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第87話 燼滅せよイリオン

 オルフェンの当主たちが集まるのは、議事堂の一階。


 いつも会議を行う二階ではないのは、外で不安な顔をしている市民たちに姿を見せておくためである。


 顔を突き合わせて唸る当主たちを横目に、ユスティティアはしきりに文を書いては、伝令鳥に持たせた。


 アリアドネは規則正しく乳を与えられ、外の地獄も我関せずと、心地よさそうにまどろんでいる。


 不意に、開け放された高窓から鷹が入り込み、列柱の間を滑空してきた。


「! 伝令が来ました! 朱赤(バーミリオン)の足輪……リュカイオス家のエルゴンさまからです!」


 鷹が届けた手紙を開くと、そこには荒々しい文字で『敵勢力、プロピュライアの前門を突破。空挺旅団並びに猟犬部隊、損害二千以上。火砲の攻撃甚だしく、まさに天懸地隔(てんけんちかく)のごとし』とあった。


 赤黒い沁みが、リカオンの主の太い指痕を残している。


「前門を突破……!? は、速すぎる!」


「二千人以上もの兵が冥府に落とされたのか!? あの負け知らずの、強者たちが……!」


「恐ろしいのは、魔力火砲だけじゃないよ」


 努めて押し隠していた動揺がとうとう顔に出てしまった同僚たちに、暗い眼差しをしたザヴィヤが告げた。


「空を駆ける騎兵の機動力。それから、やつらが使う起爆性の槍。冗談みたいな女神像をかたどった巨大な殺戮兵器は、広範囲に閃光爆撃を放射する。どうやら一発の装填に時間がかかるようだけどね」


「……」


 当主たちは、深刻な顔で押し黙った。


 魔法の国イリオンでは、指揮系統にも魔法が欠かせない。


 小火器も重火器もみな、エリュシオンからの権能を用いることが前提のものばかりである。


 圧縮した魔力を飛ばす火砲が、いかにたやすく人間を吹き飛ばすか。


 何もないところから突如現れる無数の軍勢が、どれほどの恐怖か。


 攻撃手段として魔法を用いてきたイリオスたちには、よくわかっていた。


 防御壁一つ張ることができない状態で、魔法使い相手に持ちこたえるなど不可能であると。


 ――夜の闇に浸っていた街に、突如、白々とした明かりが投げられた。


「うおおッ!? な、なんなのアレはああ!?」


「ヤアアッ!? なんかやたら……ギ、ギラギラしてるぞおお!」


 民の悲鳴を聞きつけたオルフェンたちが、窓から顔を出さずに外の様子をうかがうと、――白銀に輝く巨大な神像が、王都イリオリストスの上空に浮かんでいた。


「いや、ほんとになんだアレ……」


「え、ダッサくない……? ちょっとびっくりしてる」


「ユスティフは金をドブに捨てるのが趣味なのか?」


 イリオス好みと真っ向から対立するセンスの石像を目の当たりにし、ドン引きした当主たちの口から次々と激辛評価が飛び出した。


「あ~アレだよアレ。あの女神像が口から閃光を放って大地を焼くんだよ」


「うっそだろオイ」


「口からビームって、アカデメイア一年生のアイデアか」


「待って。じゃあ左手は何のために上げてるわけ? かっこいいだけの無駄なポーズ?」


「そんな……とんだ、ピエロではないか……っ! 手くらい下げさせてやればよいのに」


 ――ダカッダカッダカッ!


 見えない石畳を軽快に鳴らし、神像のわきから空を駆ける白馬が躍り出た。


「ハァッ!」


 またがるのは、純白と銀の軍服を纏った、若く美しい男。


 潮を含んだ夜風にあおられた銀髪はサラサラとなびき、淡い虹色の瞳は夜景を反射して煌めいた。


「あ、の、男……!」


 ニュクスの目が、激怒の金に染まった。


「よくも……! よくも兄上を後ろから刺したな! 恥知らずの、怯懦(きょうだ)な卑怯者! 兄上はお前を友だと信じていた! それをッお前は、お前はぁぁ……! 絶対に、殺してやる! たとえこの身が奈落の底に落ちようとも、ピュティアの炎は必ず、お前を骨まで灰にする!!」


