表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
荒覇刃鬼  作者: n
2/3

再始動

お久しぶりです。nです。

今回は続きを投稿するとは思いませんが、ハートフルな作品を仕上げたので是非ともお願いします。

優しい魔王の付かれる日々鋭意作成中なのでしばしお待ちください!


「まだ、実感がわかないな……」

 飾り気のない無地の白いTシャツに黒いズボン、右耳に何らかの生物か、鉤爪の様なピアスを下げ、特徴のない黒髪で目を遮らない程度に下ろされた髪型をした中肉中背の青年が燦々と照り付ける太陽の下、水を汲んだ桶を墓の前に置き、柄杓で水を掬い正面の墓に向かって水を掛けていた。

 日本は今日も全国的に快晴で5月にも関わらず真夏日同様の気温になっている為。青年以外に墓参りに訪れている人間は周囲に見当たらない。

墓に水をやる青年の名は、向坂こうさか日向ひなた彼は1人で墓園を訪問し、身寄りの無かった1人の少女の墓を丁寧に清掃する。照り付ける真昼の太陽はまるで敵対心を向けているかの如く、日光を日向に向かって照り付けていた。

「はる。生きるって事は難しいのかもしれないな。もっと、俺がしっかりしていれば」

 思わず柄杓を握る手に力が入る。墓には「短岸はる」と名前が彫刻され、没年が側面に彫られていた。

 短岸はる。国民的アイドルグループ夏華かかのメンバーであり、グループの顔でもあり、夏華ははるともう一人、坂手さかて友理ゆうりとのダブルセンターで売りだしていた。

 ある事件が切っ掛けではるは帰らぬ人となり、友理は夏華を脱退。グループは今、解散か新メンバーを再び募集して再編するか。の討論が運営で日夜行われている状態だ。

 日向は夏華で彼女らの警護係を務めており、更にはメンバーのメンタルケア等も行っている。

夏華の前身であり、夏華と同様国民的アイドルグループ春華でも日向は警護係を務めており、その経験を活かした上で彼女らと接していた。

「春華の時みたいにはいかなかったな……。あの時よりもこんな結末が待っていたなんて」

 はるの墓の前に跪いて日向はマッチを擦り、線香の束に火を焚きつけた。






 あの日は全国的に雨の日だった。日向は前日から胸騒ぎが止まらず、夏華のメンバーそれぞれに毎晩返信するメールのやり取りを普段通り終わらせていつも通りの日常が来る筈だった。

 いつもの様に忙しく、夏華のメンバーを警護し、秋の話聞くだけ、そう思っていた。

「日向さん。ごめんなさい。私」

 降りしきる雨の中。肉体を両断されたはるは覇気のない声で日向に向かってそう告げた。数m先に別れた下半身が無造作に転がり、現場の凄惨さが見て取れる。

「君を守れなかったんだ」

「ううん。言いつけを守れなかった私が悪いの。どうして……も日向さんに楽をさせたいって思ってしまったから……。アラハバキになるってこんなに辛いんだね……」

 はるの下半身は上半身を求めるかの様に周囲を這い回り始めた。

彼女の言うアラハバキとは、特定の人間のみに宿る異能力の一つである。

日向はその能力を使役し、自身の見た目を変貌させ、人智を凌駕する身体能力を手に入れる事が出来る能力だ。

圧倒的な身体能力を手に入れる代償として人間的理性と肉体が変貌してしまう。更にアラハバキを宿す人間は定期的に人間の肉か、アラハバキの肉を接種しなければ殺人衝動に駆られ、最終的には絶命してしまうという特徴も併せ持つ。人間の肉に手を付けられない日向は自身を警護係に任命した雇い主であり、父替わりであり、夏華のプロデューサーである康本秋に人間の肉に極めて近い成分を併せ持った人工肉と定期的に摂取する薬を貰い衝動を抑制していた。

