第一章 3話 時空転移
CHAPTER 3 ― 時空転移
謎の黒球に吸い込まれてから30分がすぎようとしていた。
「ん・・・・。意識が・・・・ある・・・。オレは生きているのか・・・.。」
時折意識が途切れ、思考に靄がかかりつつも彼の心臓は鼓動を続けていた。
真っ暗でどこまでも広がる真っ暗な空間には謎の少女とユウタがゆらゆらと漂っている。
しばらく漂っていると、次第に彼らは暗闇の遠くに見える小さな光の穴へと吸い寄せられていった。
穴に近づくほどユウタの意識は鮮明になっていき、思考をさえぎる靄も晴れてきた。
そしてついに、ふたりは光の向こうへと消えていった。
穴を抜けると、そこは草原だった。
頭がすっきりとして気分がよくなったユウタは、ゆっくりと起き上がった。
すると、彼はお腹の感触に違和感を覚えた。そこに目を向けるとさっきの少女がそこに倒れ込んでいた。
「おい!起きろ!出られたぞ!」
ユウタが声をかけると少女は起き上がり、弱々しい声で
「ここは・・・どこ?」
と答えた。
すかさずユウタが
「それはこっちが知りたいくらいだ。三地区の実験場はいったいどうなっているんだか・・・。」
という。
それを聞いた少女は怯えたような表情をした。
「三区の実験室?どうやって入ったの?あそこはとっても危ないんだよ!」
「どうって・・・テルース望遠鏡操作室の建物にあったゴミ箱みたいなところに飛び込んだらそれが三区の事件廃棄物収容倉庫だったって訳。」
「そうなんだ・・・。あそこにも抜け道があったんですね。あたしも、うっ・・・。」
突然、少女が脇腹を抱えてうずくまった。
(そういえば、腹に傷がついていたな。)
「大丈夫か?」
心配そうな口調でユウタが聞いた。
「はい・・・。」
弱々しく少女が答えた。
・・・
しばし沈黙。
(くっ、会話が途切れてしまった!)
ユウタは会話を続けようと、初対面の女子になんて声をかければいいか色々考え、結局、
「お前はなんていう名前なんだ?」
と聞いた。
どんな反応をするのかおそるおそる彼女の顔を見つめると、少女は
「私の名前はフジノ・サヤ、15歳です。多分あなたより年上です。」
と、鼻高々に答えた。
すかさずユウタが答える。
「残念!オレ、17歳。」
「なっ!」
少女、サヤが驚いたような顔でユウタをみた。
(年下・・・ね・・・。)
ユウタは笑いをこらえる。
「そ、それで、あなたは、な、なんていう名前なんですか!?」
サヤが悔しそうに聞いてきた。
ユウタも自己紹介をした。
「イーストン・ユウタ。2007年にテルース勢力第四地区で生まれたハーフだ。」
そして質問した。
「ところで、フジノはいつもそんな感じで敬語を使ってるの?」
「み、見知らぬ人には敬語を使うようにしているんです!距離を置くために・・・。」
ユウタから目を逸らしてサヤは言った。
気のせいか、さっきよりも僅かばかり寂しそうな顔をしているようにユウタは思えた。
「距離をって・・・、いったいどうしてそんなことを?」
「・・・。」
聞いてもサナは答えてくれない。
再び会話が途切れてしまい、微妙な空気が二人の間を流れた。
ユウタは面倒くさいことを考えるのはやめて、アルテミスにはなかったそよ風の心地よさを感じることにした。
「うーーーん、ふぅー。」
伸びをしてから原っぱの上に寝っ転がると、それはもう最高のベッドだった。
(なんだ。四区の路地裏に比べればここは天国じゃないか。)
上には青い空、遠くを見ると高い雪の積もった山脈、そこからずーっと緑の芝生が続いて、反対側にはアポロンと広大な水たまり。アルテミスではまず見ることのなかった景色だった。逃避生活を送っていたユウタにとって、そこはとても良い環境だった。
しばらくして、今度はサヤに別の質問をした。
「そういえばサヤ、どうしてお前はあそこに居たんだ?」
すると、サナが暗い顔でこちらを向いた。
「・・・。」
「話辛かったら後でもいい!」
と、ユウタは言った。
しかし、
「そうですね・・・。でも、今言わなくても、ユウタはいずれ聞いて来る気がします。それに、こんな異世界に放り出されたならば、協力しなければ死んでしまいます。だから、今話します。」
と、サナは答えた。
「私は、父の・・・BTOSのリーダーの親友の子供なんです。
私の父は素直だったんですが、その素直さ故にとても騙されやすくて・・・・・・
