1.男装したら/女装したら、婚約してしまいました
「貴女を一生かけて守りたい。僕の手を取ってくれませんか」
遠くから漏れ聞こえる夜会の弦楽器よりも、艶やかな少し高い声が甘い響きを奏でる。美の女神が恥じらうほどの美貌と謳われる銀髪の青年が、片膝をついて目の前のベンチに座る少女に愛を告げていた。庭園を彩るバラも、月明りも、管弦楽団の音色も、全て彼を引き立てているようだ。
「はい」
目に涙を浮かべる亜麻色の髪の少女は、青年の優しい微笑に魅入られ、夢見心地でコクリと頷く。小動物のような守りたい可愛さがある少女は、夜会では珍しい首まで隠れたドレスを着ていた。少し震えた、小鳥が囀るような可憐な声。遅れて、伸ばされていた青年の掌に手袋を嵌めた手を重ねる。
「本当!? 嬉しい!」
その返事を聞いた青年は目が眩むような満面の笑みを見せ、衝動的に少女の手を引き立ち上がった。急に立ち上がらされ、よろめいた彼女を腕に抱き留め力強く抱擁する。バラの香りに、香水の香りが混じる。
「ひゃあ!」
恋愛劇のフィナーレ。まさにここから新しい人生が始まる。その瞬間に、二人は我に返った。一生、側にいることの誓い。それすなわち、婚約である。
(しまった! 私、本当は女なのにこの子が可愛すぎて婚約を申し込んじゃった!)
背が高い青年に見えるのは、ルーチェ・オルコット。双子の兄の代わりに男装をしていた伯爵令嬢であった。
(やばい! 俺、本当は男なのにこいつの顔が好みすぎて、婚約に頷いてしまった!)
そして小柄な少女に見えるのは、アレン・ブルーム。妹の代わりに女装をしていた伯爵令息であった。
二人は、心の内で叫ぶと同時に、互いに見えない顔を引きつらせたのだった。
久しぶりの連載スタートです(/・ω・)/