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旋律のアリアドネ-底辺ヒロインは王冠に手を伸ばす-  作者: 長谷川愛実(杉山めぐみ)
― 2章 8000回目の朝に目覚めよ ―
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第144話 もう手遅れ


 テーブルに広げた便箋にクセの強い文字を記す手を止めて、アリアは浜辺通りを見下ろした。


(いつ見ても、大惨事だわ……)


 半神(ヘーミテオス)たちの腕力と魔法の衝突により、メリディエスの浜近くには複数の大穴が空いてしまった。


 そのうちいくつかは深すぎて、地熱で温められた地下水まで湧き出している。


 そう。


 温泉が、湧いたのだ。


(……いや。そりゃあ、ラッキーだったけども!? 使い道なら、いくらでも思いつくけれども!?)


 羽ペンを握る右手に力がこもり、淀みなく継がれていく味のある文字が、わなわなと震える。


(でも! 大地を抉って温泉を掘り当てるレベルの怪獣大戦争を、じゃれ合い気分で起こされたらたまったものじゃないのよ! 二人が針金みたいに曲げてくれたあのガス灯……っ! 光源(マントル)の開発に、いったいいくらお金がかかったと思ってるの!? こんなの、まるで波打ち際に砂のお城を作って、崩れる様子を楽しむようなもの……! そんな変態の被虐趣味、これっぱかしも持ってないのよ!)


「……もう金輪際、ケンカはしないでね?」


「「……」」


 心中の憤りを努めて押し隠し、にっこりと微笑んだ王に対し、側近たちは一瞬だけ目線を交わらせた。


「「それはこいつ次第です」」


 互いを指さして異口同音にいけしゃあしゃあと答えてみせる、1ミクロンも反省の色がない二人を前に、アリアの顔に貼り付けていた笑みがごっそりと剥がれ落ちた。


「先輩」


「はい」


「次また同じことをしたら、隠し撮りしたわたしの写し絵、ぜんぶ没収しますから」


「え、……ぅえっ!?」


 一瞬にして顔面を蒼白にした魔法使いが、「そんなっ……そんな非道な!」と膝から崩れ落ちた。


「きっ、きみの結婚式で……! 世界一愛くるしい成長過程を余すことなく見せつけて! 新郎の一族郎党と参列者どもを圧倒的可愛さの前に屈服させてみせるのが、ぼくの夢だというのに……!」


「アッハハハハ! いいざまだな!」


「ティルダは部屋に隠し持ってるわたしの私物、一つ残らず燃やすからそのつもりでいてね」


「ふわっ!?」


 騎士もひっくり返った悲鳴を上げて、「なんと、無情なる裁定……!」と膝をついた。


 不整脈を起こした心臓を抑えながら、「でもこの容赦のない審判こそ、比肩なき王者たる証……クッ! さすがわたしの姫君! 王の中の王……!」と絶望と恍惚が入り混じった顔で見上げる。


「は、反省しますから、アリア、どうか……!」


「我が君……! 後生でございます……」


 ふだんは尊大極まりない目つきをうるうると潤ませて、『そんなひどいことやめて……』と秀麗な顔面でかよわく懇願する。


「……」


 ろくでもない大ゲンカを繰り広げたくせに仲良く命乞いしてくるヘビと猟犬を、主人は頬杖をついて、ビクともしない無表情で見下ろした。


「いや二人とも……えぐめのストーカーだよね? なんでピュアッピュアな顔で譲歩を引き出そうとしてんの? 面の皮に鉄板入ってる?」


「おれの常識がおかしいのか……? まずこれまで野放しにしてきたってことに、動揺を禁じえねえよ」


 通りすがりのカネラと(かんな)掛けを終えたダヴィドからは、三人まとめて珍獣を見る眼差しが注がれた。


「あっそうそうダヴィドさん。白夜祭り(ノッテビアンカ)って、日程はどのあたりなんですか?」


「夏至を挟んだ三日間っす!」


 アリアの問いに返ってくるのは、チンピラ界では最大限に礼儀正しい返答である。


「あとは秋のヨットレース、冬の半裸カーニバル、冬至の仮装大会、春のトマトぶつけ祭り、それから万愚節(エイプリルフール)が、メリディエスのでけえイベントっすね!」


「ふむふむなるほど~。ありがとう!」


 頷きながら、日傘の下の小さな手は、ピンク色のトロール柄の便せんにサラサラサラ……と何かを書きつけていく。


「あれ? それ、どこかに手紙?」


「うん! いま書き終わったところ!」


 便箋をいくつかの封筒に入れて、コウモリ便に「お願いね」と委託をし、インク壺に蓋をしたアリアは気持ちよさそうに伸びをした。


「上々、上々! これでデッドラインが決まったわ~」


「……」


 聞き捨てならない言葉。


「……デッドラインとは」


「なんの、ことでしょう?」


 不穏極まりない気配を感じ取りつつも、側近たちは平静を装って尋ねた。


「ええ。街の復興も、のんびりやらずにビシッと期限を切ったほうがいいと思って!」


 ニコッ! と小さな花のような笑顔で見上げられ、すっかり目が眩んでいる二人は思わず頬を緩める。


「それで、街を挙げて大々的にお祭りを開催するから来てねって、プランケットのお母さまやお友だちのみんなに招待状を送ったの!」


「「……は?」」


 予想だにしない剛速球を緩んだ顔面にぶち当てられ、側近たちはフラリとよろめいた。


「期限は夏至だから……つまり、あと二ヶ月! その日までにメリディエスを完ッ璧に復興して、なおかつ盛大なお祭りの準備をしなくっちゃ!」


「ふふっ、忙しくなりそう~」とニコニコ笑う主君に、「……お、お待ちください」と震え声でティルダが片手を上げた。


「我が太陽にして月、全ての生命の源にして主、愛くるしさのあまり天と地が分たれた至上の存在、マイスイート大銀河団、アルティメットエターナルエンジェルであるところの我が君。……恐れながら、ちょっと、お尋ねしたいのですが」


