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第98話 掠める者ども

「お前がついていて、これはどういうことッ!? 答えなさいッ――フレデリク・プランケット!」


 グウェナエル領、プランケット本邸。


 国境伯夫人エミリエンヌは、かつてなく激昂していた。


 普段から厳しい奥方の激怒する姿に、年若いハウスメイドは涙目になるほどであった。


「いや~、ぼくも寝耳に水なんだよ。だってあれほど皇宮に出入りして、陛下にも何度もお会いしていたというのに、何一つとして先に話を通してくれてなかったんだからね」


 対するフレデリクは、いつものように飄々とした笑みを浮かべているが、その氷色の目はどこか遠くにあり、諦めの境地に達していた。


「まさか……皇太子の婚約者候補として、セレスが中央に連れて行かれるとは。それも両親がいないうちに、事後報告で」


 ――アリア捜索のため、本邸の主たちが館を留守にしていた七日間。


 転移魔術式から現れた皇宮魔術師の一団がプランケットの門を叩いたのは、まさに青天の霹靂であった。


『ご息女は、皇太子テセウスさまのご婚約者候補として推挙されました』


『お慶び申し上げます』


『お慶び申し上げます』


 煌びやかな灰銀のローブを纏った、貼り付けたような笑みの男たち。


 筋の見えない話に家令のモーリスは、皇室所属の紋章やバッジを確認できなければ新手の詐欺と断じて追い返すところであった。


『はあ……恐れ入ります。ですが、旦那さまは多忙のためご不在でして、ここはいったんお引き取りいただき、また後日』


『つきましては本日よりセレスティーネさまを皇都サリニャック邸にてお預かりし、皇宮にて皇太子妃教育を施すご予定となっております』


『……は?』


(本日? 今、本日よりと、そう言ったか?)


『い、いえいえいえ! ……こちらは何も聞いておりません。日取りか家門をお間違えでは?』


 家庭内のことはまるでポンコツなフレデリクといえど、かような重大事項であれば、いくらなんでも自分に共有しているはずである。


 モーリスの問いを受けても、魔術師たちは『情報の行き違いがあったのでしょう』と貼り付けた笑みのまま、形だけ気の毒そうに眉を下げた。


 それを見て、モーリスは悟った。


 こいつら、無理とわかって押し通しに来たのだということを。


『勅命でございます』


『皇帝陛下の御心でございます』


 そう恭しく差し出された書状は、銀の透かし刷りで聖句が刻まれていた。


 百合の紋章。

 Rの最後を跳ね上げる、特徴的な銀のサイン。


 先代から執務を補佐していたモーリスには、確かに見覚えがあった。


(……! ちょ、勅書……!)


 偽造すなわち、極刑。


 この国に生きる何人たりとも逆らうことのできぬ声。


 だからこそ、脳裏で警句が発される。


(単なる婚約者候補の一令嬢を皇宮に召集するのに、勅書だと!? おかしい……! 絶対におかしい! 裏に何かあるに違いない。プランケットを貶めようとする何か、……もしくは、もっと恐ろしいものが。旦那さまが留守の今、邸を守るのはわたしの務め! ――決してセレスティーネさまを、行かせてはならない!)


『……お待ちください。いくら陛下のご命令といえど、旦那さまも奥さまも不在の状況でお嬢さまを勝手に連れ出すなど、横暴もいいところです。何ですかサリニャックって。うちとは縁もゆかりもない家名です。どこの馬の骨ともわからぬ輩にお嬢さまをお預けして、何をするかといえば、まだ候補段階の妃教育ですって? そんなふざけた話は聞いたことがありません! どうかお引き取りください!』


『まあ! 妃教育? わたくし、皇太子妃になるの?』


『!』


 気が付けば、セレスティーネがいつの間にか応接間の扉を開けて顔を出していた。


 後ろにはいつもの男の侍従を連れている。


(間が悪いところに……! さては、リクハルトが勘づいてお呼びしたな……!)


