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滅鬼の刃  作者: 大橋むつお
45/48

45:『日本人の苗字』

滅鬼の刃 エッセーラノベ    


45『日本人の苗字』





 苗字なんていいかげんなもんだ。



 例の教授はおっしゃいました。


「明治五年に壬申戸籍じんしんこせきと呼ばれる戸籍法ができて、日本人は全員苗字を付けなくてはならなくなった。その時に、いいかげん、適当につけられた苗字が多い。適当、いい加減だったから、日本人の苗字は10万種類、細かく見ると30万種類もある。数は多いが、たかだか100年の歴史しかない苗字。そんなにありがたいものでもない」


 おそらく、この先生は戸籍制度そのものに反対で、日本人の苗字をディスっておられたんでしょう。今の時代に生きておられれば選択的夫婦別姓運動の先頭に立っておられたかもしれません。


「農村じゃ、みんなどう苗字を付けていいかわからずに、庄屋や寺の坊主に付けてもらったりしたんだ。庄屋も面倒で、一村まるまる大根とか人参とかの農作物にしたり、戦国大名やら豪傑の苗字にしたりした。漁村なんか、蛸とか鰯とか全員魚や海産物の名前にしたところもある」


 身も蓋もありません(^^;)。


 友人の一人は、この先生のゼミにいましたので、今でも先生と同じことを言います。


 わたしも武者もいい加減な学生でしたが、武者が「大橋、先生が言うてるのん、ほんまかぁ?」とひそひそ声で聞いてきます。


「う~~どうだろうなあ」


 講義中の私語には厳しい先生でしたので、短く答えて、あとは食堂で定食を食べながら話しました。


「うちの田舎は滋賀県の寺だけど、古い書付なんかには苗字書いてあるぞ。墓石にも『~家の墓』ってあるしなあ」


「そうなんか?」


「うん、日本中のこと知ってるわけじゃないけど、大方の苗字はけっこう歴史が古いと思う」


 昼飯の与太話、定食では足りずにラーメンをすすっているうちに話題は変わって、それきりです。


 まあ、武者は『武者走むしゃばしり』なんて由々し気な苗字でしたので——そんなに有難みの無いものなんか?——と思うところがあったんでしょうねえ。


 日本人の10万、あるいは30万種類というのは、おそらく世界で一番多いでしょう。ちなみに、日本の十倍の人口の中国では7000から8000ぐらいで、日本とは二桁違います。「だから、日本の苗字なんて適当なものなんだ」と件の先生なら、そうおっしゃいます。


 実は、日本人の苗字は住んでいる場所、就いた職業で苗字が変化することが多くありました。


 例えば、藤原という貴族が加賀の国に住むと加賀の藤原が約まって加藤になります。どこかの神主になると、神に仕えるという意味の『斎』の字が付いて斎藤になります。源氏の若者が大阪梅田あたりの渡辺というところに住み着くと『渡辺の源氏』とか『渡辺党の源氏』、三代目くらいからは「もう、渡辺でいいや」ということで渡辺になります。


 織田信長の織田などは、清盛の孫で平資盛たいらのすけもりという若者が越前の織田剣神社の神主になって、苗字を織田に変えたところから始まっています。だから、信長の正式な名乗りは『平朝臣織田上総の介三郎信長(たいらのあそんおだかずさのすけさぶろうのぶなが)』になります。朝臣は朝廷(天皇)の臣という意味で、上総の介は箔をつけるために勝手に名乗った上総(千葉県)の二等官の官職名です。最初は一等官である上総守を名乗っていましたが「上総国は親王任国ですので、朝臣平では介しか名乗れません」と学識のある家来に言われ「で、あるか」と、あっさり上総の介に変えました。

 で、なんで尾張の信長が上総なのかと言いますと、おそらくは平将門が上総の住人だったこと、発音した時にカッコいいからなのでしょう。


 しかし、織田という苗字はいじってはおりません。まあ、信長が生きて天下を取って、その子孫があちこちに散らばったら、その土地の地名、うちの近所なら高安を名乗ったでしょう。まあ、日本人の苗字とはそういうものだという話でした。


 前号を読んだ栞が「じゃあ、大橋っていうのはどうなの?」と聞いてきました。それは、また改めてお伝えしたいと思います。


 

☆彡 主な登場人物


 わたし        大橋むつお

 栞          わたしの孫娘 

 武者走       腐れ縁の友人(35回より故人)


 

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