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旋律のアリアドネ-底辺ヒロインは王冠に手を伸ばす-  作者: 長谷川愛実(杉山めぐみ)
― 2章 8000回目の朝に目覚めよ ―
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第166話 夏草と稲妻

 置き上がりざま、小さな身体は大きくよろめいたが、一瞬にして接近した騎士がぬかりなく肩を抱いた。


「姫君! お身体の具合は……!」


「だ、大丈夫~」


 答えながらも、濡れた雑巾のようにべしょりと地面に崩れ落ちていく。


『……すぐに場を整えるとは言ったけど、アリアくん、明日以降で仕切りなおそう。わたしが先方と調整するよ』


「いいえ。行きます」


『休みなさい。きみには休息が必要だ』


 心配のあまりやや厳しさを滲ませた師の声に、──断固拒否! と言わんばかりに、右耳のピアスを人差し指がタタタン! と弾く。


「絶対に、行くの~~~~~……! 座標を共有して下さい、師匠!」


 ズル、ズル……と、二足歩行の誇りを完全に失った姿で這いつくばり始めた君主の姿に、誰もが残念な生き物を見る目を注いだ。


『はあ~~~。この、助言やお願いを右から左に受け流される感覚。思い出すなあ、きみのお母さんの無鉄砲っぷりを……』


 言うことを聞く気が一切ない頑固な弟子に、ピアスの向こうから長いため息が届いた。


『ニュクス。この子の魔力(キューマ)小節はどうなっている?』


「微弱な漏れがあります。膜が破けました。破綻は頸部に一か所、大腸に二か所」


『も~~! だからいつも言ってるでしょーが……! 死力なんて毎日尽くすもんじゃないって! こういうことがあるかもしれないから、ちゃんと余剰を残しておきなさいって……! 師匠の言いつけを守るの、そんなに難しいかい? アリアくん』


「常識だと思いまーす」


「言われるのがおかしいと思いまーす」


「ごめんなさーい!」


「やむを得ません、回復薬を投与しますが……アリア」


 ポケットから琥珀色の小瓶を取り出しながら、年若い魔法医は含みのある目線を落とした。


 先だって開発した魔力回復ドリンク、通称『エネP』。


 他のものと混ざらないよう、ラベルに赤字で『魂回生用(プシュキス・)エネルギー剤(エネルゲイア)』と記載していたところ、いつの間にか子どもたちからそうあだ名されるようになっていたものである。


「何度も言うようですが、この地上に存在する魔力は濃淡こそあれ一定。失われた分を取り戻すには、他人から分けてもらうか、未来の自分から奪うかの二択。この薬はあくまで、寿()()()()()()に過ぎません。一本飲むたびに、残りの生命が目減りしていると心得なさい。……減った寿命を元に戻すことは、たとえピュティアの療術でも不可能。なので約束したように、飲んでいいのは月に2回まで」


「はい……」


 深刻な顔でそう告げる主治医に、アリアは同じく神妙な顔で頷きつつも、一息にゴッ! と小瓶を飲み干して立ち上がった。


「……かあーーっ! 効くぅ〜〜〜〜〜! 寿命が伸びるわ〜」


「いや縮んでんだよ」


「ぼくをドン引きさせられるのきみくらいなんだよね、マジで」


 死んだ目で眺める少年たちの斜め後ろから、震える声が上がった。


「アリア……! ど、どこに行くんですの!?」


 友人に手を伸ばせず、代わりに胸元をぎゅっと握りしめたクリステルが立ち竦んでいた。


「あんな大怪我をした直後にまさか、まだ何かしようと……!?」


「ごめんね、クリス。場所は言えないんだけど……ずっとずっと、わたしのことを待っていた人たちに、これから会いにいってくるの」


「……!」


 自分の声は何ひとつ届かないのだと、青い目が失意に染まる。


「ぼっ! ぼくたちとの、約束は……!」


 すっかり打ちのめされつつも、それでも行かせるものかと食い下がるフランシスに、白金色の頭が「ほんっとーーーーにごめんなさい!」と深々下げられた。


「必ず埋め合わせするわ! ……どうしても、どうしても行かなくちゃいけないの」


 頭を上げた時、朝焼けの瞳はすでに左斜め上を見上げて、──大量に残して行かねばならない残件の行く宛を、割り振りはじめていた。


「……カネラ。ステージ進行の準備、どうなってるか確認してもらってもいいかしら? しっちゃかめっちゃかのままだったら、お尻ハリセンで叩いていいから。アニスは屋台の店主たちに衛生基準を通達してきてくれる? いい加減な海のヤカラたちに、骨の髄まで徹底的に仕込んでね。それから……ボアは、ダヴィドさんたちと広告の手配をして、合わせてホテルの整備をシンシアさんたちに依頼してきてほしいの。作業はゴーレムがするから、ママたちは監督者ね。ニコスは、引き続き花火開発して!」


