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滅鬼の刃  作者: 大橋むつお
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44:『エビデンス あるいは調査無くして発言権無し』 

滅鬼の刃 エッセーラノベ    


44『エビデンス あるいは調査無くして発言権無し』  





 クマさんが呑み屋に行くと、先客がおいしそうなアテで酒を呑んでいます。


「おう、うまそうじゃねえか。なんでぃ、そのアテはよ?」


「え、へい、エビでんす」


 この先客の返事みたいなのが、この十年ほどネットやテレビに出てきます。


 エビデンス、「証拠」「根拠」「裏付け」などを意味する言葉だそうで、ゴジラと歳の変わらないわたしは——なんだったっけ?——とすぐにイミフになってしまう外来語であります。


 

 大学で、これと同じ意味のことを言う教授が居ました。



「調査無くして発言権無し!」という、青二才の面を張り倒すように言う先生でした。


 講義中、遠慮なく学生に質問する先生で、煙たがられ、恐れられていました。


「ナチスが政権とったのは何年?」


 てなことを、小学校の授業みたいに前から当てていきます。


 いまなら、スマホでAIに聞けば原稿用紙二枚分ぐらいの答えが返ってきますが、当時はそうはいきません。先生も先頭の学生が答えられなければ三秒もおかずに「次!」と後ろに聞いていき、10人ほどが答えられずにいると「はあ、情けないなあ!」と長嘆息されます。


「裏付けになる数字や意味も知らずにレポート書いたり、デモに行ったりするんじゃないぜ」的なことを始終おっしゃっていて、できたら取りたくない講義でした。しかし、この先生は『社会科教育法』という教職必修科目なので逃げるわけにもいきません。

 教職必修でありながら、及第点に達しない学生は遠慮なく落とされました。毎回出席もとられるし、物理的に逃げるわけにもいきません。じっさい、初年度は不可である『D評定』を食らってしまいました。


 この先生が、こうおっしゃっていました。講義の中の、なかば余談のような話です。


「天皇がエライエライというのは、明治からこっちつくられたことで、一般民衆は天皇のことなんか知らなかったんだぜ」


 当時、1970年代としても、挑戦的な物言いに聞こえました。


「その証拠に、明治元年、天皇が江戸に入った時江戸の町人たちは土下座なんかしないで『いったい何者だ?』と立ったまま見ていた。それが、翌年、京都に行くときにはみんな土下座をしていた。かくも、天皇制というのは明治政府によって人工的に作られ強制されたもので……」


 という具合でした。


 武者もわたしも、鬱陶しい先生だけど、分かりやすい喩えをするなあと思っていました。


 ですが、先生は根本的に間違っておられました。


 江戸時代、百姓町人は大名行列には土下座させられていた……という常識です。だから、その江戸時代の常識で、天皇にも土下座させた。明治政府はかくも強権的、天皇の権威なんてアイドルの評判みたいなもので、それよりも始末が悪いと続きます。


 実は、大名行列に土下座するのは自分のところの御領主さまに対してだけであり、それ以外の大名行列は、横切ったり邪魔してはいけませんが、立ったまま見ていましたし、仕事の手を休めたりもしません。江戸で土下座しなければならないのは、将軍家の他は御三家、御三卿止まりだったと記憶しています。


 有名な歌川広重の『東海道五十三次』、その始まりは日本橋です。永谷園のお茶漬海苔のオマケに付いているので有名なやつです。日本橋の向こうから大名行列がやってくるところですが、町人たちは誰も土下座せずに忙しく働いています。他にも大名行列を描いた浮世絵がありますが、土下座を描いているのは見たことがありません。


 天皇の行列など見たことが無い江戸市民たちでしたので、ふつうの大名行列のように立って見ていたわけです。


 それを土下座させたのだから、明治政府は強権的という説明を先生はされました。


 でも、大事なのは、たいていの町人は納得していたように思えることです。


 クマさんハッツアンたちは天皇のなんたるかを知りませんでしたが、寺子屋のお師匠、大家さん、坊主、神主、大店の主人や番頭あたりは知識として知っていました。


「天下の御支配は将軍様から天子様に変わったんだ。もともと、将軍の位をお与えになったのも天子様だ」


 そう言われて「なるほどぉ」と納得しています。ですから、この天皇の行列に鉄砲や槍を持った役人は警備に出ていません。せいぜい六尺棒か扇子です。ロープを張ったというのさえ見たことがありません。たまに物見高いハッツァン・クマサンが身を乗り出したりすると扇子で軽くたたいて「そろそろ土下座しろ」と注意しておしまいです。


 土下座は外国人の目から見ると異様に映ることもあって、早くに強制は止めたようです。しかし、習慣や尊崇の念から土下座する者も居て、それを止めさせることもしなかったように思います。


 ことほどさように、一つの立場とか主義から物事を見てしまうと「調査無くして発言権無し」とおっしゃっていても、こういう感じではありました。


 この稿、次回に続きます。


 


☆彡 主な登場人物


 わたし        大橋むつお

 栞          わたしの孫娘 

 武者走       腐れ縁の友人(35回より故人)

 


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