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閑話 祝福あれ聖餐日2

「ゲホッゴホッ……い、一年ぶりのリスナール邸だわ~」


 火の消えた暖炉から這いずり出たアリアは、覚えのある応接室を見渡して感慨深く呟いた。


 二人の兄弟もリスナール子爵夫人もプランケットに来訪するばかりなので、昼間にきちんとした場所からお邪魔したことは、残念ながらまだない。


「やっぱり来たな……!」


「ひょえ!」


 頭上から降ってきた声に、灰だらけの不審者は飛び上がった。


「フ、フラン……!?」


 そこには、腕を組み仁王立ちをして、怒ったようにアリアを睨みつける、大きなペリドットの瞳があった。


「あっ! ……ウォッホン! み、見つかってしまっては仕方がないのう。今は草木も眠る丑三つ時。よい子は寝ていないといけない時間のはずなんじゃが、いったいどうして、フランシスくんは起きているのかね?」


「滅多に会えない友人が、ぼくが寝てるうちに勝手にモノを置いて去っていくからです。すみませんが、その小芝居やめてもらっていいですか?」


「はて、小芝居とは……? わしは聖ヤヌアリウス。よい子の枕元に手袋を置いて回る、プレゼントばら撒きおじいさんじゃよ」


「……まさかとは思うけど、ぼくが聖ヤヌアリウスをまだ信じてると思ってたりする?」


「あ、違うの?」


「当たり前だろ!? きみと同い年なんだよぼくは!!」


 クッこんなことで無駄な時間を使ってしまった! と、フランシスは悔しそうに胡桃色の髪の毛をわしゃわしゃと掻きむしった。


「……」


 すねたように唇を尖らせた横顔を腕の間から出し、こちらに横目を向ける。


 耳まで赤く染めながらも、輝く瞳はどこか意を決したように、強くアリアを見つめた。


「……きみがいない間、ずっと、ずっと、会いたかった」


「わたしもよ!」


「くっ! ダメだ何一つ効きそうにない!」


 勇気を振り絞った口説き文句にも間髪入れずに太陽のような笑みを返されて、少年は呻き声を上げた。


「だ、騙されないからね……っ! どうせ、ぼくばっかり寂しがってたに決まってる! きみは人狩りやら翼竜やらトロールやらゴブリンやら狩ったりして、毎日大冒険してるんだ!」


「ゴブリンは狙ってないの、小さいから実入りがよくなくて」


「そうなんだ!? 知らなかったよ! 歴戦の猛者じゃんもう! ぼくのことなんて忘れちゃってるでしょ!?」


 だんだんと涙目になってきたフランシスの背後から、くつくつと笑う声が上がった。


「フラン、お前……寝ないで待ってるって言って、やることがそれか? ま、来年ずっと後悔するつもりだっていうなら、別に構わないけど」


「オーギュストさま!」


 フランシスの兄も、この火の落ちた談話室で待ち構えていたようだった。


「あっと……! ――ン゛ンッ! わしは聖ヤヌアリウス、こちらのお宅はどちらの息子さんも夜更かしをしているようじゃのう、困った困った。二人とも、よい子たちのはずなんじゃがのう~?」


「失礼、アリアさま。家宅侵入罪の後期高齢者のおとぎ話なら、四歳の時すでに大人の嘘だと察していたので、小芝居は結構ですよ」


「あ、はい。わかりました」


「それにしても……」


 モスグリーンの瞳が細められる。


 (うやうや)しいようでいて、どこかからかうように片眉を上げた笑みが、精悍さを増した少年の顔に浮かんだ。


「まだ、おれのささやかな願いを叶えてはくださらないのですね。ギュストと気さくに呼び捨てにして頂きたいと、ただそれだけのことなのに。……あなたさまは、おれの主なのだから」


 切なそうな声で訴えながら年若い騎士は手を伸ばし、宝物に触れるようにして、プラチナブランドの毛先をそっと掬い、唇を寄せた。


「うっ!」


 白いヒゲをテープでくっつけた頬を赤く染めて、アリアはたじたじと後ろに下がった。


(相変わらず、イケメン度100%のアクション……!)