サナは、北歴2010年にフジノ家の末っ子として生まれたらしい。
家は富んでもなく、貧しくもなく普通の家庭で、自分、姉、両親の四人家族だった。
彼女が生まれたのはアポロン地区だったが教育はテルースで受けたため、アポロン出身のテルース育ちとして、誰からも敵視されていたようだ。
皮肉なことに、サナにテルースで教育を受けさせた両親や姉からも次第に嫌われていったのだそうだ。
そんなある日、家を飛びだして地区道の裏道でしょぼくれていたサヤはメテオ・アランと名乗る男に声をかけられ、成り行きでついて行ったという。
彼女も初めのうちは自分の味方をしてくれる人がいると思い、とても喜び、きっと居心地のいい場所に連れて行ってくれるんだろうと期待に胸を膨らませながら彼についていったそうだ。
しかし、長いこと地区道を歩く内に彼女はあることに気がついた。
それはアランは、ジグザグに動いて目的地を悟られないようにしながら、サヤを住宅地とは反対の実験施設へと連れて行っていたことだ。
「ねぇ、アラン、おうちはそっちじゃないよ。」
そう彼女が言うと、アランが立ち止まって、
「よし、ここならもういいか。」
とサヤに振り返り、
「少しの間寝てろ」
といった直後、首筋を叩かれて眠らされたらしい。
目が覚めたときには、彼女は拘束着を着せられて実験台に縛り付けられていた。
初めてあった時の優しい顔が嘘みたいに思えた彼女は、
「あなた、ほんとうはわたしをゆーかいしたんでしょ?」
と聞いたら、
「その通りさ!君の無垢な瞳が僕のことをまるでヒーローのように見ていた時の気分は最高だったよ!ああ、人を騙すのは、仕掛けたトラップが全てうまく作動したような感じは、全く心地がいいものだ!」
と、喜びに震えながら答えたそうだ。
メテオによれば、メテオとサヤの父親は少年時代からの友だちで、メテオはサヤの父親に、
「自分がサヤを説得するから待っててくれ。」
と言い、メテオに何度も騙されていた父親は、
「まぁ、君はそうウソを重ねる悪人ではないだろう。」
と言い、サヤのことをメテオに任せ、実験室に監禁されることになったんだとか。
あまりもの衝撃に4歳の彼女はそのまま気を失ってしまったそうな。
それからの記憶は特になく、彼女は何年も放心状態で身体をいじられ続けられたらしい。
・・・・・そしたらある日、同い年の男の子が来て私のことを助けてくれたんです。」
長話を終えたサナは、疲れたような表情で軽く息をつき、ユウタの方を寂しそうにちらっと見た。
一方でユウタは、平和そうで可愛らしい見た目とは真反対の暗く恐ろしい過去にただ圧倒されていた。
そして、そんな辛い事がありながらも死のうとは思わなかった彼女を少しばかり尊敬していた。
ユウタがしばらく黙っていると、彼女が、
「こんな人、おかしいですよね。見知らぬ人について行って、そのまま・・・。」
と苦笑いをしながらユウタに話しかけてきた。
「そんなことは・・・ないと思う。」
ぼそりとユウタが呟いた。
驚いたように彼女はユウタの顔を見た。
「あのころ、お前はまだ4歳だったんだろ?そんな歳の子どもが、大人の醜い欲望とか汚らしい策略とかを知っているはずがない。それに、オレがそんな状況に置かれたらって考えるととても生きる気にはなれないな。何かの偶然でもいいから、誰かに・・・ってサヤ?」
ユウタは、ふとサヤの目が潤んでいることに気がついた。
(ヤ、ヤバい!これは・・・地雷を踏んでしまったのかもしれない・・・。)
「オ、オレがこんな知ってる風に話すのはやっぱりおかしいよな。ゴメンな、お前の辛さも分かってやれないのに、やっ」
「そうじゃない!」
サヤが強く言った。
「今まで誰も私に対してまともに向き合ってくれなかった!アポロンの人もテルースの人も、みんな私のことを裏切り者だの内通者だの言ってきて事情を話したらみんな敵対してきた。メテオだって・・・。だけど、あなたは違った!私に真面目に向き合ってくれてくれた!」
そして、彼女は
「ありがとう・・・ございます。」
と、花のような笑顔で笑いながらユウタに言った。
一瞬鼓動が速まったユウタは、
(何を考えているんだオレは!サヤは年下だっていうのに。)
なんて考えながら、微かに顔を赤らめ、そっぽを向いて
「そうか・・・。それは・・・よかった。」
と言った。
「じゃあ、改めてこれからよろしくお願いします、ユウタ。」
「よ、よろしくな。サヤ。」