「はる……」

「ゆうを怒らないでね……。ゆうも皆や日向さんの事を考えて私たちに渡して……。皆で飲んだんだから……」

 はるの震える掌には1錠の錠剤が握られていた。真緑の小粒な錠剤ではあるが、これがはるをアラハバキという化け物に変貌させ、この悲劇を招いた物。

 夏華のメンバーにもこの薬は浸透しており、はる程の症状は他メンバーには現れなかったが、彼女だけ錠剤の副作用に耐えられず、アラハバキの力に吞まれてしまった。

「康本先生……。また泣いちゃうのかな……」

「秋さんだけじゃない……」

 はるは優しく、日向の頬を伝う涙を拭った。しかし、彼女の手もまた血塗れでその手で拭った後の日向の頬には血液が付着してしまう。

「楽しかった。色々あったけど……。夏華での思い出は私の辛かった人生を輝かせてくれた。お父さんとお母さんと同じ所っていうのはきっと綺麗なのかな……?」

「はる!まだまだ大丈夫!!!」

 日向は返り血を浴びて色が分からなくなってしまったズボンのポケットを弄って1つの注射器を取り出した。

「それは……、日向さんのだから駄目だよ……。それにもう分かるんだ……。間に合わないのもそうなんだけど……。日向さんを食べたいって思ってる私も居るんだなぁって」

 はるの目から徐々に光が消えていく様子が日向にも理解出来た。アラハバキは脅威的な身体能力に加え肉体の再生能力も向上させる。

 流石に新しい部品の様に手足を生やすまではいかずとも、はるの様に分断された状態であり、断片的にでも残存していれば肉体はそれに引き合い再生する事が出来る。

 故に彼女の半身が這い回っているのは彼女の意思に関係なく、意思の残っている半身を求めて周囲を彷徨っているのだ。

「だから……」

「やめろ」

「私を殺して……」

 はるにとってその選択肢しか無かった。日向も頭では理解はしている。が、彼女の事を思う理性がそれを阻む。

 彼女はまだ人としての形は保っている。体はアラハバキと言えど、精確な治療さえ受ける事さえ出来れば日向の様に自分の肉体に蠢くアラハバキを制御出来ない人間は死か社会不適合者になり、国から敵視されるかの選択肢のみ。

「手遅れに……!なる前に……!」

 はるの下半身は未だに本体を求めて肉片と血液を撒き散らしながら周囲で蠢き続けている。彼女を抹殺しなければ、これからアラハバキとして脅威になる可能性や世間に与える影響。更にはアラハバキという存在が白日の下に晒されば、自身の立場だけでなく、人工的にそれを生み出そうと新薬の開発に関わっている秋にも被害が及ぶ。

 秋に被害を及ぼすもの。夏華に危害を及ぼすものを一切の躊躇無く殺害し続けてきた日向にとって眼前のはるは警護の対象でもあり、殺害の対象でもある。

秋からの命令にはない標的であり、はるや夏華との日常が脳裏を過る。

「日向さんがやれないなら……」

 はるを抱えて嗚咽を漏らす日向の元に一人の影が現れた。

「友理……」

 降りしきる雨の中、夏華のメンバー坂手さかて友理ゆうりが右腕を抱え、足を引き摺りながら二人の元へ歩みを進める。

 友理抱えている右腕は鋭利な刃物の様に先端が尖り、腕というよりは大きな包丁と化していた。

「これは、私の責任でもあるから」

「やめろ!友理!まだ、まだはるは助かるはずだ!」

「日向さん……。私たちは日向さんの様に強くなかった。なのに手を出してしまった。人には決して到達出来ない様な領域に……。私が悪いのは分かってる。頭ではっきりと、理解してる。だからこそ。はるを殺さなきゃならない」

 友理は手始めにと言わんばかりにはるの下半身を変貌した右腕で両断する。夏華のセンターを務めた彼女は身体能力が高く、それに順応しているアラハバキも動作が機敏になっていた。

 両断するだけに飽き足らず、包丁の形状から友理の右腕は触手の様に形を変え、肉片になるまではるの下半身を刻み続ける。

「友理!やめろ!」






「あっづ!!!」

 手にしていた線香が短くなっていた事に気づき、日向は気を取り戻した。はるの事を思うと日向はあの日、あの場所でどうしたら彼女を救えたかと考える癖がついてしまっている。

 線香を墓の前に置き、日向は両手を合わせて合掌した。

「あ!居た!日向―!」

「またか……お前なぁ」

 額に汗を光らせ一人の女性が合掌を続ける日向に墓場中に轟く大声で話しかけた。ややうんざり気な表情を見せる日向に彼女は微笑みながら彼の隣に黙って立ち、彼に合わせて合掌をする。