 オーギュストのことを軽々しく呼び捨てにできないのは、彼が年上だからでも、敬語を使うからでもない。


 というか、忘れがちだがティルダも二歳上である。


 単純にアリアは、人生で初めて自分を照れさせた上に、会うたびにしっかりとジャブを打ってくるこの少年に、一目置いているのだった。


「なっなにその顔!? ぼくの時と全然ちがう……! ずるい!」


 自分がさせられない表情を簡単に引き出した兄に狼狽えながら、フランシスは「兄さん! そのやり取り何回やれば気が済むわけ!? いじわるして楽しんでるだろ!」と、二人の間に慌てて割り込んだ。


「いーい!? 普通は! 年上が敬語を使ってたら! 呼び捨てにしてタメ口なんて叩けないものなんだよ!」


「うぐっ」


「ハハハ! いじわるだなんて人聞きが悪いな!」


 肯定も否定もせずに笑うと、オーギュストは片膝をつき、小さな箱を恭しく差し出した。


「どうぞ、我が主。おれからの祝福です。愛と感謝を込めて」


「あ……! プレゼント!」


 自分がここに来た目的を思い出したアリアは、肩に背負ったズタ袋から赤白の包みを取り出して、オーギュストに手渡した。


「ありがとうございます、オーギュストさま! これはわたしから。オーギュストさまの新しき一年が、祝福に満たされますように」


「謹んで拝受します」


「……! ず、ず、ずるい……!」


 ショックを受けて、ペリドットがうるうると潤む。


 アリアは「もちろんフランのもあるわ!」と、間髪入れずにニッコリ差し出した。


「あなたのこと、忘れたりなんてするわけないでしょ。優しくて勇敢な、わたしの大事なお友だち! 山で変なモンスターを見かけるたびに、フランと一緒に冒険したいなって思ってるのよ!」


 いっぱいの祝福がありますように! と満面の笑みでプレゼントを渡されて、フランシスはどっと肩の力を抜いた。


「大事なお友だち、ね……まったくもう。いいよ、それで。……今のところはね」


 まだまだ可憐なその花の(かんばせ)に滲むのは、眩しいものを見る苦笑い。


「はい、アリア。ぼくからの贈り物。きみの驚くべき毎日が、いつだって祝福に溢れていますように」


「ありがとう!」


「それでこれ、中身は?」


「開けてみて!」


 兄弟が包みを破くと、――中からは、非常に味のあるトロールが描かれた便箋が現れた。


 オーギュストは群青色、フランシスはサフランイエローのインクで線を引かれた怪物は、巨大な骨つき肉を片手に、気の抜けた顔で大口を開けて笑っている。


「こ、これは……?」


「レターセット! 手作りしてみたの。わたしはたくさん手紙を出すから、二人にもこれでたくさん、返事を書いてもらいたくて!」


 トスッ

「「ウッ」」


 軽やかなものが深々と心臓に突き刺さり、リスナールの兄弟は呻き声とともに身体を折った。


 到底使えそうもない消耗品を大事にしまい込むと、フランシスは「はあ~~~。……じゃあ、もう行きなよ」と、名残惜しそうに顔を背けながら、暖炉を指し示した。


「どうせ、あちこち行かないといけないんでしょ。きみのことだもん」


「そうなの! 今夜のわたしは聖ヤヌアリウスだから、いい子の枕元を一晩で回らないといけないのよ」


「……念のため聞くけど、その腹、本物じゃないよね?」


「ええ! クッションを詰め込んだの! ……あっ、ひげもニセモノよ!」


「それが本物であってたまるかーー!!」





+++++++++





 次に訪れたのは、冬でも薔薇の香り漂うフラゴナール邸。


 ここでも、暖炉から這いずり出てきた無許可の配達人を待ち構えていた者があった。


「……こんな夜更けにごきげんよう、アリア」


「ぅえ!?」


 クリステル・フラゴナールは、ランタンの光を下から照らした迫力のある形相で侵入者を見下ろした。


「……ンウォッホン! まったく今年は、夜更かしの子どもが多すぎるのう。いやはやいったい、ユスティフのお利口さんたちはどうしたことやら……。皇帝がろくでなしだからかのう? これは代替わりを急がねば」


「うふふ、ごめんあそばせ、聖ヤヌアリウス。去年、不審者に枕元までの侵入を許したものだから、今年こそは逃がすものかと思って。それとわたくし、骨格標本になってなくて内部構造が不明確な幻想生物の存在は信じておりませんの」


