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29.女装せずに天使と話す

 ◇◇◇◇

 アレンはルーチェと出会ってからというもの、寝ても覚めてもその笑顔が頭から離れなかった。思い出すだけで頬が熱くなり、鼓動が早まる。前に、兄の方にキスをされそうになった時にも似たような状態になったが、今回はさらに酷い。ここまでくれば、今まで色恋に縁がなかったアレンでも気づく。


(これが、恋か……)


 アレンは自室で、今朝ルーチェから届いた手紙を読み、返事を書いていた。ダリスから手紙が届けられた時には心臓が飛び出すかと思い、美しい字に感動しながら読み終わればしばらく放心状態だった。そんな自分の状態が怖い。


(まじか……。俺が面食いだからか? いや、顔だけじゃルーチェ嬢に失礼だ。彼女は性格も素晴らしい。うわこれ、好きにならない理由がないじゃん)


 自分の気持ちに気付いてしまえば、扱いきれない思いに叫びだしたくなる。手紙が届いた時は、冷静になるために素振りをしたがそれでもダメだった。アレンはもう一度手紙に目を通し、ため息をつく。彼女に少しでもいい印象を持ってほしくて文面が決まらず、先程から何回もペンが止まっていた。


(さすがに、会ってすぐお茶に誘うのはなぁ……。兄のこともあるし)


 結局、アレンは領地の名産の話や、最近見た観劇の話などを入れて書いた。また彼女から返事が欲しくて、いくつか質問も添える。ダリスに宛名書きを頼む時は、柄にもなく手が震えてしまった。



 そうして手紙のやりとりを始めた数日後。アレンはミアが領地から帰って来たため、サロンでお茶をしていた。領地は海に面しており、商売の要でもある港がある。そこで行われた船の着水式の話や、村の祭り、新しく仕立てたドレスなどの話を楽しそうにしてくれるので、アレンはお茶がさらにおいしくなるなと耳を傾けていた。


「お兄ちゃんはどうだったの?」


 話し終えて満足したのか、紅茶で喉を潤してからそう尋ねてきたので、アレンはミアがいない間に起こったことを伝えていく。給仕をしているダリスも補足を入れつつ話を進めると、案の定ライアンの妹に会ったという話に食いついた。


 話すと自然とあの笑顔が思い出され、口元が緩む。ころころと表情を変えながら聞くミアはとても可愛いく、最後まで聞き終わるとぷくっと頬を膨らませた。


「やっぱりお美しい方だったのね! それなのに、兄のせいで不遇な目に遭われているなんて……許せないわ!」

「だよな。絶対クズを痛い目に遭わせるってさらに思ったよ」

「私も会いたいわ。ねぇお兄ちゃん、ルーチェ様を招いてお茶会できない?」


 その頼みにアレンはドキッとした。自分の気持ちに気付かれたのかとヒヤヒヤするが、目を輝かせるミアは純粋に興味を持っているようだ。アレンもお茶に誘いたいとは思っているが、難しい顔をする。


「さすがにここに招くのはなぁ……。母上が行う茶会の招待状を送るくらいはできるけど、来ない気がする」


 今までも重要な社交の場でしか見かけなかった上、あのようなトラブルを知ってしまえば避けているのも頷ける。加えて、あれから手紙のやりとりはお礼の手紙と、アレンの返事に対する返しの二度で、家同士のつながりもほとんど無いため、個人的にお茶に呼べる間柄でもないのだ。それはミアも分かっていたようで、「そうよね」と頷くもののしょんぼりはしている。そんな顔を見れば、叶えてあげたくなるのが妹を溺愛するアレンであり、自分も会いたい。


「まぁ、ルーチェ嬢が出る社交の場は限られるから、見つけたら積極的に声をかけるよ。その時ミアがいれば、一緒に話せばいいし」


 それとなく次に参加する社交の場の情報を聞こうと、次の手紙に書くことを頭の隅にメモをする。ミアが話したがっているのを口実に、お茶に誘ってもいいかもしれない。そこに、アレンのカップにお茶のお代わりを注いでいたダリスが、呆れ顔で口を挟んだ。


