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12.女装して、男らしさをアピールする

 胸筋の敗北を味わった翌日、胸周りの鍛錬を終えたアレンはミアの相談ごとを聞いていた。サロンでお茶を飲みながら、今日も可愛いなぁと口元を緩ませながら耳を傾ける。


「あのね、明日商会から次に出す新作のケーキの試食を頼まれているの。それで、男性の意見も欲しいからお兄ちゃんに頼もうかなって」

「新作ケーキ! 食べたい!」


 勢いよく食いついた。依頼が来たケーキ屋はアレンも好きな人気ブランドで、ケーキの味を思い出して涎が出る。どんなケーキかなぁと膨らみ始めた期待を冷静な声が割った。


「アレン様は行けませんよ?」


 給仕をしているダリスが、何を言っているんですかと呆れ顔でアレンのカップにお茶を足した。角砂糖一つも忘れない。


「え、なんで?」


 ショックを受けた顔のアレンは、何か予定があったかなと記憶を探るが明日は一日空いているはずだ。致命的な見落としに気づかないアレンに、ダリスはこれ見よがしにため息をつく。


「アレン様、甘いもの苦手でしょう?」


 それは、表向きのアレンにつけた設定だった。社交界デビューをした二年前に言い始めた「甘いもの苦手」は、今や晩餐会では「ケーキの代わりにレモンのシャーベットです」と何も言わずとも代えられるようになるほど浸透していた。


「うわぁぁ! 俺の馬鹿! 新作ケーキをミアと食べられたのに!」


 甘い物が大好きな兄が、晩餐会や夜会では一切食べないのを不思議に思っていたミアは、謎が解けてすっきりしたような、可哀そうなような、複雑な表情をしていた。


「それは、困ったわ……。私、そんなにケーキをたくさん食べられないのに」


 アレンとは対照的に、ミアは食が細い。「どうしましょう」と眉尻を下げる妹を見ると、アレンは胸をえぐられたような気になる。


(ミアが悲しんでいる! どうする! 甘い物苦手だけど頑張って食べている感じで行くか、いや、作ってくれた人に失礼だし、たぶん我慢できなくて全部食べてしまう! こんなことになるなら、甘い物苦手だなんて言わなきゃよかった!)


 頭を抱えて葛藤するアレンと、おろおろするミア。その様子を眺めていたダリスは、「閃きました」と指を鳴らした。既視感を覚えた二人は、顔をダリスに向ける。


「入れ替わりましょう。ついでに、オルコット伯爵子息を誘って仲を深めてはどうですか?」




 そういった経緯で、アレンはミアに扮し、ケーキの工房で新作ケーキが食べられることになったのである。同行者に関しては、断られてもいいぐらいの気持ちだったのだが、アレンの予想に反して快く引き受けてくれた。騒ぎになったら困るので、目立たないように先に行って待っていると返事に添えてきたところは、知名度が鼻についたが好都合だ。


「ライアン様、お待たせいたしました」

「ミア嬢、今日は誘ってくれてありがとう。またこうやってケーキを食べられるなんて、嬉しいな。今日は体の具合はどう?」


 今日も無駄にキラキラと輝いている彼にエスコートをされ、席に着く。軽い話をしながら自然と行うところは見習いたいが、癪でもあった。


「私も嬉しいですわ。この間はご心配をおかけして、申し訳ありませんでした。今日は、大丈夫です」


 うふふ、と控えめに笑って、か弱い女の子に見えるようにするアレン。


「それならよかった。ここのケーキはいつも並んでいてなかなか買えないから、楽しみにしていたよ」


(おー、さすが女の子が好きなブランドはよくご存じってことか)


 ケーキはご令嬢への手土産に喜ばれるので、売り上げに貢献してくれと思う反面、自分にもそういう相手が欲しいと妬ましい。


 二人が席に着くと、早速といくつかケーキが運ばれてきた。新作のケーキは男性でも食べやすい甘さを控えたものを出したいらしく、紅茶の茶葉とオレンジの皮をいれた固めのケーキ、ナッツが入った四角いケーキにコーヒークリームを添えたものなどがテーブルに並んでいく。女性には多めにホイップクリームを乗せることで、満足感を出すらしい。


 アレンは待ちきれないと、手前にあった紅茶のケーキから口に運ぶ。茶葉の香りにオレンジの酸味と苦みが甘さを和らげていた。鼻に抜ける香りがとてもよい。


「おいしいですわ」


 遠慮なくケーキが食べられることが幸せで、おいしくて笑顔がこぼれる。


「幸せそうに食べるミア嬢を見ていると、ケーキがもっとおいしく感じられるよ」

「まぁ、ライアン様ったらお上手」


 さらりと女性が喜ぶ言葉を口にされ、アレンの嫉妬の心がちろりと揺れるが、今日の目的を思い出す。今日はケーキを食べ、ミアの可愛さと純粋さをアピールすることと、もう一つあるのだ。


「今日は、ライアン様が来てくださって助かりましたわ。私のお兄様は、甘い物が苦手でご一緒できませんの。男らしくて、素敵ではあるんですけど」


 兄である、アレン《自分》の男らしさを上げることだ。前回、顔を可愛いと言われたことと、胸筋で負けたことが男のプライドを傷つけていた。


「へぇ、甘い物が苦手な男の人は多いものね。一緒に食べられないのは少し残念だけど、そのおかげで僕が一緒に食べられているから、感謝かな?」


 少し首を傾けて口角を上げたその表情は、凄まじい破壊力があった。「おいしいのにね」と言いながら、ケーキを食べ進めている。


(こいつ……ケーキを食べていても可愛くならない。やっぱり、顔か、顔なのか!)


