷いて肯定する。フレッドも目を見開き、嫌悪感を露わにしていた。ミアが優しい天使であることは言うまでもないが、フレッドは人をからかって遊ぶわりには義理堅く、硬派な面もあるのだ。アレンは二人ならそういう反応をするだろうと思ったから、ルーチェに提案をしたのである。
「だから、ルーチェ嬢にも俺たちの計画に加わってもらおうと思ってる」
「あぁ、そりゃいいな」
「むしろ、私たちが協力したいぐらいよ!」
ぐっと胸の前で拳を握りしめたミアはムッとした顔をしており、撫でまわしたくなる可愛さだ。自然と頬が緩む。
「さすがミア、俺も同じことをルーチェ嬢に言ったんだ。ミアは優しいなぁ、お兄ちゃん嬉しい」
えへへと照れるミアの横で、冷めた視線をアレンに飛ばすフレッド。
「おい、俺も賛同しただろうが、褒めろよ」
「お前にかける褒め言葉はない」
瞬時にアレンの顔が真顔になり、視線が鋭いナイフとなる。その態度の温度差に風邪を引きそうだが、もう慣れたフレッドである。
「てことで、もうすぐしたらルーチェ嬢が来ると思う」
「まぁ! やっとルーチェ様にお会いできるのですね!」
「え、呼んでんのか!? 早く言えよ! 楽しみだぜ」
会いたがっていたミアが目を輝かせるのは分かるが、フレッドも嬉しそうにしたのがアレンはひっかかる。
「あら、フレッドさんも、ルーチェ様にお会いしたかったの?」
うまいことミアが訊いてくれ、アレンは内心盛大に拍手を送っていた。顔に出さないように、口を引き結んでいる。ダリスの視線が痛い。
「そりゃな、ライアンの妹だから綺麗なのに、社交界で見るのは稀だし、話しかけようにもすぐ消えるから、幻の令嬢なんだぜ?」
嬉々として話すフレッドに、アレンはざわざわと胸が落ち着かなくなる。
(こいつにルーチェ嬢を会わせたくない……。もしルーチェ嬢に惚れたら……。いや、こいつ外面は意外といいし、騎士だから筋肉もあるし、ルーチェ嬢の好みだったらどうしよう)
急速に不安と妄想が頭の中を駆け巡り、友人の結婚式まで突っ走りそうになったところを寸前で急停止する。
(まずいまずい、弱気でどうする! ルーチェ嬢の前でうまく計画を進めて、男らしく頼りになることをアピールするんだ!)
フレッドとミアがルーチェについて話している間も、アレンは一人紅茶を飲みながら難しい顔で考え込んでいた。それをダリスが生温かい目で見ているが、アレンに気付く余裕はない。そうこうしているうちにノックの音がして、侍女の一人がルーチェ・オルコットの来訪を告げた。
「じゃ、迎えにいってくる」
気合をいれたアレンが立ち上がると、その背に二人の声がかかる。
「いってらっしゃ~い」
そして玄関に迎えに出たアレンは、令嬢の姿で微笑むルーチェに目が釘付けになり、一瞬挨拶が遅れるのだった。
招かれたルーチェは、露出の少ない外行きのドレスを着ており、クリーム色の生地に青く小さな花の刺繍が散りばめられていた。目にかからないように横に流している前髪から覗く青い瞳とよく合っている。フリルは少ないが、腰のリボンが大人っぽさの中に可愛らしさを忍ばせていた。
「今日はお招きくださりありがとうございます」
優美な所作で挨拶をされたアレンは、ハッと我に返りエスコートのために手を指し伸ばした。
「こちらこそ、来てくれてありがとう」
その光景がいつもと反対で、二人はついおかしくなって笑う。
「これからは役割が逆だな」
手を取って歩けば、目線が近くなっていて変化がこそばゆい。
「なんだか不思議な感じですね」
それはルーチェも同じで、隠すものがない状態でアレンの隣を歩けることに小さな幸せを感じていた。
「ミアと友達には状況を伝えてあるから」
「ありがとうございます。私からも改めてお話をいたしますね」
俯いてもおらず、朗らかに笑うルーチェは眩しく、アレンは動悸が治まらない。触れている手に汗をかいていないか、震えていないかが気になってしかたがなかった。前を歩く侍女がサロンのドアを開け、中に入ると二人がドアの近くで出迎えてくれた。
ミアが手前に立っており、フレッドはその半歩後ろだ。
「ルーチェ様、本日はようこそおいでくださいました」
ミアはマナーの先生から及第点がもらえるようになったカーテシーで、令嬢らしく挨拶をする。ぱぁっと顔が華やいでいて、憧れのルーチェに会えた喜びがあふれ出していた。
「はじめまして、ルーチェ・オルコットですわ」
それを美しいカーテシーで受けたルーチェは、初めて会う本物のミアに胸を興奮が収まらない。
(きゃぁぁぁ! 本物のミア嬢だわ! 可愛い! 天使! アレン様より目が大きいのね! 動き一つ一つが撫でまわしたくなるくらい可愛いわ!)
これほど内心高ぶっていても、鍛えられた演技力で表情には出さない。次いで、フレッドが挨拶をする。
「フレッド・ガードナー、見ての通り騎士だ。お会いできて光栄だぜ」
「こちらこそ、よろしくお願いしますわ」
騎士の挨拶をするフレッドにも、ルーチェは丁寧にカーテシーで返した。アレンはルーチェをソファーにエスコートし、隣に座る。アレンの向かいにフレッドが、ルーチェの向かいにミアが座った。ミアはすでにうっとりとしてルーチェの顔を見ている。
そして、ルーチェを交えてライアンを懲らしめる計画の話し合いが始まったのである。




