第一章 1話 孤独
chapter 1 ― 孤独
北歴2020年5月23日午前6時、テルース勢力第四地区は、妙に騒がしかった。
風の噂では、極悪非道のアポロン科学者団体がテルース勢力に強引に押し入ってきたらしい。
高さ40m代のビルが2~3m間隔で立ち並ぶ狭い路地の一角で、ユウタは学校の身支度をしながら外の変化に目を向けていた。
ふと、彼の脳裏を白衣姿の男が掠めた。
首を横に振る。
(もう10年以上も経ってるんだ。来たのは奴らじゃない。)
速まる鼓動を誤魔化しながらズボンのチャックを閉じる。
(でも、普通に考えたら、さらい損ねたオレを狙っている確率って高いよな?)
シャツの裾に手を通す。
(じゃあ、奴らが来るのはここってことか?)
ガチャン!
彼の手からベルトが落ちた。
(・・・・・・。とりあえず、学校行くか。)
怯えながら部屋を出て、妙に明るい「行ってきます」の後、彼は家を飛び出した。
いつもと違う様子の彼の後ろ姿を、両親は心配そうに見つめていた。
(このまま全速で学校まで行く!エアーバイクに乗れば3分とかからずにつくはずだ。学校に着けばいつもと何も変わらないんだから、帰ってきたらこんなもん片付いてるはずだ)
そう思いながらバイクターミナルへ全速力で突っ走って行った。
(息が苦しい。くそ、何をこんなに慌ててるんだ!)
(この迷路みたいに入り組んでる地区道をエアバイクで・・・。)
ユウタの足取りがどんどん覚束なくなっていく。
曲がり角まであと10mちょい。
(あの角、あの角を曲がれ―――)
ドォォォン!
瞬間、凄まじい爆風がユウタの背後から襲いかかった。
ユウタはT字路の壁まで吹き飛ばされ、頭を強打した。
うっすらとある意識で彼が見たのは、粉々に砕け散った自分の家と白衣を着た集団だった。
(くそ・・・。奴らか・・・。)
強く拳を握りしめ、最後の力を振り絞ってユウタは立ち上がった。
「絶対・・・、絶対に・・・うっ。」
ドサッ。
ユウタは力なく地面へ崩れ落ちた。
ビルのすき間から赤々と弱々しく光るテルースがユウタの様子を伺っている。
あれからユウタは4時間ほど気絶していた。
その間に騒動は収まり、ニュースではテルース巡査局が事件の真相を述べていた。
今回の事件は、すべてアポロン勢力バイオロジックテクノロジーサイエンス機構、通称:BTSOが巻き起こしたものであること。死者は二人、イーストン氏だったこと。使用された爆弾はプラスチック爆弾で、動機は不明だということなどが報道された。
コツンッ
彼の頭に石ころが落ちた。
「痛、何でオレは・・・。ああ、そうだ。確か家が奴らに襲われて、その後・・・・。」
ユウタは、はっとして近くの掲示板のホログラフィックニュースを見た。
「えー、今回の一連の事件での死傷者は二名、テルース勢力第四地区在住のイーストン・・・・。」
彼は思わず跪いた。
「嘘だろ・・・・。父ちゃんたちが・・・・死んだ・・・?」
自分の発した言葉に恐ろしくなり、彼は思いっきり叫んだ
「そんなことはない!まだ生きている!父ちゃんたちは!
そうだ、別の番組!別の番組なら他のこと言っているかもしれない。そうだ、ここの情報局が間違ってるんだ!」
そんな彼に、他の放送局も淡々と現実をを報道した。
目に涙をためてそれでも彼はなお、選局ダイヤルを回し続けた。
カチッ、
「今回の死し・・・。」
カチッ、
「BTOSもねぇ、さすがに人を殺し・・・。」
カチッ、
「先程お亡くな・・・。」
ギシッ、
残り僅かな望みをかけてダイヤルを左に回す。
ギシッ・・・・・・。
どうやらダイヤルを回し切ったようだ。
「もう、終わり・・・か。」
そう、力なくユウタは言った。
それからしばらく掲示板の前に座り込んだまま、必死で自分の感情を抑えた。
しかし、次から次へと沸き上がってくる感情はそうたやすく抑えられる訳もなく、一気にあふれ出した感情が言葉となり、彼の口から出た。
「どうして・・・。どうして・・・。なんでオレだけ・・・。どうして僕だけがこんな目に遭わなきゃならないんだ!!!!」
そう言い放つや否や、彼は声を上げて泣き出した。
彼の泣き声は第四地区中に響き渡った。