 少し乗ったホイップを口に入れて「甘くておいしい」と呟いても、感じるのは可愛さではなく美しさ。ケーキまで輝いて見えてきた。じっと見つめるアレンに、「欲しいならもう一皿もらう?」と気遣いを見せる余裕まである。


(ケーキで男らしさは競えない。次だ!)


 やけ食い気味に、薔薇の形を模したケーキを食べ終わった。


「それと、兄は毎日剣の稽古をしていて、腕前もそこそこあるらしいんです。乗馬も得意なんですよ」


 この場にダリスがいれば、アレン様のお見合いですか? とツッコミを入れてくれただろうが、残念ながらいない。


「それはすごいね。サボってる、……僕とは大違いだ。乗馬は訓練からサボるために上手になったんだよ」


 そう言って苦笑いをしているが、アレンの目はごまかされない。


「ご謙遜を。私は兄と師の鍛錬を見ていましたから分かりますけど、ライアン様の筋肉の付き方や手の皮は、長年剣術をされた方のものですわ」


 彼はしっかりと上着を着ているので、直接筋肉を見たわけではないが、この前の胸筋の付き具合や手を見ればだいたいの体格が想像できる。悔しいの一言だった。そう負けを認めた気分になりながら、自分の見立てを述べれば目を丸くされた。


「分かるミア嬢の方がすごいよ。でも、最近サボっているのは本当。これ以上筋肉をつけたくなくてね。控えているんだ」


(ん? 喧嘩売ってんのか? 高値で買うけど!?)


 笑顔が引きつりそうになった。慌ててケーキを口に入れて、ごまかす。コーヒークリームの苦みが強かった。


(筋肉を付けたくないって何? 嫌味? 毎日細い腕とうっすい胸板を見て悩んでいる俺への当てつけか! こいつは顔だけじゃなく、筋肉も持ってんのか!)


 今、男の姿だったら確実に手が出ていた。相手がフレッドだったら、足も出ていた。


「そ、そうなんですね。兄が聞いたら、羨ましがりそうです」


 羨ましいどころか、血の涙を流している。今日は帰ったら、この怒りを燃料に筋肉強化に励むと決めた。


「たしかに、ブルーム伯爵夫妻もミア嬢も線が細いからね。鍛えるのは大変そうだ」


 妬みの炎に油が注がれた。


(それは、俺の努力が無駄だって言いたいのか? 許さん!)


 笑顔を維持しているが、握るフォークに力が入った。アレンの怒りが溢れそうなことなどつゆ知らず、小休止に紅茶をすすった美と筋肉を持つ男は、青い目を細める。


「それにしても、ミア嬢はお兄さんのことが好きなんだね。ミア嬢のような心優しい妹がいるお兄さんが羨ましいよ」


「……え?」


 腸が煮えくり返っていても、天使のミアを褒められれば一気に鎮火する。そうだろ! と語りだしたくなるのを抑え、照れたように微笑んだ。


(ミアの好感度が上がってる。思惑通りだ)


 にやりとした笑顔にならないよう、表情筋に力を入れた。


「ライアン様のところは、仲がよろしくないのですか?」


 双子の妹がいることは知っているが、社交界で会ったことはなかった。双子なのだから、ライアンを女性にした美しい人なんだろう。面食いとしては会ってみたいものだ。


「そうだねぇ」


 ぽつりと零すように、彼は苦しそうな困ったような表情で続きを口にした。


「仲がいいとは言えないかな」


(そりゃ、こんな女たらしが兄じゃ、妹は苦労するわな)


 そして、話は趣味や本、観劇へと広がり、最後にやってきたパティシエに味の感想を伝え、各々家路につくことになった。馬車に揺られるアレンの膝には花束と茶葉が入ったおしゃれな缶。帰り際に今日のお礼だと贈られたものだ。さりげないプレゼントに、これが女性の気を引くコツかと、憎さと感心が混ざりあった。


(けど、今日の目標は達成かな~。ケーキはおいしかったし、俺の男らしさも伝えられたし)


 これで、社交界で会っても強気でいられると満足げなアレンに、どこからどう見ても微笑ましいデートだったと現実を突きつける人はいなかった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] >たぶん我慢できなくて全部食べてしまう! アレン君……(生温かい目) 自分で「男らしくて、素敵」とか言っちゃうんだw 細い腕とうっすい胸板にコンプレックスを持ってるの、かわいすぎる。 どう…
[一言] うん。男らしさをアピールしてどうする
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