「美久。流石に墓では静かにしてくれ」

「それは無理な相談。何故なら日向は私たちとは関係ない部外者だから言う事を聞く必要がないからね」

「なら、そんな部外者のプライベートに関心を持つのはやめろ。はるの墓参りぐらいお前1人でも来れるだろうに」

「はるもしみったれた顔してる男1人よりも可愛い可愛いミクちゃんが居た方がいいでしょ!ね!」

 日向の隣で大声を張り上げる女性の名前は鈴木すずき美久みく。殺風景で誰も居ない墓場に美久の声だけが反響している。

 彼女はつい先日メジャーデビューを果たした新グループ秋華しゅうかのリーダーだ。

「リーダーがこんな所に1人で来たら駄目だろう」

「リーダーじゃなくてキャプテンだよ。そこ間違えないで」

「はいはい。それに警護のオファーはいつも通り、丁重にお断りしてるんだ。秋さんの命令でもないし、それに今は休暇中だ」

 日向は淡々と答えると、線香をそのまま置き、はるの墓に活けた花のゴミを一つの袋に圧縮している。

 美久も無言で日向の作業を邪魔する様に彼よりも早くゴミを回収し、両手に収めた。美久は日向と身長がそこまで変わらないのもあってか、彼からすると隣に立つ場合かなり圧迫感がある。

 秋華はかつて夏華に所属していた傘下グループで夏芽なつがという名前のグループが参加ではなく、1つのグループとして進化した形である。

夏華設立とほぼ同時期に設立されたそのグループはしばらく、日の目を見る事は無かったが、はるの事件から数日後に夏芽のメンバーで設立されたグループであり、ここ最近で言えば最も勢いのあるアイドルグループと各メディアなどで取り上げられている。

「だからさー。年上のお姉さんとしてもお願いしたいんだよね。日向に守ってほしいって依頼なんだけどさ」

「俺に守るものはもう要らないし、何より君らを巻き込むわけにはいかない。あの時、君たちに直接被害が及ぶ可能性だってあったのに」

「運が良かったっていうのもあったのかな」

 美久の発言に対し、反射的にそうじゃない。そう返そうとした日向だったが、口を噤んだ。

 幸運であの惨劇を回避できたとするなら、何よりそれを良かった事かと日向も考える。故に美久の発言に対して日向は口を噤んだ。

「君等はもう苦労する必要なんてない領域に居る。グループとして独立し、夏華の機嫌を伺うなんてしなくてもいいだろうし、何よりも君たちは秋先生を1つのグループとして売り出そうって言う気持ちにさせたんだ」

 彼女たちの扱いは日向から見ても酷だと思えてしまう程のものだった。彼女たちの事も確認していたからこそ言える事ではあるが、日向にとって彼女たちは、はるの為に作られたグループという考えを持っていたのである。

 短岸はるは極度に緊張してしまうと錯乱してしまう障害を抱えていた。日向に出会ってから多少は改善されたものの最後までそれが完治する事は無かった。

 そんなはるが夏華での活動が不可能と判断された時に夏華のメンバーから外され、精神のリハビリをしながら夏芽にしばらく帯同するというものになっていた。

 故に世間からの風当たりは厳しく、心無い夏華ファンからはるのおまけ、二軍などと揶揄される事もあったのである。

 握手会やイベントを開けば、春華や夏華の様に長蛇の列が形成される訳でもなかった。

 日向は夏華の傘下に所属していた現秋華1期生全員の事は理解している。はるの体調面をより考え、運営ははるを夏芽から途中で離脱させて夏華専任に戻し、彼女の快復を計画していた。

 死の間際にもはるは彼女たちの行く末を気遣い逝去している。

「最近、メンバーがストーカーとかされてるみたいだから、どうしても日向にお願いしたくて日向ならメンバーたちも安心かなって思ったの」

「もうお子様たちのお守りはこりごりだ。それに美久に頼まれるとなんか嫌だ。それにいつも伝えているがどんな危険な目に遭うか分からないんだぞ。君等の都合でそうなるならまだしも俺の責任で君等を危険な目に遭わせるわけにはいかない」