 主への称賛を無意味に口に出しながら――動揺を落ち着けるためである――、騎士のこめかみから、汗が滴った。


「わたしの聞き間違いかと思うのですが……あと二ヶ月で、このクソうらびれたゴーストタウンを建て直すとか、そんな声が天から降ってきたのです。あまつさえなにか……盛大な祭りを、開催するとか。アッハハ! そんなバカな! 幻聴に決まってますよね! 筋トレが足りないに違いない!」


「まさかとは思いますが……まさかそんなことはないと信じていますが……この場所を他人に、教えたのですか? ユスティフの、貴族どもに? ……はは。ぼくの小さな姫は冗談も上手ですね。さすがアリア、心臓が止まるところでした。でも少し控えめにして頂けるとありがたい」


 全力で『嘘だよな?』と確認しているというのに、楽しげにキラキラしたままの朝焼けの瞳を目にし、それぞれの顔から血の気が引いていく。


 この感覚には、覚えがあった。


 一年半前、デザートを食べている間に打ち立てられてしまった、『イリオン完全復活マニフェスト』。


 目を白黒させているうちに、聞いていた全員が実行者として頭数に組み込まれ、滞りなく計画を遂行するため、ド素人の四人の子どもたちも含めて、何度も死線をくぐらされることとなった。


 計画は予定通り(オンスケジュール)で進んでいるが、それは全て、血反吐を吐くような苦労の結果である。


 冬の終わりには、『ボコ金☆フロンティア計画』なる移住計画をぶち上げたかと思えば、購入申請書をもらってくるはずのタイミングで即決し、広大な土地を購入。


 翌日には、地の露(ティルマティム)から動けないネメシスを残した全員が、海辺の街に移住することとなった。


 思えばいつだって、そうであった。


 計画を知った時には、もう手遅れなのだ。


「そんな顔しなくっても大丈夫!」


 臣下たちの絶望顔は塵ほども気にせずに、王は太陽のような笑みを浮かべた。


「なっなっなっ、なにを根拠に……!? アリア、ことの重大さを理解しているんですか!? あちらが血眼できみを探しているということは、再三言ってきたでしょう! だからプランケット夫妻にさえ、この場所を教えていないというのに……!」


「たしかに、いま皇帝から軍を差し向けられたら勝てません。でも、お父さまたちやわたしの文通友だち(メル友)から教えてもらうつもりなら、もっとずっと前にやっていたはず。あんなに残酷で、手段を選ばない人間なんだもの」


 凶悪な紅紫(マゼンタ)に詰め寄られても、何の動揺もない。


 朝焼け色の瞳が、挑戦的な光を滲ませてニュクスを見つめ返した。


「きっと皇帝には、その手を使えない理由があるんです。……それがなんでなのか、わかる気がする」


「り、理由……?」


「あのナルシストとの戦いのデッドラインは、次の万愚節エイプリルフールくらいがちょうどいいわ」


 アリアは羊皮紙にいくつかの日付を書き込み、力強く丸で囲んだ。


 口元には、揺らぐことのない不敵な笑み。


「大丈夫。必ず、蹴散らせる。そのためにここまで来て、これからも積み上げていくんだもの」


 ――いったいこの白金の小さな頭には、何が詰まっているというのか。


 途方に暮れたような顔をした近侍たちに、羊皮紙から顔を上げた君主はニッコリ笑った。


「もちろん、全部話すわ! ……だから何があっても、わたしについてきてね」





 +++++++++++





 庭園に春の花が咲き乱れる、蔦の絡まった瀟洒な城の日暮れ時。


 ヘリオトロープのつぼみが膨らみ始めた窓用花飾台に、一羽のふわふわとしたコウモリが降り立ち、頭を軽くぶつけてコンコンと窓を叩いた。


 まもなくして、白く華奢な腕が両開きの窓を開け、コウモリを招き入れた。


「あら……。まだ返事を返していないのに、次をよこすなんて珍しいわね」


 興味のなさそうな響きでつぶやきながらも、アメジスト色をしたシルクタフタのドレスを纏った胸の底には、何かよからぬことでも起きたのではないかという不安が沸き立っている。


 エメラルドを瞳に嵌めた黄金のヘビのペーパーナイフで封筒を切ると、どこか落ち着かぬ手つきで、一枚の便箋を取り出した。


「……ふふ」


 一瞬で読み終えた花のかんばせには笑みが上ったが、――宝石のようなその切れ長の瞳には、なぶるような炎が揺らめく。


「お祭りですって? ……そんな楽しそうなことを、わたくし抜きで、進めようとしているのね。――よろしくてよ」


 原始的な趣きのある文字が綴られた手紙は、怒りを込めて、クシャリ! と握りしめられた。


お読みいただきありがとうございます!


平静を取り戻すため、ティルダが推しへの称賛を呪文のように繰り返すのは、プッチ神父が素数を数えるのと同じです。


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