18.女装なしで、夜会に参加するのは楽だが物足りない
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アレンが両親と共に参加したのは公爵家が主催の大規模な夜会だ。挨拶を終えて両親と別れたアレンは、顔なじみの令嬢をダンスに誘い伯爵家の嫡男としての仕事をこなしていた。
(今踊っている子は、たしか領地に豊かな牧場があるんだよな。肉……まぁ、ありか)
肉や加工品はいい商品になる。こことつながれば、外国に輸出する際に融通が利くだろう。そんな利害関係を頭の中で浮かべながら踊るのが、アレンの癖だった。
(ん~。顔は好みのはずなのに、なんか惹かれないんだよな)
きりっとした目元が印象的な令嬢だが、今日はもっと話したいとはならなかった。前はこの令嬢ともその顔を見つめていたくて、ダンスの後もおしゃべりに興じたのだが……。
そして、一曲が終わって別れの挨拶をし、次の令嬢を誘う。彼女も、ミアと一緒に凛々しくて素敵と騒いでいた相手なのだが、今日は輝いて見えない。高鳴らない胸に、なぜだろうと疑問を抱きつつステップを踏む。
(なんか気の利いた言葉でもかけたいけど、何も思いつかないや)
相手の令嬢もつまらなさそうで、彼女を喜ばせる言葉の一つでも言いたいのだが、アレンの引き出しは空っぽだ。どうしても当たり障りのない話で終わってしまい、間も多くなる。
(あいつのようにはいかないな……腹立つ)
アレンが頭を悩ませていると、突然会場がどよめき立った。一拍遅れて、ライアン・オルコットの名を告げる声がかすかに聞こえる。令嬢たちの色めく声。会場の視線を集める先には、シャンデリアの光を受けて輝く銀髪と、その輝きに負けない美しさを持つ顔があった。人垣ができており、アレンからは顔が少ししか見えない。
「ライアン様は、いつ見てもお美しいですわね」
踊っている令嬢も、熱い視線をライアンに送っており、アレンは物悲しい気持ちになりつつも同意する。最近はその美貌を至近距離で見ることも多かったので、破壊力については経験済みだ。そして、はっと閃いた。
(あっ、俺がこの子たちの顔にときめかないの、あいつの顔を見てたからじゃないか!?)
慣れとは恐ろしく、人間は欲深い。通るだけで人々の心をかき乱す、天災級の美貌のせいで、自分の面食い基準が狂ったのだとアレンは気づく。鋭い視線をライアンに向け、怨嗟の念を込めた。
(この女たらしが……俺から、ささやかな美を楽しむ心まで奪いやがって……許さん)
日頃、ライアンのせいで令嬢たちの目が肥えていると憤っていたアレンだが、それが自分にも降りかかっていて怒りはさらに増す。ここに、「逆恨みでは?」とツッコミを入れるダリスはいなかった。
そして、ライアンを見ていると嫉妬心が沸き起こり、何かの拍子に感づかれても困るので、早々に広間を後にするのだった。
広間を後にしたアレンが向かったのは軽食が並ぶ部屋だ。立食形式で皆思い思いの料理を取って、談笑している。ダンスをしてお腹が空いたので料理に舌鼓を打とうと並ぶ料理を見回していると、馴染みの顔を見つけた。
「フレッド、お前も来てたんだな」
「おー。兄貴が領地に行ってて、その代わり」
「ご苦労さん」
アレンは手近にある肉料理やパンを皿に取り、フレッドの隣で食べ始める。肉は鳥肉で、一口噛めば肉汁が溢れ、ワインソースが一緒に流れ込んできた。絶品だ。フォークで突き刺しもぐもぐ食べていると、隣から視線を感じて顔を向ける。
「お前、最近可愛くなってね?」
「喧嘩なら買うぞ」
すっと目を細め、フォークを持つ手で拳を握る。肉は犠牲にしたくないので、すぐに口の中へ。
「いや、冗談じゃなくて、肌きれいになってるって」
フレッドは皿にフォークを置くと、アレンの頬を撫でた。指で感触を確かめるようにつまみ、むにむにと動かす。よく伸びる頬はリスを連想させたが、口にしたら拳が飛んでくるので、学習しているフレッドは言葉を飲み込んだ。
「肌、ねぇ……あっ」
気にしたことがなかったので、そうか? と首をひねりたくなったが、思い当たることがあった。
(最近、女装で化粧してたから、そのためにマッサージとかオイルとか色々されたんだった)