「麗衣さんにキスしてもらったりもしたのに?」

「はぁ!?なんで知ってる!それに美久には関係ないだろう!」

「メンバーと話てたんだけど、その反応は本当にしてもらってたんだ……」

 動揺を見せる日向を見て美久は歯を見せて微笑んだ。

「まぁともあれ、此処に来てくれた所で申し訳ないが。その仕事を受けるわけにはいかないな。さぁ帰った帰った。はるにも迷惑だろうし」

 日向は美久の背中を押し、墓の外まで追い出して彼女を帰らせた。

 はるの墓前まで戻り、片づけを再開する。

「美久が帰った途端、、雲行きが怪しくなるとは……、本当に晴れ女だな」

 美久が帰った途端、空が待ってました。と言わんばかりに巨大で真黒な暗雲が立ち込め、周囲を生暖かい湿り気のある風が吹きすさぶ。

 柄杓を桶に戻した所で日向はこちらに近づく二人の影に気付いた。

比較的温暖になっている昨今、足元まで隠れる様なベージュ色のロングコートを着用し、サングラスに黒マスクと黒頭巾を着用している二人組を前に日向は即座に構える。

「向坂日向だな?」

「だとしたら?悪いが、今の俺は腹の虫の居所が非常に悪いんだ。アラハバキなら、もれなく死んでもらうが」

「生死を問わず、お前を連れて帰れば金が貰えると聞いてなぁ」

「哀れだな。金の為に人である事をやめるのがどれほど愚かで哀れか。だが、これから死ぬならそれを理解する必要もない」

 両者はそれだけ言葉を交えると、2人組の男は瞬時にコートを脱ぎ棄て全身を露わにする。2人組は人の形を維持出来ない部位を服や装飾で隠蔽していた。それがコートの着脱とともにアラハバキ特有の外骨格を漸く露わになる。

 目玉は隆起し、眼底が今にも飛び出しそうなほどむき出しになり、両手足は純白の外骨格に覆われ所々が鋭利な刃物の様に先端が尖っていた。

しかし、日向にとって驚く事は何もない。日向は初見であの2人の事をアラハバキとして理解していたのだから、その異形の姿を眼前にしても日向は動揺一つ見せず、瞬き一つ見せる事もない。美久との会話の方が彼にとっては緊張感があっただろう。

 もし、美久を強制的に帰らす事が叶わず、此処に戻ってきた場合の事を考えると日向にとってはむしろこの状況の方が好都合であった。

二人の姿を見たら、比較的アイドルの中でも肝が据わっているであろう美久でさえ、正気を維持できるか予想が出来ない。

「体を制御出来ないのは、息苦しいだろう。アラハバキというのはつくづく、生きづらい」

 二人は日向に向かってゆっくりと歩を進める。そんな2体のアラハバキを前に日向は胸のポケットからスマホを取り出し、耳に当てて通話を始める。

「あぁ、岡田さん。平和公園で、5分後ぐらいにお願いします。それと一雨来そうなので傘とか持ってきた方が良いかと」

 端的にそう電話の相手に伝達し、日向は服の袖をゆっくりと捲り、両腕側部に力まない程度に力を込める。

「お前は右から、俺は左から行く」

「任せろ」

  勿論、日向には2人の会話は筒抜けである。右と左で交差する様に日向に向かって2体のアラハバキが襲い掛かる。

 そして常人では認識不可能であろう速度から繰り出される右側の左足の蹴りと左側の右腕から繰り出される拳。

日向にとってその動きは攻撃というよりもむしろ攻撃してくださいと言わんばかりにゆったりとした動きに見える。

 左足を即座に跳び越え、アラハバキの右腕を強靭化させた左腕で受けそのまま引き裂く。更に引き裂いた腕に張り付き、余裕のある右腕を刃物の様に立て、対象の首筋を瞬く間に引き裂いた。

「ほがっ……!」

 首筋から血飛沫を上げるアラハバキに日向は左腕で引き裂いた首筋を更に引き裂き、対象の脳天に指を突き刺す。加えて膝裏から脹脛まで魚を3枚に下ろすような手際の良さで日向はアラハバキの足を3枚に裂いた。

 血飛沫とともに周囲にはアラハバキの臓器や肉片、脳味噌が錯乱し、日向の足元は血の海を形成していた。

だが、瀕死のアラハバキが僅かに蠢く様子を目の当たりにし、彼は倒れたアラハバキの左胸部に足を押し当て全体重をかけ容赦なく踏みつぶし、心臓を完全に破壊する。

 アラハバキの静止を完全に確認し、日向は漸くもう1体のアラハバキに目を向けた。人の体感で言えばこの間、約数秒。

 生まれも名も知らぬ味方ではあったが、依頼主にアラハバキという強靭な肉体を与えられたのにも関わらず、ものの数秒で味方が肉人形と化し、アラハバキの純白だった外骨格は鮮血に塗れ、ただただ男は目の前の日向に怖気づいてしまっていた。

