14.女装して、観劇を楽しむ。
観劇に誘われたアレンは、きっちり女装をしてオペラグラスを握って幕が下りている舞台を見下ろしていた。二人がいるのは二階の独立した個室で、大きなソファーが置かれている人気の席だ。舞台にも近く、オペラグラスを使えば演者の目の動きまで追える。
「ライアン様、楽しみですわ。この演目は私も始めて見るのですが、有名な演目を合わせたものらしいですね」
うきうきと待ちきれない様子のアレンは、ミアに付き添ってよく観劇をしていた。劇の内容を楽しむだけでなく、役者の顔と鍛え抜かれた筋肉を鑑賞するのも楽しみの一つだ。
(あ~あ、ミアと行きたかったなぁ。この演目、人気過ぎてチケット取れなかったんだよ)
観劇に誘われたとミアに伝えたら、非常に羨ましがっていたので一言一句欠かさず記憶して、内容を教える約束をしている。
今日のアレンは、クリーム色のフリルが多いドレス、頭にはつばが広い帽子を被っており、これは「他の人に可愛いミア嬢の姿を見せたくないから」と甘い声で囁いて先ほど贈られたものだった。贈り物一つするにも気障な言葉をつける女たらしに、最初は対抗心を燃やしたアレンだが、この言動は顔がいいからできるのだと悟り始めている。
そして、その女扱いが上手な男は長い足を組み、パンフレットに目を滑らせていた。細長い指でページをめくる動き一つに色気がある。
「建国物語は知ってるけど、銀槍の戦乙女は知らないなぁ。戦記もの?」
(女の子を連れて観劇三昧かと思ったけど、知らないこともあるんだな)
人気のある演目は、史実や伝説が元になっているものが多い。話を向けられたアレンはパッと顔を輝かせ、得意げな顔で話し出した。ミアが楽しそうに語っていたので、内容も完璧だ。
「銀槍の戦乙女は、20年前の戦争を元にした劇ですわ」
「西の大国に攻められた戦争だよね。防衛戦の末勝利したやつ」
「はい。とても強い槍で戦う女の子がいて、敵の将軍を討つという話ですわ。大立ち回りがかっこいいんです」
アレンは初めて見た時の興奮を思い出し、目を輝かせる。その槍さばきに憧れ、使用人のほうきで真似したのもいい思い出だ。銀槍の戦乙女はアレンが個人的に好きな話でもあり、小説版も持っている。
「そうなんだ。戦記ものは、剣さばきが綺麗で好きなんだよね」
「あら、やはり殿方は恋愛よりも戦いのほうが心惹かれますか? 兄も、小さい頃から劇を見ては真似をして怒られていましたわ」
さりげなく、兄《自分》の剣術好きもアピールしておいた。くつくつと喉の奥で笑う彼は、懐かしそうに目を細める。
「僕も、棒を振り回していたら母上に叱られたなぁ。母上は剣や戦いが嫌いなのか、観劇は恋愛劇ばかりだったよ。だから、建国物語は何度も見た」
(もしかして、恋愛劇を見て育ったから、こんな息を吐くように甘ったるいセリフが言えるのか)
思わず納得してしまった。そして、建国物語はアレンも何度も見ており、絵本にもなっているためミアに読み聞かせていたこともある。
「いいお話ですよね。敵国同士だった王子と姫が結ばれる話で、何度見ても涙がでますの。女の子には憧れのお話です」
これは、ミアが力説していた内容だ。アレンは持ち前の妹愛でそっくりそのまま再生し、教養のある淑女を演出していた。
ここ、ミロディワーナ王国の建国は、当時敵国同士だった王子と姫が恋をし、戦争を止めたことで興ったとされている。そのため、伝統的に貴族間でも自由恋愛に寛容であり、近隣諸国から「愛の国」と呼ばれているのだ。
「うん、あれはいい話だね。さぁ、そろそろ始まりそうだ。あとで、色々教えてね」
何でも完璧そうな相手に頼られるとまんざらでもない。アレンは「もちろんですわ」と鼻を鳴らして胸を張るのだった。
そうして始まった劇は、敵国同士の王子と姫が正体を偽ったまま恋をし、抱える秘密と膨れ上がる恋心に苦しむというもの。銀槍の戦乙女と呼ばれる傭兵が二人の仲を取り持つ役割として出ていた。戦場、町、王宮と場所を変えて物語は進んでいく。
迫力のある戦闘と心を揺さぶる恋愛がうまく調和され、誰もが息を飲んで見入っていた。姫と王子が互いに惹かれるも正体を隠していることに苦しむ場面では、アレンの胸がチクりと痛む。
(俺も、冷静に考えたら騙してることになるんだよな……。悪いのは、こいつだけど)
ちらりと隣の優男を盗み見れば、彼は真剣に劇を見ていた。その顔は舞台上にいてもおかしくないほど映えている。
そして物語は進み、戦乙女も反発していた男性と恋に落ちていく。二つのカップルが両国の思惑の間で絡まりあい、困難を超えて結ばれ幕が下りれば、劇場は総立ちで惜しみない拍手を送っていた。
「感動、しました……」
鼻をすするアレンは、男の姿なら我慢できたのにと唇を引き結ぶ。ミアの姿だと、常にクライマックスではボロボロと泣いている天使に引きずられて、涙が出てしまったのだ。
「とてもよかったね」
すっとハンカチーフを差し出され、とっさに受け取ってからスカートのポケットにハンカチーフがあったことを思い出した。だが、どちらにしろ差し出されたものを受け取らないわけにもいかず、小さくお礼を言う。化粧が崩れると、全力で降臨させている天使が天に帰ってしまうので、優しく涙だけをふき取った。
「心のままに生きる……。何度聞いても胸に来るセリフですわ」
それは、建国物語の有名なセリフで、この演目にも使われていた。父親と家臣に猛反対され、幽閉されそうになった王子が、そう言い放って姫を迎えに行くのだ。興奮で熱くなった体を果実水で冷やしながら、しばらく劇の感想を言い合う。夢中になり、気づけば時間が経っていた。