 モーリスは『セレスティーネお嬢さま』と厳しい声を出した。


『プランケットのご令嬢が盗み聞きとは、我が目を疑わざるを得ません。それも客人が来ている応接間にノックもなしで入られるとは。初等マナーはどうされたのですか? 貴婦人の鑑である奥さまを見習ってください』


『わたくし、テセウスさまの婚約者になったの?』


 苦言が気に障ったのか、セレスティーネはモーリスを無視して皇宮の使者に直接話しかけた。


『その通りでございます! 栄えある候補者のお一人として、お傍元へお越しになるようにとの陛下の思し召しです』


『花のように可憐なご令嬢たちと友誼を交わし、麗しい殿下を囲みながら、花嫁修業の究極たるお妃教育を受けられるのです』


『まあ……素敵! かしこまりました。すぐにはせ参じますわ』


 軽々と頷いたセレスティーネに、モーリスは慄然とした。


『お嬢さま……! お立場をよくお考えください! 旦那さまも奥さまもいらっしゃらないのですよ!?』


『それが何?』


『……! おわかりになりませんか? アリアお嬢さまなら、こんなお小言を申し上げる必要もなくご理解いただけるのですが』


 あえてそう付け加えてみると、――氷色の瞳はやっと、モーリスを射抜くような憎しみを込めて貫いた。


 皇宮からの使者も、アリアの名を聞いて探るような視線をこちらに向ける。


(……危うい)


 もともと、いびつな夫婦のもとに生まれた少女である。


 癇癪の強さやわがままは幼少期からあったが、事故に遭って以来それらはなりを潜め、かわりに、これと決めたものへの執着や思い込みの強さが表に出るようになった。


 それ以外への関心の薄さも顕著で、親密だった母娘仲もずいぶん淡泊なものになってしまった。


 彼女が執着を見せるのはいつもそばに置いている侍従、それから養子となって引き取られてきた義理の妹だけ。


『家令殿。セレスティーネ令嬢はプランケットの正当なる姫君。そのご本人がこう仰っているのに、あなたがお止めする権利はありますか?』


『ッ……専横です……! 親のいぬ間に年端も行かぬ嫁入り前の娘を丸め込んで連れ去るなど、君主のすることじゃない……!』


『それはプランケットとしての見解ですか?』


『……!』


『不敬な』


『不敬な』


 家門を人質に取られて黙り込んだモーリスをよしとして、皇宮魔術師たちはセレスティーネの手を取った。


『ドレスもジュエリーもご用意しております。その他、ご入用のものがあれば何なりとお申し付けください』


『あっ……わたくしの侍従を連れて行ってもいいかしら?』


『どうぞどうぞ』


 魔術師が術符を取り出して千切る。


 応接間の床に浮き出たのは、銀色にゆらめく転移魔法術式。


『おっ、お嬢さま……ッ!』


 生ぬるい風にあおられて叫んだ家令を一瞥もせず、セレスティーネはリクハルトの手を取って、得体の知れぬ魔術師たちとともに亜空間へ消えた。


 あとに残されたのは、あまりの暴挙に表情を失った家令ただ一人だけ。


 ――エミリエンヌのこぶしが執務室の机をダン! と叩き、インク壺が跳ねた。


「鳩が豆鉄砲喰らったような顔してるんじゃなくてよ! フレデリク・プランケット! 何のための日和見主義だというの!? 肝心な時に孤立無援で役に立たないとは、ただ誇りを捨てただけじゃないの!」


「まあまあ。返してもらえないか交渉はしてみるからさ」


「明らかに無理そうな顔してよく言えたわね!? あの悪辣な皇帝のこと、どうせ脅すか(すか)すかして、他家の口裏を合わせてくるわよ。事前に説明があって喜んで差し出したってことでね。そのための婚約()()()――そのために、よその家を巻き込んだに違いないわ」


「……そ~~なんだよねえ~~」


「腑抜けた返事はおやめ! いいからさっさと、中央からセレスの身柄を引き上げる算段を組み立てなさい! いいこと? これはお前が軽視している家庭内のいざこざじゃなく、皇帝との権力闘争よ! 権謀術数は得意でしょう! ――でないと……」


 怒鳴り声が、わずかに震えた。

 エメラルドグリーンの瞳が、自らのこぶしを見下ろして熱く潤む。


「でないと、自分の身体を殺してくれと泣いて頼んだあの子にも! 七日の間火砲を放ち続けたあの魔法使いにも! ……地獄を味わい尽くして、最期に自分の命で一矢報いようとしたあの子にもッ! ――合わせる顔が、ないじゃないの……ッ!」


「……」


 フレデリクは、妻の目を見れずに窓の外を眺めた。



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[良い点] エミリエンヌまじ親 ところでフレデリクはいつになったら使い物になるの?
2023/09/24 05:01 退会済み
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