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16.女装の原因に同情の余地は……ない

 ◇◇◇


 アレンは屋敷に戻り、女装を解くとソファーに倒れ込んだ。今日は肉体的な疲労だけでなく、精神的にも疲れた。もぞもぞと仰向けに態勢を変え、ぼんやりと天井を見る。


(女たらしも、大変なんだな……。自業自得な感じはするけど)


 先ほどの狂った令嬢を思い出すとぞわっと寒気がした。悪意がべったりと肌にまとわりついてる気がして、両手で抱くように腕をさする。意思疎通ができておらず、完全に夢の世界の住人だった。


(あそこで止められなかったら、俺が言い返してた)


 小娘扱いされ侮辱された時、自分ではなくミアが悪く言われた気になったのだ。その後胸板に押し付けられたのは固くて苦しかったが、真剣さも伝わってきた。一歩も引かず、ひるまない姿は同じ男としてかっこよさを感じ、正直少し悔しい。


(女の子って、あんな感じで優しく守られると嬉しいんだろうな)


 自分以上に怒った声を聞いて、驚くと同時に少し嬉しかった。男としては守られて複雑な気持ちだが、それでも心は動かされたのだ。女の子だったらと想像するのは難しくない。非常に参考になった。アレンにないのは、実践の相手だ。


(それにしても、大切な人……か。すごく守られてたし、本気、なんだよな)


 騙している身としては、少し罪悪感がある。それは、今日の劇の内容にも影響されているからだろう。互いの正体を隠したまま惹かれた二人は、秘密を抱えることに苦しみ、悩んでいた。


(ま、だからと言って、手ひどくフるのは止めないけど。これに懲りて、女遊びを止めれば、ああいう危ないやつに言い寄られることもなくなるだろ)


 そんなことを考えていると、ノックがされダリスが入ってきた。ドレスの手入れが終わったようで、お茶を用意してくれる。そして、お茶を飲んで一息つきながら、今日の事件について話すと、ダリスは「それは大変でしたね」と渋い顔でアレンが好きな砂糖菓子を追加してくれた。


「オルコット伯爵子息は、前に狂信的な令嬢に切りかかられていたことがありましたね。たしか、誰かの婚約者と決闘騒ぎになったこともあったはずです」

「うわぁ、よく無事だったな。……あぁ、けど本人強そうだったから、大丈夫か」


 鍛えられた痕があった手を思い出しながら、蜂蜜が入った紅茶を飲む。優しい甘さが体に染み渡った。


「両方無傷で相手を無力化したらしいですよ。そうそう、幼い頃に何度か誘拐されたこともあったと聞きました」

「へぇ、顔がいいとそれはそれで大変なんだな……てか、ダリス随分詳しくないか?」


 ダリスはそう指摘されると、罰が悪そうな顔でお茶のお代わりを注ぎながら話す。


「使用人は、噂話が一番の娯楽なので……。それはそうと、随分うまくいっていますね」


 使用人たちが休憩中に何を話そうが自由なのだが、ダリスはわざとらしく話を戻す。アレンは追及するつもりはなく、お茶をすすった。


「俺、劇団員になれるんじゃないかってくらいの名演技だからな。あの女泣かせを手玉に取れる俺って、悪女の才能があるかも」


 男でよかった~と浮かれた様子のアレンに対して、ダリスは腑に落ちないのか首を傾げている。


「なんだか、ずいぶん評判と違いますね。恋をすると、人は変わるということでしょうか」

「へ、恋?」


 砂糖菓子を口に放り込んだアレンは、目をパチクリとさせた。甘い味が口に広がる。


「アレン様をお守りになった様子を聞くと、そのように思えますが……」

「あー、そっか。演技に必死でそこまで考えてなかったけど、そうなるんだよな。なんか、女の子にも好きになってもらえないのに、男に思いを寄せられるって変な感じ」

「まぁ……あちらは、アレン様をミア様という女性と見ていますからね」


 そう改めて言葉にされると、罪悪感が胸をつつく。今まで会った彼の表情からは、遊んでいる雰囲気はなく、真剣に自分ミアと向き合っていたように思う。その恋心を踏みにじることになるのだ。


「けど、あいつが今まで泣かせてきた女の子の数を考えれば、可愛いもんだろ。まぁ、そろそろやめ時だとは思ってる。これ以上はバレる危険もあるし、俺も女装したくないし」


 気分を変えるため、紅茶にレモンを浮かべてすすれば、爽やかな酸味が疲れた体に染み渡る。甘味が足りず、はちみつを足した。


「おや。てっきり女装が気に入ったのかと思っていましたよ。夜会では存分に甘いものを食べていらしたし、この間は帰りに流行りのカフェに立ち寄られて、人気のクッキーを買って帰られていましたし」


 不本意な言葉にむせたアレンは、カップを置くと「そんなことない!」と力強く否定する。


「そりゃ、この姿だと人目を気にせず甘いものが食べられるし、カフェとかお菓子屋でおまけがもらえて、便利だなぁとは思うけど、気に入っては、ない!」


 少し顔を赤らめ語気を強めるアレンは、女装していないのに可愛さが増している。


「はいはい。そういうことにしておきましょうか。それと、明日の夜会では問題のライアン様もいらっしゃると聞きましたので、ボロを出さないようにしてくださいね」

「わかってるよ」


 ぶっきらぼうに返し、カップに残っていたレモンティーをぐいっと飲み干した。



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