 はるか上空の仇には届かない、血の滲む怨嗟。


 クスシヘビの年若い青年の死を知ったオルフェンたちは、瞳を陰らせた。


 ――いくつも同じ絶望が起きるだろう、きっと自分にも起こるだろうと、声なき予言を耳にして。


「クロリスが……裏切りに?」


 金の羊を祖とするデラス家当主シェラタンが、少年の震える肩にそっと手を置きながら、ユスティティアに問いかけた。


 ふわふわのハニーブロンドを持つ彼女は、当主たちの中では比較的若年であり、いささか血の気が多すぎるイリオン人の中では珍しく、温和な人柄を特徴としたクリオス島の主である。


 だが、手練手管に長けた切れ者の大商人でもあるので、このほんわかとした人当たりに騙されてはならない。


 そして温厚といっても、あくまで『当社比』である。


「でもあの子、真実を見抜く目の祝福だよね? どうして……そんなことに?」


 朝焼け色の瞳は、上空を見据えたまま答えた。


「祝福は万能じゃない。魔法が万能でなかったのと同じように。――あの男は、ユスティフは、ずっとずっと遠い昔から、用意周到に準備をしてきたんだ。今日この日、我々を嵌めるために」


 古の精霊のように美しい顔をした男――王太子レクス・ユスティフ・マグヌス・アンブローズは、右手を上げた。


 深い闇の中にあって、白と銀で構成されたその姿は発光しているように眩しかった。


「イリオンの民よ! 今宵流れる血の全ては、悪逆非道なそなたらの王の(とが)である!」


 清澄にして光輝。


 どこか甘い響きのある声が、高らかに静寂を揺らす。


「イリオン国第33代国王テミス二世は、人類が滅びかねない危険な古代兵器を復活させんとした! これは覆しようのない、明白な事実である! わたしとて、友であるイリオンに刃を向けるのは心苦しい……! だが愛するユスティフを、守らなくてはならない! ゆえに、わたしたち神聖騎士団は立ち上がった! 全てはこの世界、そして両国の恒久平和を、守り抜くため……! ――道を開けよ! われらは()()()の首のみが目的! 民に無体はせぬ!」


 ニュクスの横で演説を聞いていたアルファルドは、「……は?」とまばたきをした。


「何を……言っているんだ? あいつ……」


 立ち尽くしたままの民も同様に、ただぽかんと口を開けた。


 仰々しく飾られた欺瞞尽くしの言葉を信じる者は、一人としていなかった。


 夕飯を食べたことを忘れ、二度目三度目を食べようとしてしまう老人から、まだアカデメイアに上がる前の小さな子どもに至るまで。


「我らが王が、……大逆者、だって……?」


「民に無体はせぬって……。じゃあスピカでお前らがしてきたことは……なんだというの……?」


 大通りは一瞬、水を打ったように静まり返り、――爆発する激怒が、大気を揺さぶった。


「出ていけ!!」


 誰かが石を投げると、後から無数の腕がそれに続いた。


「大嘘吐きの、殺戮者ども!」


「宣戦布告もなしに丸腰のやつらを皆殺しにしておいて、よくも綺麗事を!」


「あたしたちの王の上にあっていいものは! この世の外から見守る神々だけだ!」


「貴様ら一人残らず、奈落の底で八つ裂きにしてくれる!」


 投石は、上空に浮かぶ騎兵の足元にも届かなかった。


 燃え盛る怒りを受けて、レクスは、しごく楽しげに口元をゆがめた。


「よかろう。それがそなたらの選択。……そしてこれは、我が愛の鉄槌」


 挙げたままの右腕を垂直に下すと、女神の口がカパリと開く。


燼滅(じんめつ)せよ! イリオン!」


 灼熱の閃光が、王都に放たれた。



お読みいただきありがとうございます!


あまりに読みづらかったので全面改稿しました。(2023/1/22)

結果、文字数が1万6千字を超えてしまったので、大変申し訳無いのですが、1話増やして分割させて頂きます…!


もしお好みに合いましたら、下部の★5やブックマークを頂けますと、作者の励みになり更新頻度が上がります! よろしくお願いします!

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