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旋律のアリアドネ-底辺ヒロインは王冠に手を伸ばす-  作者: 長谷川愛実(杉山めぐみ)
― 2章 8000回目の朝に目覚めよ ―
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第143話 ヘビと猟犬

「ふふっ! 先輩とダヴィドさん、きっと仲良くなるってわかってました」


 ニコニコと嬉しそうに笑う少女に、魔法使いは「そんな予想をしていたのはこの地上できみだけですよ……」と答え、不満そうに眉を寄せた。


「それと、決して! 仲良くなどありませんから! あの男が犯した罪は、到底許せるものではありません。たとえ、お人好しのきみが許したとしてもです」


「ほ~~~、そうか?」


 皮肉げな嘲笑を漏らしたのは、王の隣の椅子に腰かける騎士だった。


「わたしの目には、すっかり(ほだ)されてるように見えるけどな。いや~あまりにチョロヘビすぎて、今頃あの大型のクソ犬も笑いが止まらないだろう」


「……」


 魔法使いの両眼が、威圧を込めて静かに細められていく。


「あっ……ああ~~っと! も、もうすぐお昼ごはんね! 今日はお芋とお豆のごった煮ですって! 大好物だからうれしいわ!」


 アリアは大慌てでぽにすけを二人の間に挟み込んで、二対の赤い瞳が相対することを阻止した。


 背筋には、一気に冷や汗が噴き出している。


(お願い、ティルダと先輩の食欲……! 二人の意識を逸らして! 頼むからもう、()()()()()()を起こすのはやめて!!)


 嵐の夜のあと。


 ティルダは、ニュクスに対しての敬語を取っ払うこととなった。


 これは、騎士との関係に思うところのあった魔法使いのほうが言い出したことであった。


 積み重なる人狩りの死体を()()()()した、(うら)らかな朝。


「ティルダ・ハーゼナイ。お前とぼくは、アリアの近侍(きんじ)として同じ職階にあると理解しています。ぼくに対して敬語を使う必要はありません」


「え?」


 出し抜けの提案を受けて、珍しくたじろいだガーネットが紅紫(マゼンタ)を見返した。


「……そうは言っても、そちらが使うじゃないですか」


 ハーゼナイ家は民の尊敬を集める軍人(フルリオ)階級ではあるが、貴族(オルフェン)ではない。


 序列に厳しい軍人の家系に生まれ育ち、規律正しい騎士を理想として生きてきた少女が、父が(ぬか)ずく生まれの相手に対してフランクに接するというのは、多少の無理があった。


「ああ、この口調ですか……。別に、相手によって言葉を使い分けるのが面倒だから統一しているだけで、なんの敬意もこめていません。基準はヒトかヒト以下か、ただそれだけなので。だからぼくに合わせる必要はないですよ」


(え!? ジャンル分けがヒトorヒト以下なの!? ど、どおりで……。だれに対しても態度がキングサイズなわけだわ……!)


 二人の間で動向を見守っていたアリアは、第一の臣下の大雑把すぎる他者認識に頭を抱えた。


「……」


 ティルダは口元に手を当ててしばし悩んでいたが、ややあって吹っ切れたように顔を上げた。


 クセのない灰色の髪がサラリと揺れ、柘榴色の瞳が真っ直ぐに少年を映す。


「――いたいけな少女を365日24時間窃視している、カビが生えそうに陰気なストーカーヘビ男」


「……待ちなさい。だれが、罵倒していいと言いました?」


 空気がにわかに、ピリ──と張り詰めていく。


(……!)


 のんきに頬杖をついていたアリアの顔から、血の気がひいていった。


(ま、ま、待って。そういえば……)


 王は、思い出していた。


 第二の臣下もまた、一度攻撃対象だと見なした相手に対して、何の手心もなく罵倒を繰り出す悪癖があるのだということを。


 目前で睨みあうのは、双方、コミュニケーションのクセが強すぎる側近たち。


(……まずい!)


