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旋律のアリアドネ-底辺ヒロインは王冠に手を伸ばす-  作者: 長谷川愛実(杉山めぐみ)
― 2章 8000回目の朝に目覚めよ ―
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第185話 偉大なる傲慢

『う~ん、これ繋がるかしら~?』


「!」


 ニュクスは反射的速度で、受信機を拡声(スピーカー)モードへと切り替える。


『もっしもーし!』


 不意に夜闇を揺らした声に、誰もが息を飲んで飛びついた。


「アリア! アリア! 無事ですか!?」


『わっ繋がった! しかも先輩が……喋ってる! やっっったああ! 今日はいい日だわ~!』


 ピアスの向こうの相手はこちらのどうしようもない空気など知りもせず、嬉しそうにジャンプしてした。


 能天気としか言いようがない着信は、聞きたくて仕方がなかったもの。


『先輩、具合はどうですか!? すっごい大怪我してたけど、ちゃんと治りますよね!?』


「ぼくのことはどうだっていい! きみの状況は!?」


『何とか無事です!』


「なっ何とかで済まそうとするんじゃありません! 今、どんなところにいるんですか!? 一から百まで(つまび)らかに報告しなさい!」


 首のチョーカーを引き上げて詰問する少年は、民に見せていた笑みを一瞬にして彼方に放り投げた。

 

 通信機越しに異常が察知できないかと、凶悪な形相で全神経を聴覚に集中させる。


(足を捻ったり、こけて膝を擦りむいたりしてないだろうか……!?)


 瀕死の重傷を負った自分のことなど、秒で忘却済みである。


 何せ、いつもなら思う存分覗き見(ストーカー)している大事な女の子は、今や髪の毛一本すら見ることが叶わないのだ。


 その上迷宮とは灼熱の砂漠だとか猛獣だらけの密林だとか、とにかく何が出てくるのか未知数の不可思議な世界である。


 第一階層から早々、火炎噴き上げる溶岩地獄という不幸なパターンもありえないことではない。


 心配で心配で居ても立っても居られないニュクスに対し、アリアは『どんなところ? んん~』とマイペースに唸った。


『冬の……北方山脈に近いかしら?』


「北方山脈?」


『雪が積もっててシュッとした感じの木がひたすら茂ってて……外観は大きなお家くらいだったけど、中はとっても広いの。気温は零度近く。最初は400ヤルク上から落とされて死ぬかと思ったけど、上空から見渡す限り地平線まで森と山が広がってました。どこまで行っても続いてそうで、まるで本物みたい。でも……太陽が北と南にふたつと、昼間の月が東と西にふたつ、昇っています』


 キイン……と魔法式ソリが稼働する音がかすかに聞こえる。


 どうやらニュクスの小さな姫は、とんでもない位置に放り出されてもソリを操って首尾よく窮地を脱したらしい。


(飛行魔法を授けておいてよかった。さすがぼくのアリア……)と、半年前翼竜相手にスパルタ指導した思い出を想起して、少年は多少顔色をよくした。


『先輩、ここって現実ですか? それとも幻?』


「そうですねえ……」


 元気そうな声を耳にして落ち着きを取り戻したニュクスは、第五元素界の倉庫から取り出したいくつかの薬を無造作に口に放り込んだ。


 飴か何かのようにバリバリ噛んで飲み込みながら、「どちらでもないというのが正しいでしょう」と答える。


「迷宮とはオルフェンの身体。その中に広がる世界は、オルフェンの悪夢だと言われています。磔刑のネーヴェの主人、キリアコウ・テイレシアスは、最北の島ラピスの出身。あの地はたしかに、冬になれば雪が降る。天体がふたつあるというのも、やつの心象風景なんでしょうね」


『へえ~、これが悪夢。それじゃあ、キリアコウさんってどんな人ですか?』


「……」


 何気ない質問だったが、ニュクスの顔はみるみるうちに不機嫌極まりないものとなった。


「……イリオン1、性格が悪い男です」


 害虫の群れでも目撃したような形相で告げたのは、自身も善良とは言い難い性格をした少年。


『せ、性格が悪い?』


「ええ。とにかくあいつは終わってます。狡猾で腹黒で根性が悪くて、どうしようもないろくでなし。人間の風上にも置けないクズ。人を人とも思ってません。あんなやつの体内にきみが囚われただなんてもう、腹立たしくて腹立たしくて、今すぐこの気色悪い筐体(きょうたい)ごと消し炭に変えてやりたいくらいです」