化粧は、何か粉っぽいものを肌の上から乗せているだけだと思ったら、肌を作るところからだとダリスに教えられた。その後の保湿もある。女って大変なんだなぁと、顔の肉をあちこちに動かされながら思ったのだ。だがそれを、答えるわけにはいかない。
「それはー。最近剣の稽古頑張ったから、血の巡りがよくなったんだと思う!」
「へー。まぁ確かに、運動は大事だよな」
そこからは他愛のない話が続き、相づちを打っていたアレンの耳は馴染みのある名前を拾う。
「オルコット伯爵子息が来てたろ。嫌になるよな。あいつがいると、女の子全部持ってかれる」
向かいで三人の男たちが、ワインを片手に話していたのだ。思わず聞き耳を立てる。アレンが突然黙って視線を飛ばしたため、フレッドもつられて意識を向けた。
「顔がいいだけの軟派野郎が」
「ろくに努力もせず、のうのうと……虫唾が走るぜ」
本人がここにいないのをいいことに、陰口を叩いて笑い合っていた。それは珍しいことでもなく、ライアンという男は男女ともに一定数恨みを買っているのだ。それが、令嬢たちの行き過ぎた行動や刃傷沙汰につながる。
「そういや、例の伯爵家の令嬢が婚約を結んでた相手、武器の密輸をやってて破談になったんだってな」
「あー、オルコット伯爵が摘発したやつか。法の貴族様は怖いよな」
「たしか、そこの令嬢にライアンが近づいてた時あっただろ。遊んだ相手でも簡単に情報を売るとか、最低じゃね?」
男たちは口々に同意し、また話題が変わっていく。アレンは視線を男たちから外し、考え込む。
(まぁ、あいつらが言ってることも分かるけど……)
以前なら彼らの悪口に同調していたアレンだが、聞いていてもやっとしたのだ。
(まともなところも、あるんだよな)
相手に対する気遣いや、大切にして守ろうとする気概は、好感が持てるものだった。誰に対してもあのようにしている点は、大いに反感を持つが……。アレンとして見てきたライアンの姿と、ミアに扮して接した彼の姿の落差に、確かに男女で態度が違うと納得していると、フレッドが視線を向こうに飛ばしたまま口を開いた。
「散々に言われてるな。ま、騎士団でもいい噂は聞かないけど……」
フレッドの声がしたので、アレンは視線を彼に戻す。肉に齧りつきながら、馬鹿馬鹿しそうな表情をしていた。
「そうなの?」
「ま、騎士団の連中は硬派をよしとするかさ。……あ、そうそう、騎士団で思い出した。一週間後の王宮で開かれる夜会って、お前も来るよな」
「行くけど?」
王宮が主催の会は、何をおいても優先される。デビューを控えたミアも短い時間参加することになっていた。
「騎士団はいつも護衛任務なんだけど、今回俺、ヘルハンズ近衛騎士と見回りすることになったんだ……。ありえなくね?」
「ヘルハンズ近衛騎士って、侯爵令嬢の?」
有名なのでアレンも名前は知っている。王妃殿下に挨拶をする時は常に後ろに立っていて、深紅の髪の背が高い人だったように記憶していた。
「そう、カミラ様。いつもは王妃様の警護なのに、下っ端の騎士と一緒に見回りとか何考えてんだっての。だから、不埒なことするなよ。見つけ次第、連行するから」
「しないよ」
「ま、こんなところで肉食ってるお前には、令嬢を口説いて連れ込むなんて真似、できないだろうけど」
ケタケタと笑って馬鹿にされ、アレンは「うるさい!」とフレッドの鳩尾に肘を入れた。むせ返るフレッドを見ていい気味だと、口角が上がる。そして「また王宮で」と別れ、広間に戻ったアレンは、人だかりを見つけ自然と目を引かれてしまった。令嬢たちの中心には、案の定ライアンがいる。歓談しているようで、彼が微笑み話をするだけで周囲に花が舞い、女の子たちは嬉しそうに声を上げていた。
(けど、あいつも相当な役者だよな。同一人物には見えない……いや、だから女の子は騙されるのか)
そこにいるのは、先程の陰口をそのまま表したような女たらしで、ミアとして言葉を交わした彼は幻だったかのように思える。あの真剣な眼差しと、誠実そうな言葉が全て演技なら、恐ろしい上に悪質だ。
(どっちにしろ、次で最後にするし、どうでもいっか……)
王宮の夜会は参加人数も多いため、参加者の視線がばらけるので動きやすくなる。それに、ミア自身も参加するため、途中で入れ替わるのも難しくない。そんなことを考えながら、アレンは家の利益になりそうな情報を求めて、話し相手を探しにいくのだった。