 最悪の展開が、いつの間にか満面の笑みを浮かべてドアのすぐ前に立っている気配を、野生動物並みのアンテナがビンビンと受信していた。


「あ、あのねティルダ! もしかしたらっ、もしかしたらなんだけど、お口がちょーっと、暴れん坊かも――」


「下心なんて毛ほどもありませんという顔をしておきながら、姫君の一番近くに陣取って全力で動こうとしないクソ邪魔な障害物。言行不一致のビビリ。自己肯定感ミミズ以下。普段は死んでるくせに推しの前でだけ表情筋が蘇生する気持ち悪いゾンビ。大陸の反対側に長期出張してきてほしい。ざっと2億年ほど」


 遠慮ない悪口のラッシュが、無情にも放たれた。


「……なるほど」


 紅紫の双眸が、すっと細められる。


 ニュクスがローブの懐から取り出したのは、黒い革手袋。


「……!」


 潔癖の傾向のある魔法使いが、手が汚れそうな時に身につけるこの革グローブは、実際のところ、拷問、制裁、処刑――そういった血で血を洗う場面でしか、使われることはない。


「ああああのっ、先輩! たぶんティルダのお口にはいま、悪霊が取り付いているんです! いやまあ、ずっと前からではあるんだけど……! だからそれ、いったんしまってもらって――」


「アリア。きみは部屋に戻りなさい。ちょうどいいので、おやつを食べてお昼寝もしておくこと。……いい子だから、大人しく待てますね?」


 こちらを見下ろす顔は優しく微笑んでいたが、虹彩に黄金の火が走るのを、確かに目撃した。


 ドバッと冷や汗を噴き出すアリアの頭の中に、最悪の展開がいい笑顔をしてドア枠をガタガタ言わせている音が響き渡る。


「理解しました、ティルダ・ハーゼナイ。このぼくに対して、どストレートにケンカを売っているんですね」


 ニュクス・ピュティア、医神の使い(クスシヘビ)の末裔。


 並ぶ者のいない医師にして、千年王国でも指折りの天才魔法使い。


 得意技は、無数に生成した火砲による高高度絨毯爆撃。


「ああ、伝わってよかったよ。貴様の乏しいコミュニケーション能力に合わせて、優しい表現をしてやったからな」


 ティルダ・ハーゼナイ、猟犬(ハウンド)の血脈に連なる少女。


 豪傑たる父譲りの身体能力、執念とも言える鍛錬の積み重ねにより、人間はおろか並み大抵のイリオスも歯が立たない凶悪な騎士。


「それはそれは。ご厚意、痛み入る」


「礼などいいさ」


 ――バン!


 けたたましい音を立てて、樫の木造りのドアが開いた。


 暖かくなった南風が潮の香りとともに吹き込み、テーブルの上の書類を吹き飛ばす。


「浜に下りろ、脳足らずの猟犬ごときが!」


 グローブを嵌めたニュクスの左手にバリバリと音を立て火焔が燃え上がり、タペストリーを少し焦がした。


「こちらが大目に見ているのをよいことに、よくも舐めた口を!」


「ああ、上等だコラ……!」


 騎士もまた腰に()いたサーベルをスラリと抜き去って、鋭い犬歯を剥き出しにした獰猛な笑みを浮かべた。


「寄られたら競り負ける魔法頼りの軟弱者が! その両腕斬り落として、無様な命乞いを拝んでやるよ!」


 ──ニュクス・ピュティアは330kg、ティルダ・ハーゼナイは1060kg。


 何の数字かというと、彼らの握力測定値である。


 半神(ヘーミテオス)の中でもさらに人外寄りの身体、そのうえ魔法と剣という獲物を備えた二人は、控えめに言っても、少年少女のナリをした爆撃機であった。


「待っ……待っ……! やめてえー!」


 アリアは、頭を抱えながら悲鳴を上げた。


「壊れちゃう……! 街が壊れちゃう! せっかく建て直しかけてきたっていうのに! あっあなたたちがケンカしたら……アルマゲドンが起きちゃうでしょうが~~~!」


 二人の忠実な側近は、この時ばかりは、主人の叫びも聞こえないフリをした。


 どちらの力が上なのかハッキリさせるタイミングを、ずっと待っていたのだから。


 結局、片方が膝をつくよりも早く、インゴルフが娘を取っ捕まえて鉄拳を落とし、ネメシスが弟のピアスに電撃魔法をかけて悶絶させ、――メリディエスの浜辺通りは、全壊した。


 無数に陥没した大地、粉々になった砕石舗装、へし折られた最新式のガス灯を前に、「ダッ……ダメって言ったのに! この火力ゴリラの、おバカさんたち……!」と、アリアは泣きべそをかいて崩れ落ちた。


 お互いそこそこに負傷した側近たちは慌てふためき、治療もせずにあの手この手で主の機嫌を直そうと手を尽くしたが、「「そいつが全部悪いんです」」という一点だけは、双方最後まで、頑として譲らなかったのだった。

お読みいただきありがとうございます!


遠慮を取り払った結果、双方の性格上、無事アルマゲドンとなりました!

お互い嫌いではないし、頼りにもしています。

(それはそれとして邪魔だな)と思いながら、だんだんと友人になっていく同担たちを、見守って頂けますと幸いです。


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