43:『血管痛のことなど』
滅鬼の刃 エッセーラノベ
43『血管痛のことなど』
治療はステロイド剤の点滴だけです。
たぶん、点滴では一番小さなサイズ、異世界物のアニメでHPやらMP回復のためにグイっとあおるポーションぐらいのを生理食塩水のといっしょに打ちます。
血管痛というのをご存じでしょうか。
点滴を早く落とすと、腕から肩にかけて血管が痛む体質なのです。だから、ゆっくり落としてもらいます。一滴落ちるのに十秒ほど、四十年前の入院では、牛乳瓶ぐらいの点滴を日に三回でしたから、一日の大半点滴のボトルを睨んでいました。
「とろくさぁ~~」
その遅さと、針が突き刺さっているおぞましさに、文句を言う栞。
「すごいんだぞぉ、人体模型に血管が描いてあるだろう、赤と青の。あの青の静脈があるのが分かるんだぞぉ。なんか、腕全体が青の網で締め付けられてるみたいで、ちょっと新鮮な刺激で面白いんだ」
「ちょっと、血が逆流してるっぽいよぉ……」
あんまりゆっくり落としているものですから、血圧の方が勝ってしまって、腕から10センチくらいのところまで輸液が赤くなっています。
「……大丈夫なのぉ(・̆△・̆)?」
心配半分、気持ち悪さ半分で顔をしかめます。
「大丈夫さ、煩わしいけどな」
「えと、お茶持ってきたから……」
600cc入りのお茶四本をベッドわきの移動棚に置いてくれます。
「重かっただろう」
「だって、病院の自販機、150円もするんだよぉ。それも500だし」
栞が持ってきてくれたのは箱買いした生協のもので、600cc入っていて一本当たり60円です。
まあ、一週間の入院なんでしれているんですが、こういう経済感覚は祖母⇒母親⇒自分と受け継いできたものなのでしょう。
母親には反発ばかりしていた栞ですが、こういう経済感覚はしっかり受け継いでいて笑えます。
「ええ、これが晩御飯なの!?」
配膳されてきた晩飯を見て驚きます。
入院した日に体重と身長を計られ、そこから必要カロリーを計算されて出される病院食は幼稚園並みの量しかありません。
「結構おいしいんだよ、ご飯もおかずも暖かいし」
そうなんです、40年前と違って、きちんと保温されています。
「あ、でも、冷ややっこなんかは、ちゃんと冷たいんだ……おお! トレーの半分暖かくて、半分は冷たい! なかなかやるじゃん市民病院も!」
「でもな、持ってくるのは看護婦さんだか看護助手だか、人間なんだ」
「あたりまえでしょ」
「いやいや、そのうち、こういう仕事はロボットになるさ」
「ええ、うそぉ」
「だって、ファミレスなんか、近ごろはロボットが配膳してるだろ」
「え、ああ……」
「うかうかしてると、人の仕事無くなっちまうぞ」
「だよね……実は、ちょっと遅まきだけど、教職とってみようと思うの」
「え、教職!?」
栞は、わたしや武者から現場の話をたくさん聞いていましたので、教師になるという選択肢は早くから捨てていました。
「小学校で三倍、高校でも五倍の倍率だからさぁ……いざとなったら、あたしでも通るかも……」
「今の学校は大変だぞぉ」
「まあ、選択肢は多い方がいいからね。お祖父ちゃんの時は20倍以上あったんでしょ?」
「ああ、28倍だった」
「28倍!? よく通ったわねえ!」
「どうだ、ちょっとは尊敬したか(^▽^)」
「お祖父ちゃん、運がいいからねぇ……」
そう言うと、15分の面会時間を3分残して帰って行きました。
その後も、もう一度やってきて、退院手続きは自分一人でやって家に帰りました。
一週間のステロイド点滴の甲斐もなく右耳の聴力は回復しませんでした。MRIも撮ったのですが、これも異常なし。
「原因不明ですね」
という診断だけで、家に帰ってきました。おそらくは、年寄りにありがちな加齢性難聴。
まあ、体重も一週間で5キロ近く落ち、糖尿の数値も改善しましたので、良しとしましょうか。
☆彡 主な登場人物
わたし 大橋むつお
栞 わたしの孫娘
武者走 腐れ縁の友人(35回より故人)




