享年23歳 死因自殺
1:港区
「恥の多い人生を生涯を送ってきました」
と言ったのは太宰治だっただろうか。太宰で恥が多いのであれば、ボクの生涯は恥以下なのだろうか。誰も救わないネガティブな思考が頭を駆け巡る。嘆くボクの頬を掠める3月の風はまだ冷たい。暦の上ではもう春なのに。
港区青山、ビルの屋上は遮る物が何もない。ボクは今日死ぬ。
「何もない人生だと思っていたが、死ぬ直前になると案外色々思い出す物だな。これが走馬灯か、まだ飛び降りてもいないが。」
などと自殺者特有の自殺ジョークで自身の自殺モチベーションを高める。今すぐに飛び降りたら、どんな走馬灯を見るのだろう。少し浮き足立ちながら、ビルの屋上のヘリに立つ。
「あぁ、楽しみだ」
この後、訪れる長い長い走馬灯に向けて、ボクは腕を広げて、落ちていく。最初に思い出したのは小学生の頃に好きだった彼女のこと。
2:世田谷区
「カオリはキミのことが好きみたいだよ」
あぁ、走馬灯って第三者の視点から見るんだな。ボクはてっきりVRのような主観的な視点で見える物だと思っていた。ボクの前には小学校の教室で当時の女友達と話している姿が見える。おそらく彼等からボクは見えないのだろう。
「そんなことないよ、カオリちゃんがボクを好きだなんて」
こんなこともあったな。懐かしい気持ちが蘇る。クラスメイトのカオリちゃん。ピアノを習っていて、髪が綺麗な、とても上品な女の子だった。小学五年生の春、クラス替えの際に初めてカオリちゃんを見たボクは一目惚れをした。きっとあれが初恋だったのだろう。ボクは当時から積極的に女の子に話しかけるようなことはなく、カオリちゃんとは特に進展もなく、小学六年生の冬を迎えようとしていた。
「そろそろ中学生じゃん、早く告白しちゃいなよ」
そんなこと言われても出来るはずがない。だってボクは格好良くないから。イケメン俳優ですら自殺する時代に、ボクが告白なんかして良いわけがない。もし断られでもしたら、悲しくて死んでしまうだろう。もう死んでるんだけど。
「中学に行く前には、告白してみようかな」
やめとけ、過去のボク。その告白は失敗するぞ。未来にボクが叫んでも、小学六年生のボクには届かない。男とはバカなもので、好意を持たれていると噂を聞くと、全く気になっていなかった異性でも突然気になってしまうものである。それが気になっている異性であれば尚更なことは想像が容易だろう。そんなことを考えながら頭を抱えていると目の前がボロボロと崩れ始めた。
「ま、待ってくれ」
叫ぶボクの声は暗闇に消え、ボクは地の底へ落ちていく。
目を覚ましたボクの目の前に広がるのは、学習机に向かうボクだった。外は小雨が降っており、カレンダーは2月。おそらく場面転換なのだろう。そりゃそうだよな。ボクは今ビルに屋上から落ちている最中でそんなに時間もないのだから。
さて、過去のボクは何を書いているんだ?覗き込むと、ボクは必死にラブレターを書いていた。彼なりに可愛い便箋を選んだのだろう。可愛いウサギが描かれた手紙を広げ、決して綺麗じゃない字だが丁寧に気持ちを書いている。なんて健気で可愛いんだ。とても良い子じゃないか、ボクなんだけど。
小学六年生のボクは卒業前にカオリちゃんへラブレターを送ることを決めた。彼女は私立へ進学することを知っていたから。今でもはっきり覚えている、あの日のこと。ボクは可愛い便箋を購入し、彼女の机へラブレターをそっと入れた日のこと。ボクは明日の放課後、彼女の机へラブレターを忍び込ませる。あぁ振り返りたくないな。
ラブレターを送った日の翌日、そわそわしながら学校へと向かうボク。その後ろをそわそわしながら歩くボク。後ろ指を指す第三者。あぁこんなだったな。
教室へ着くと、全員がボクの方を見た。隠すつもりもない会話がボクの耳にも届く。
「カオリちゃんにラブレター送ったらしいよ」
「え〜気持ち悪いね」
「机にラブレター入ってたらしいよ」
「そもそもあいつとカオリちゃんって仲良かったっけ?」
「勘違いしちゃったんじゃね?カオリって誰にでも優しいし」
「直接言う勇気もないとか、そもそもあれじゃない?」
「いや、直接言われても困るでしょ」
「でも私は直接言われた方が良いなあ〜隣のクラスの坂本くんとか!直接告白されたい〜」
「それは坂本くんだからじゃん」
あぁ今聞いてもキツイな。ボクの初恋は勘違いだったのだ。この経験が全てをおかしくしてしまったのかもしれない。
「おい」
ボクを後ろから呼ぶ声がする。
「お前さ、ラブレター送ったんだろ?カオリに。カオリ困ってるから謝ってやれよ」
誰だっけこれ。なんとなく嫌いだったんだよな。カオリちゃんの幼馴染みたいなやつ。小学六年生のボクは俯きながら、カオリちゃんのもとへ行く。
「ラブレター渡してごめんね。気にしないで」
なんとも言えない表情を浮かべながら謝る12歳のボクを見ながら、目の前の景色がボロボロと崩れる。走馬灯ってのは良い思い出だけじゃないんだな。
暗闇から目を覚ますと、ボクは古本屋にいた。そこにいたのは15歳のボクと、当時好きだった女の子、琴子さんだ。