「何を悠長なことを言ってるんですか。自ら先んじて動かなければ、利益も好みの相手も逃すというのが当主様のお言葉です。お手紙のやりとりを始めたのですから、思い切って外でお茶に誘えばよろしいじゃないですか」


 その言葉は二人ともよく聞いていた。商いの利を読むのがうまい父親であり、母を夜会で見染めた時も即断で次の約束をし、次に会う時までに婚約までの見通しをほぼ付けていたらしい。父親の好みは可愛らしい小柄な女の子であり、母親の好みも線の細い可愛い系。その二人が結ばれれば、子供がどうなるかは押して測るべしだ。


 華奢で童顔、女顔と三拍子そろったアレンは「そうだけど」と小難しい顔で砂糖菓子を口に入れる。アレンだって今すぐにでも誘いたい。会って、もっと色んなことを知りたいのだ。だができない理由がある。


「俺、似た顔のルーチェ嬢を前に、ボロを出さずにいられる自信がない。いつか、ミアとクズのことをうっかり口にしそうだもん」


 実際、あの茶会でしばらく互いの好みや最近の出来事についても話していたのだが、ケーキやドレスの話ではミアの意見が出そうになり、慌てて誤魔化したのだ。それに、アレンとルーチェに面識があることが女たらしに伝わり、ミアの姿で会っている時に話題に上ったとしたら、大惨事になりかねない。


「あ~、そうね。私だったら絶対無理。そんな器用な頭の使い分けできないわ」

「そうですね……。むしろ今までバレなかったほうが奇跡ですか」


 二人はそこで納得した。


「ちょっとダリス、さらっと失礼じゃない?」


 教育係も兼ねているからか、ダリスは基本アレンに対して遠慮がない。ダリスは「そんなことありませんよ」と嘘くさい笑みを浮かべ、アレンの紅茶に角砂糖を一つ入れた。甘い物さえあげておけば誤魔化せると思われている気がするが、甘さは正義なのでアレンは黙って紅茶を飲む。


「なら、早くライアン様とのことを終わらせて、ルーチェ様とお会いできるようにしないと。フレッド様と計画を進めているのでしょ?」

「うん。今度前に俺があいつと行ったケーキブランドの試食を兼ねた茶会をするって名目で、あいつの被害に遭った令嬢を集めてもらうんだ。そこで、大々的に婚約破棄を突きつけて、令嬢たちからも糾弾してもらうつもり」


 気軽なお茶会に誘うような口調で伝えたが、その内容はまさしく修羅場だ。最近はすっかり楽しんでいるフレッド監督の下、泣く演技に力を入れていた。裏声にも慣れ、涙を誘う悲劇を演じられそうだ。

 そして、ニィっとフレッドが移ったようなあくどい笑みを浮かべたアレンは、ダリスに「よろしく」と用意しておいたレターセットを机の上に出してもらった。ミアが帰ってきたので、女たらしへの返信ができるのだ。


「この前の、王宮での夜会のお詫びってことで、お茶に誘われているからその返事をよろしく。次の茶会で最後の婚約破棄の場に誘ってくるから」

「任せて! すっごく可愛く一途な感じで書くわ!」


 ミアは前回来ていた手紙を開き、目を通してから返事を書き始める。その手紙をアレンも目で追った。美辞麗句が多く気障っぽい言い回しは、アレンには書けない文面だ。


(ん、やっぱ双子だからか、字も少し似ている?)


 言葉遣いは全く違うが、受ける印象は近いものを感じた。


(ほんと、兄の方が残念過ぎる……)


 似ている部分が見えるからこそ、兄の評価は下がる一方だ。アレンは紅茶をすすりながら、クライマックス直前の復讐劇場に胸を躍らせるのであった。


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