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第126話 リブートせよスーパースター

 身を起こすと、途端、胃の()をひっくり返されたような激しい吐き気に襲われた。


「おろろろろろろ」


「キュイーッ!?」


 嘔吐に気付いた不死鳥が、天蓋を蹴散らしてアリアの腹に飛び込んできた。


 鼓動を確かめるように、何度も頭を胸元に擦り付ける。


(き、気持ち悪う! それに、頭、(いった)ああ……! 脳みそ欠けちゃってるんじゃないこれ!?)


 あまりの激痛に左のこめかみを押さえると、手のひらにべったりと血がついた。


 なぜ自分が倒れているのか思い出せないが、頭部を撃たれたのだということを悟り、ぞっと肝が冷える。


(わたしを殺したら十億シルもおじゃんでしょうに、おバカさんね……! ま、狙撃犯はもう息していないでしょうしどうでもいっか。それにしても先輩、よく蘇生できたわね……)


 疲れて鼻血を出しただけで涙ぐむほど依存的な騎士と、ブチ切れて強制的終了させてくる過保護な魔法使いである。


 自分が即死級の一撃を喰らって昏倒した結果、どんな心理状態に陥ったのかは想像に難くない。


 薄絹の向こうに目を向ければ、戦っている家族たちが見えた。


 ――まるで縄張り争いをするサルのように取っ組み合っている。


「あれほど、市民には手を出すなと言ったのに……」


 吐き気と頭痛に(さいな)まれて、つい地を這うような低い声が出た。


 空一面に広がるのは、魔法使いの少年が見てきた二十年前の記憶。


 ニュクスの独断と偏見により、皇帝レクスの悪逆非道をより強調するよう編集された写し絵を強制的に見せつけられて、市民たちの表情は絶望的に悲壮なものとなり、一方、イリオスたちはかつて味わった痛みを生々しく思い出していた。


 敵国人を殴り続けたこぶしを一度解き、──背負った施条銃(ライフリング)に、腰に()いたサーベルに、鬼気迫る形相で手をかける。


(あれ、空にも投影できるのね。便利~。いいこと閃いたわ~)


 アリアは死んだ魚の目で、関係のないことを考えていた。


 しばしの現実逃避である。


「はあああ~~~」


 大きく息を吐きながら、不死鳥のぽかぽかと温かい小さな頭を撫でる。


「まーったく。みんな、やりたい放題なんだから。……イリオスはわたしの言うことなら何でも聞くって思ってた自分が、とっても恥ずかしいわ。ベネの言う通り、芯から納得させるのが先だった」


「キュ~」


「ぽにちゃん。わたしの家族は怒りに我を忘れて、せっかく生き返ったっていうのにだーれもこっちに来てくれないみたい。あなただけよ、迎えに来てくれたのは」


「キュイッ!」


 珍しく褒められて、不死鳥は炎の光輪がゆらめく胸を自慢げに張ってみせた。


 しょせん人間は愚か者ばかりだからね! という、人語にならぬ声が頭に流れ込んでくる。


 いつも人間の世話になってエサを貪り食っているくせに、鼻持ちならない鳥である。


「師匠が言ってたけど、あなたほんとはすっごく力持ちなんですって? わたしをみんなのところへ連れて行ってくれないかしら」


「……」


 ぽにすけは気が進まなそうに顔をそらすと、ポリポリと足を搔いた。


 仕事はしたくないなあ……という意思表示である。


「次にプランケットに帰る時には、シャトーブリアンを出してもらうようお願いしておくわ」


「!」


「そう、よく覚えてるわねー。今年の新年の宴で食べたアレよ。とろけるように柔らかくて、血が滴るくらいジューシーなお肉……。とっても貴重だから、お願いを聞いてくれるいい子にしか食べさせてあげられないの」


 金の眼がキラキラと輝いた。


 この鳥、肉の名称を覚える能力ばかりが、無駄に高い。


 いそいそとアリアの上から退くと、ちょっとだけ息を吸って丸くなり、――バチッ! と火花が飛び散った。


 獲物の動きを縫い留めるほど鋭く見据える、灼熱の瞳。


 槍の切っ先そのものの鋭い(くちばし)