 矢継ぎ早に仕事を頼まれた子どもたちは、「りょ」「任せて」「無理すんなよ」「よっしゃ~。腕が鳴る~」と当たり前のように頷いた。


「ティルダはインゴルフさんと支度をしててくれる? わたしは先輩と先に行っておかないといけない場所をちょっと回ってくるから。五分で戻ってくるわね」


「え? ……え!?!?」


 思いがけない仲間外れに、灰色の騎士がふらりとよろめいた。


「か、か、かしっ……かしこまり、ました……! それが我が君の、思し召しなら……っ!」


 永遠の別離を宣告されたかのように心臓を抑え、華麗な顔面からポロポロと涙を流す背後から、ぶわわっと薔薇の花が散る。


「ですが、あなたさまはいったい、どこへ行こうと言うのです……!? このわたしを、置いて……っ」


「ウッ眩し! いや五分、五分だから……! だから泣き止んで、ね!?」


 足元に、再び紫色の魔法陣が光る。


 先刻の黄金時計とは異なる、羅針盤を模したような陣から吹き上がる風に髪を揺らしながら、ニュクスが小さな手を取った。


「アリア。それで、行き先は?」


「お母さまのところへ!」


「承知」


 少年が左手の指先で何かを弾いた瞬間に、羅針盤の中央に謎めいた記号が記され、──一陣の風とともに、二人の姿は消え失せた。


「……!」


 術符(スクロール)を必要としない、極めて高度な魔術。


(い、行っちゃった……。ぼくたちのこと、見もしないで……)


 フランシスとクリステルは友を連れ去った空間を見つめて、ただ呆然と立ち尽くした。


「……あー。ひょっとして、アリアと遊ぶ約束してたのか? 残念だったな、急用が入っちゃって」


 黒髪をこざっぱりと整えた少年が、気の毒そうに眉を下げて笑った。


「もしかしたら、今夜は戻ってこないかもしれねえ。けどさすがに朝には帰ってきてるはずだから、明日遊んでやってくれよな!」


「あの子の分の仕事、わたしたちも手伝ってあげられるし、きっと時間を作れると思うわ」


 シニヨンを紅いバレッタで留めた少女も、大人びた微笑みを浮かべた。


「なあ知ってるか? あの岬の向こうの山には迷宮(ラビュリントス)があるんだ。すっげえ強い怪物が主人で、まだ誰にも踏破されてねえんだぜ」


「すぐ近くには、百年前に廃山になった金鉱もあるのよ。どっちも中に入ることはできないけれど……アリアやわたしたちと一緒なら、近くまで行っても大丈夫よ。迷宮も『ピュレー型』だから、近寄るだけなら安全だしね。明日こっそり、行ってみない?」


 イリオン人とは大体がガサツで大雑把で、他人のことなど夕飯の献立ほどにも気にしない、傲慢な脳筋揃いである。


 そんなろくでもない国民性にあって珍しく、ボアネルジェスとアニスの二人はよく気が回るしっかり者であり、この言動もシンプルに親切心からのものであった。


 いくつもの領を超えてまで会いに行くほど大好きな友人が、自分を放ってどこかに消えてしまったら、寂しいに決まっている。


 ……だが、今のフランシスたちにとっては。


『行き先どころか、帰ってくる時間まで知ってるぞ』

『あなたたちが邪魔しかできないあの子の仕事を手伝えるのよ』

『何にも知らないだろうから、近隣地理の知識も教えてやるよ』

『ひ弱すぎて心配だから、子守についていってあげるわ』


「……」


「……」


 二人とも、普段であれば人からの気配りがそのように響くことはない素直な性質の持ち主だったが、──慣れない旅先での人見知り、お世辞にも高いとは言えないコミュニケーション能力、極め付けは自信を喪失してささくれた心にさらなるダメ押しで抉られたコンプレックスという条件が重なって、この見慣れぬ風貌の少年少女からの気配りは、少々歪んだ音階として聞こえたのだった。


「……フン! 興味ないし! なっ、馴れ馴れしく話しかけないでくれる!?」


「それくらい当然存じてますわ! 自慢げにおっしゃらないで!」


 ──しまった。


 つい口をついて出た刺々しい物言いにハッと我に返った時には、四対の赤い瞳はまじまじとこちらを凝視していた。


「……あんたたち、ほんとにアリアの友だち?」


 カネラのオレンジの目が、呆れたように据わる。


「「!」」


 いま一番言われたくない言葉に、フランシスとクリステルの顔が強張った。


「あーあ、言っちゃった! みんな黙ってたのに!」


 ケラケラと笑う金髪の少年からも追加でパンチを喰らい、さらに顔色が悪くなる。


「二人とも、そんな言い方……」


「ボアもアニスも、気を回しすぎだよ。あの子らあたしたちと仲良くする気なんてないから、迷惑なんだって。……ま、でも」


 ふわふわの二つ結びが似合う愛らしいベビーフェイスに浮かぶのは、軽蔑の色。


「肝心のアリアの足引っ張ってばっかりで、あたしからすれば、何しに来たの? って感じ」


「っ……!」


 とうとう泣きそうに顔を歪めた二人に対し、「アハハ! それな!」と容赦のない無邪気な追撃が放たれる。


 人懐こいようでいて、よく見たら冴え冴えと冷たいガーネットが、ユスティフの少年少女を映して細められた。


「とりあえず夜はアリア帰ってこないから、好きに過ごしたら? ぼくらももうきみたちには、構わないからさ!」




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