「だから言っただろう」

 ただ、金の為だった。

 強靭な肉体と、人外の力を手中に収めて舞い上がっていた。まだその肉体が人間であった時に味わった恐怖を男はアラハバキとなった今でも味わっている。

「化物!この化物め!」

 肉体を形状変化させ、アラハバキは外骨格を弾丸の様にして飛ばす。無数に飛来する弾丸と化した骨を日向は素手で受け止め、手を開いて地面に落とした。

「どっちが化物だ。俺は金も貰っちゃいないし、お前らと違って自分から望んでアラハバキになった訳じゃない。望んで化物になったお前らと一緒にされたくないんだよ。それにきっと、お前らみたいなのは俺に会うまでに数人殺している可能性だってある。どうせ誰かの差し金ならもう帰る場所もないだろうが」

「うるさい!お前に俺の……!」

「分かんねぇから、こうして殺してやってるんだろうが……。アラハバキには葬儀代も不要。火葬の費用だって要らないしな。それと最後に1つ、教えといてやる。俺を殺した所でお前たちに自由は無い。きっと、俺に余計な事を話そうものなら殺されるだろうしな」

 アラハバキは日向の恫喝に座り込み、両膝を震わせながら後ずさりする。

 日向は嬉々とするわけでもなく、慈悲深い表情を浮かべるわけでもなく、ただ、無表情で血の海と化した墓場で立てぬまま臀部引きずりつつ、醜く後ずさりし、慈悲を乞うアラハバキに対して迫っていく。

 人の生き死にではなく、彼にとっては人ならざる者に対する殺戮に関して躊躇はない。

日向の頭にはもうこの後電話先の相手に何をどう説明しようか。という事しかない。他には夕食の献立と明日はどうしよう。何をしよう。日常の生活しか脳裏に現れない。

 日向にとっては日常茶飯事であるが故に死を与える対象が彼をどう見るかは別。あまりの無慈悲加減、殺し慣れしているであろう一切の躊躇のない一撃は尚の事、対象は畏怖の念を抱き純白の外骨格から剝き出しになった目玉が泳いでいる。

「はるの墓を血塗れにしてくれやがった罪は死で償ってもらう」

 日向は鎧の様な構造になっているアラハバキの顔面を覆う仮面の凹凸部分に手を掛ける。有無を言わさず、瞬時に全力の力でそれを剥ぎ、目玉だけでなく、本来隠れている筈の口元まで露わにした。

柔らかくなったアラハバキの頭部に手を当てコルクスクリューの要領で脳天に右腕を突き刺し、脳味噌を無慈悲に抉り出す。

彼の掌に掴まれた脳味噌は本体の体積よりも長い触手を数本蠢かせながら、最後の抵抗を試みる。が、日向はその触手を悉く切り刻み、血飛沫を撒き散らして最後に腕を一捻りし、脳味噌の動きを完全に停止させた。

「本当に、美久が居なくて良かった」

 溜息を漏らしながら、微動だにしなくなったアラハバキの亡骸を墓参りに来訪する人間に配慮してか、日向はそれを木陰に投棄する。

 そして何事も無かったかの様に血塗れになったはるの墓を再清掃し、残りの処理は先ほど連絡していた警察がアラハバキの亡骸を回収してはるの墓以外にも付着した血液や臓物の処理をした。

 駆け付けた警察と今回の状況についての雑談を終え、警察官の1人が日向にジェラルミンケースを手渡す。

「ありがとう。気遣い助かる」

 重厚感溢れるケースを開くと、衝撃吸収材で厳重に梱包された注射器が中央に埋め込まれる様な形で収納されていた。

 注射器の中には淡く発光する桃色の液体が入っている。日向は一目散にそれを自身の上腕に刺し、桃色の液体を注入した。

 最後に大きく溜息をついて注射器を抜くと、空になった注射器を破壊してその破片を警察に手渡す。

「事後処理は頼む。いつも通り、諸々の経費は康本秋に請求してくれ」

 警官たちにそう言い残して日向は桶と柄杓を片手に墓園を後にした。



―――――次の日―――――



「いや!秋さんそれは!」

「ダメかね?」

 小太りで眼鏡を掛けたスーツ姿の男が肘置きの付いた社長椅子に腰かけながら日向に淡々に尋ねた。

 日向は秋の事務所に呼び出され社長室で秋と二人、昨日墓園に出現したアラハバキの件について報告に来訪したところである。

「君に秋華の警護を一任したいんだ」

「しっ!しかし!まだ夏華が!」

「日向。昨日の一件で私は妙に胸騒ぎがしてね。今まで夏華のメンバーを付け狙っていたアラハバキの連中が何故、昨日君が居た墓園に現れたのか。胸騒ぎを感じて考えた結果が今、君に伝えた答えだ」