『き、嫌い方が尋常じゃないわ……』


 キリアコウという名前を聞いたのは初めてなので、ふたりの間になにがあったのかは不明である。


「だが閣下。キリアコウさまといえば、ザヴィヤさまのご子息じゃあ?」


 二十年前には砦として、夜の帷(オルフェン)たちの間近に仕えていたインゴルフが首を傾げた。


「ほらあの、歩く聖人君子と名高い最高判事の。ザヴィヤさまの息子さんなら、お父上譲りの優しい性根のお方じゃねえでしょうか」


「ぼくの父だって、物腰柔らかくいつも笑顔を絶やさず、町を歩けば領民からも魔法医からも引っ張りだこの人格者でしたが?」


「……」


「しょせん遺伝などその程度です」


 残念な説得力のある反証に、正直者の(フルリオ)は口をつぐんだ。


「落とされたのは400ヤルク上空と言いましたね。まだその近辺に口がある可能性が高い。そちら側から攻撃を当てれば、再び入り口は開きます。魔力に余裕はありますね? ただちにソリを浮上させて、上空の口を探しなさい」


『口を探すっていうのは、たしかにやらなきゃいけない仕事なんだけど……』


 居丈高な指令を気にもせず、通信機越しの王は答えた。


『クリスたちを見つけてからにします』


「アリア!」


 ニュクスはカッと怒鳴りつけた。


「またきみは立場を忘れて……! ここにいる皆がどんな思いでいるのか、わからないんですか!? 時間を置けば置くほど、入り口は場所を移動します。第一階層は迷宮の中で、最も広大な空間……! 砂漠に落ちた真珠を探すような無謀な真似、看過できません! ぼくだって、子どもたちを見捨てるつもりなど端からない。どうにか捜索するから、今はさっさと口を探しに行けと言ってるんです!!」


『わたし、フランの泣き声で誘い込まれたんです。怖いよ、帰りたいよって、辛そうに泣いてた』


 いつになく苛烈な怒りを受けても、アリアは微動だにしなかった。


 息子の名前を耳にして、リスナール夫妻は弾かれたように顔を上げた。


『いくら迷宮が賢くても、聞いていない声なんて真似できないわ。つまりあの子は、わたしと同じように捕まってここのどこかにいるの。きっとクリスとオーギュストさまも一緒。友達を泣かせたまま自分だけ帰るなんてそんなの、わたしのやり方じゃない』


「いい加減にしなさい!」


「ニュクスさま、無駄だよ」


 魔法使いの肩に手をおいたのはニコスである。


「お坊ちゃまたちを見つけるまで、アリアがあそこから出てくることないって」


「ああ。だってあいつ、伯爵の館ですらおれらを置いてけないからって術符(スクロール)を使わなかったもんな」


「ひとりでならいつでも脱出できたって知った時には、頭クレイジーすぎてドン引き不可避だったよ」


『ニコったら照れるわ~』


「ほら見てよこのイカれぽんち。説得しようなんて時間の無駄」


 死んだ魚のような目でピアスを指差す友人に、ニュクスの顔にも諦めの色が浮かぶ。


『とにかく絶対大丈夫! 三人ともチャチャッと見つけて入り口にもスパンと弾撃って、あの気持ち悪い穴からドゥルンと戻ってくるから!』


 どうあがいても粉砕不可能な難題に巻き込まれたというのに、通信機から響く声は相変わらず自信満々で、怖いものなど何もないと雄弁に語っている。


「この、バカ娘……!」


 憤懣やるかたないという様子で俯いたニュクスは、かたく瞼を閉じた。


 びくともしない声音を聞いて、泣きそうな顔をしていた人々の目に光が指す。


 自分には決して真似できない、黄金の獅子の偉大なる傲慢。


『帰ってきたら、あとは楽しい白夜祭(ノッテビアンカ)! みんなで歌って踊り明かす最高の夜が待ってるわ! だからわたしがいない間も、キッチリ準備を進めておいてね。わたしはわたしの仕事を果たしてくるから。頼りにしてるわよ~、ヤカラたち!』


 白金頭が脳天気な激励をする姿は見えない。


 だがあちら側では磨いた青空のような笑顔を浮かべ、陽気な∨サインすら掲げているであろうことを、海辺の民も辺境の民も皆悟っていた。


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