 筋骨隆々とした脚が柔らかいシーツに爪を立て、深く深く沈みこむ。


 太い首を取り巻く炎の円環は夜闇に陽炎を起こし、離れているというのに鼻先にまで熱を伝えた。


 かつて、プランケットの夜の森で自分を追いかけ回した捕食者が、天蓋いっぱいにその身を広げていた。


「ありがと」


 至近距離に現れた異形の怪物を恐れることなく、アリアは悠然と微笑んだ。


「わたし一人では立ち上がれない。……けど、褒めて、叱ってあげなきゃいけないの。わたしは彼らの王だから」






 +++++






 屍体積み重なる広場。


 五人の子どもたちと、大剣を背負った大男以外、動く者はすでにいない。


 デコボコの戦士たちは息がある敵がいないか確かめながら、各々の武器でトドメを刺して回っていた。


「……?」


 ふと、黄金の花弁のような火の粉が手元に舞い降りて、アニスは柘榴石(ガーネット)の瞳を瞬かせた。


 ずしりと重い疲労を()して顔を上げれば、その光は真昼の太陽のように明るく、闇に慣れた目を容赦なく突き刺した。


 痛いほどの光に滲むのは巨大な火の鳥。


 背に跨るのは、怪鳥に比較すればひどく小柄な人影。


 白金の細い髪は灼熱の陽炎にあおられて揺らめき、逆光に浸された瞳はこんな闇の中だというのにいかなる宝石より力強く煌々と輝いて、こちらを見下ろしていた。


「え? ア……アリア……?」


「ぅえっアリア!?!? どこ!? どこ!?」


「いやどんな登場……!」


「スーパースターかお前は……!?」


 にわかに賑やかしくなった声につられ、ティルダも遅れて顔を上げた。


「……ひ、めぎみ……?」


「はーい!」


 片手を挙げた、しごく軽い返答。


 雨脚が弱まったとはいえ、水の粒が当たるたびに炎の鳥はうっとおしそうに幾度も身を震わせ、そのたび黄金の火の粉が辺りに舞い散って流星のように弾けた。


「……アリアだ……」


 意識が戻るかは五分五分だと、稀代の魔法医が告げたのはつい先刻のこと。


 もう二度と声を聞けないかもしれないと思った友人は、あろうことかとんでもなく派手な乗り物に乗って、いつもどおりピカピカの揺るぎない笑顔を浮かべていた。


 今まで乾いた表情で人を殺していた子どもたちの頬には赤みが差し、目にはみるみるうちに涙が盛り上がる。


「うっ……うわあああああ!」


 泥を蹴散らしながら、地に降り立った不死鳥へ駆け寄った。


「アリア! アリア……! ああああ、アリアが起きてるうう……!」


「おっお前~! 何うっかり頭なんか撃たれてんだよお! グズッ、このドジっ子が!」


「も、もう目が覚めないかもしれないって、ニュクスさまが言うからあ……! あたし、あたし、が、がんばったんだよっ!」


「ぼ、ぼくは絶対に、アリアが起きるって信じてたもん……ッ! ひっく……! こんなところで、きみがぼくらを置いてくはずが、ないってさ……!」


(……なっ、何だ何だ何だ!?)


 インゴルフ・ハーゼナイは、打って変わって年相応に泣きじゃくり始めた少年少女たちに、ぎょっと目を見開いた。


(さ、さっきまで首狩り族さながらに容赦なく殺戮してたよな……!? いきなりただのちいちゃな子どもになったぞ!?)


 大粒の涙をこぼす友人たちに縋るように抱きつかれ、同じように抱きしめ返したのは、彼らと同じ年頃の少女。


 日差しを映した、淡い金髪。


 晴れた東の黎明に似た、桃色の瞳。


「……!」


 見間違えるはずもない。


 千年王国に生を受けて以来、尽きることのない尊崇(そんすう)の眼差しで見上げ続け、二十年前に猛火の果てで失ってからもずっと、憧れ続けた王の色。


 インゴルフは呼吸を忘れて、ただ立ち尽くした。


改稿により文字数が増えたため分割しております。ご迷惑をおかけします!(2023/5/28)

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