「それでは……。もう彼らの狙いは夏華ではなく、秋華であると……?」

「そうだ。その通りなんだ。だから、君に秋華の警護を一任したいと言ったんだ。はるの墓に現れ、君を襲ったアラハバキ。かの2体に出会うまでに君は美久にも会っている。確かに、君だけを狙ったのならまだしもそれが美久を狙った犯行に君がたまたま居合わせただけということだったら、危険性はより高くなる」

「考えすぎでは……。アラハバキは血の匂いを察知するのに長けているので俺の匂いを嗅ぎつけたんじゃ」

「何にせよ。私も秋華キャプテンである美久に直談判されては断るわけにもいくまい。夏華が新スタートを切るまででも構わない。日向、君にお願いしたいんだ」

 秋がそう言うと、二人が会話している部屋の扉にノックの音が響いた。

「どうぞ」

「康本先生!ありがとうございます!」

 待ってましたと言わんばかりのタイミングで現れたのは久美だった。久美は満面の笑みを浮かべて秋に一礼し、日向の頭を掴んで無理やり頭を下げさせる。

「美久。日向を頼んだ。日向。美久と秋華を頼む」

 そう言い残して秋は二人に背を向ける。美久は小気味よい返事をして日向には何も意見を出せない様に口を塞いで部屋をあとにした。




「おい!美久!」

「さて、これからよろしくお願いするけど!」

「いやいやいやいや、俺はやりたくないって言ったはずだ」

「でも秋さんが言ってたから……」

「うっ……」

 日向よりも僅かに背が低い美久が両手を顎の下に置いて瞳を輝かせながら、お願い。と言わんばかりに全力の懇願を披露する。秋華を纏め上げるリーダーの美久はあまりこういった世間的に言うぶりっ子と思われる様な行いをしない。

「柄にもないことをするんじゃない」

「だって日向ぶりっ子好きでしょ」

「好きじゃない!好きじゃないからな!」

 日向は照れ臭そうにそう言って美久を突き放し、そっぽを向いた。そんな彼を見て美久は優しい微笑みを浮かべながら、彼の頬を両手で挟んで視線を逸らせない様目の前に固定する。

「良かった。はるが居なくなってどうなっちゃうんだろうって思ったから」

「まだ全快じゃない。でもはるが居たらきっと、いつまでもクヨクヨするなって言うと思ったからな。だから無理にでも立ち上がらなきゃって、あといつまでほっぺ持ってるんだ。長いぞ」

 動揺を見せなくなった日向に少しだけ残念がりながら、美久は彼を解放した。

「でもただ手伝わせるのは申し訳ないから、何か欲しい物とかないの?日向って物欲ないとか、秋さんに聞いたけど」

「欲しいものか……」

 日向は考えた。年齢も近い美久とは何故か、安らぎを持ちながら会話のできる日向は少しだけリラックスしている。故に

「命……かな?」

「へ?」

 ついついそう口走ってしまい。流石の美久も聞き間違えではないかともう1度日向に確認しようと口を開けた。

 もう1度、言って。などと言われたら不味い。そう考えた日向はすかさず美久に話させない様に急いで思考を巡らせて失言を取り繕う言葉を探す。

「嘘!今のは違う!服が欲しい。汚れに強いやつ!」

 危険な語群を極力回避しながら、足りない自分の頭で即座に取り繕った醜い言い訳。美久は数秒開いた口が塞がらない。と言わんばかりの表情をしていたが、理由は理解していない日向が急に焦った顔を見せた事に足して口角を吊り上げて笑みを見せる。

「どうしたの?珍しく焦ってるじゃん!」

「うるさい。男にだって色々あるんだ。汚れに強いワイシャツとかでいいよ。これからいくら汚れても破れても困らない枚数欲しいかな」

 日向からしてみれば、先ほど漏らした一言も本音。そしてワイシャツが欲しいという願いも本音であった。

 アラハバキと戦闘を行う度に付着する多量の血液は着用する衣服を悉く駄目にしてしまうことが多い。それにうんざりすることもある日向が即座に間違いを取り繕うことのできる上手い言い訳はそれぐらいしか浮かばなかった。

「やっぱり、日向って面白いね!」

 美久が満面の笑みを日向に向ける。そんな美久の笑顔を見た日向の心はほんの少しだけ肯定的な心境に動かされつつあった。


誤字脱字等、見直してはいるつもりです!もしよければ感想などいただければ幸いです。続きは~・・・どうなるでしょうね!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