「あ~、クリスはそうだと思ったわ~」


 知性派の親友らしい見解を聞き、コスプレの仮面を速攻で投げ捨てたアリアは、肩に食い込んでいるズタ袋をよいしょと下ろして腕を回した。


「はい、どうぞアリア。祝福あれ(バラッカ)。わたくしからのプレゼントよ」


「ありがとう!」


 差し出された赤い包みを両手で受け取り、アリアは満面の笑みを浮かべたが、――クリステルは、彼女には珍しく拗ねたように頬を膨らませると、つんと横顔を向けた。


「あなたはどうせ……すぐ、行ってしまうんでしょ? 忙しい夜だもの。ちょっとだけしか会えないなんて、寂しいわ。たった一晩だけでも、あなたを独占できないなんて」


「クリス……」


 ほわっ……と温かくなった胸のまま、アリアはニッコリと自分の贈り物を手渡した。


「これ、わたしからの気持ち。クリスの新しき一年にたくさんの祝福がありますように! 開けてみて」


 クリステルが小さな箱を開けると、そこに納められていたのは、淡く澄んだ色石に彩られたシンプルなバレッタ。


 自分の瞳と同じ色をした、ヘブンリーブルーの藍晶石(カイヤナイト)


「これ……」


 瞬きながら顔をあげると、アリアは赤いとんがり帽子を脱いで、くるりと後頭部を向けてみせた。


「おそろいなの!」


 編み込みのハーフアップにしたプラチナブロンドにも同じ髪留めが光る。


 振り向きざま、「わたしの後ろ頭は、クリスが独占してるわ!」と眩しい笑みを浮かべられて、クリステルの毒気はしゅわしゅわと大気に溶けていった。


「後ろ頭って……ふふっ、もう! そんな調子だから、口が回る子ってエミリエンヌさまに言われるのよ!」


「口が回るおかげで首がつながってきたわ~。貸してくれる? 髪型もおそろいにしましょ!」


「ええ!」


 火の消えた暖炉の前、朧に零れ差す月明かりだけを頼りに、癖のない栗色の髪が編み込まれていく。


「北方山脈で翼竜狩りをしてる時に、藍晶石(カイヤナイト)の鉱床を見つけてね。クリスの目の色とそっくりだったから、これで髪飾りを作ってプレゼントしようって思ったの。あはっ、ちょっと岩盤が硬かったから、爆弾けっこう使っちゃった! なんかゴブリンの巣でもあったみたいで、間違えてお肉もたくさん採れちゃったけど」


「まあ、お転婆。うふふ」


 澄んだ声で語られる冒険譚に、遠く離れた辺境でも親友は自分のことを考えていたと知り、(……アリアって、やっぱりわたくしのことが大好きなんだわ!)と、クリステルの機嫌は完全に復旧した。


「実は、ここだけの話……この髪飾り、秘密の魔法がかかってるのよ」


「あら」


 二人の他、誰もいない応接間(ドローイングルーム)だというのに、ひそひそと耳打ちされる内緒話。


 空色の瞳が興味深そうに瞬き、父譲りの知的好奇心の強さが、顔をのぞかせる。


「装着者に下心を持つ不審者が近寄ると……問答無用で顔面を強烈パンチして、半径50ヤルク先まで吹き飛ばすの!」


「やだ……素敵っ!」


 どやっ! と自信満々に告げるアリアに対し、伯爵家の一人娘は頬に手を当てて喜んだ。


「人間の悪意を感知するなんて、非常に高度な技術だわ! 吹き飛ぶ方向までは指定できないんでしょう? けどたとえば、底なし沼のほとり、燃え盛る火口の近くで作動して、見事ホールインしたら……! ふふっ! あははははは! きっと、笑いが止まらないと思うわ! あ~おっかしい! 早くこの目で見てみたいわ、ゆっくりと溶岩に呑み込まれていく不届きもの……!」


 口元を上品に押さえながらも、こらえきれない笑いをもらす親友のすみれの花のように可憐な笑顔を見つめ、アリアも頬を緩ませた。


(喜んでくれてよかったわ~。けど……どうして、わたしの周りの女の子たちって、一人残らず戦闘民族なのかしら……?)


 単純に、類が友を呼んでいるだけであることに、本人の自覚はない。





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