お金の為に妾として売っ払われました!【短編版】
お久しぶりです、またははじめまして。
重さの欠片もないあっさりテイスト&ふわっと設定の軽い読み物になっております。
どうぞよろしくお願いします。
本日、生家たる名ばかり貴族の家を出て私、お金と引き換えに妾になるようです。
何故自分の事なのにふわっとした言い方なのかって?馬車に押し込められる時に初めて聞いたのでね!
「いやあ、参りましたね流石に」
あまり乗り心地のよろしくない馬車の中、空笑いを零しますが、乗っているのは私だけですので当然独り言にしかなりませんでした。お付きの侍女なんて勿論いませんからね。馬車を出す余力が我が家にあった事にびっくりです。
我が家はとにかくお金がありませんでした。
それというのも、血の繋がりがあるのが屈辱とこの私に思わせる程の、ある意味凄い父が、遊び歩いて家のお金を使い切ってしまったのです。
私は自他共に認める馬鹿ですが、そんな私でもまずいと分かります。それでどうするのかと思ったら……娘を売っ払ったのですね!はい、私の事ですよ!
私、どうなるんですかね?
「貴女が旦那様の新しい……」
馬車を降りるなり、物凄い美女が歯軋りせんばかりのご様子で出迎えに来てくださいました。妖精のような可憐な方で、私のものとは比べ物にならない上等なドレスを纏っているので、立場のある方でしょう。
「旦那様?ええと、貴女様は……」
「この家の当主の、妻ですわ」
「お、奥様でしたか!」
「奥様……。ふ、ふん。そうだけれど何か文句でも?」
何だか少し嬉しそうにする奥様。私はというと、あまりに美しい奥様のお顔から視線が外せないままです。
いや、同じ人間とは思えませんね!
「いえ、私が思い描いていた妖精さんが実体化したのかと思いました!こんなに美しい方と同じお屋敷に住めるって凄いです!」
この感動を伝えたくて、私の語彙力の限りを尽くして褒め称えると、奥様はぽかんとなされた後に溜息を吐きました。
な、何故……。
「……気が削がれましたわ」
そしていなくなる奥様。もう少し鑑賞していたかった……。
それから。屋敷に引っ越し、私は初めて『何故奥様とは別に妾が必要とされたのか』を知りました。
御子が授からないのだそうです。繊細な問題ですね。能天気さに定評がある私でさえ、何とも言えない問題です。
……まあそれはそれとして、奥様とお近付きになりたいですね!
「奥様!」
「奥様〜!」
「奇遇ですね、奥様!」
私が雛鳥よろしく奥様の後をぴよぴよと着いて歩いていたら、遂に奥様がお怒りになってしまいました。
「何なのよ貴女!鬱陶しい!」
「申し訳ありません奥様……」
「わたくしに構っている暇があったら、旦那様に媚びてきなさいよ!無駄でしょうけど!」
腕を組んでぷりぷりと怒る奥様。
私は無駄と言うその断定口調が引っ掛かり、尋ねました。
「何故無駄と言い切れるのですか?」
「……よ」
「え?」
「旦那様は女性に興味が無いからよ!」
「……え?」
奥様は涙目で、今までの鬱憤を晴らすように叫びました。
「初夜の寝台の上で言われたわ!『私は女など嫌いだ。これから先貴女に手を出す事は無いだろう』って!」
「えぇ……」
「子が出来ないのはわたくしの所為ですって!?そりゃそうよ、添い寝すらしていないのに授かる訳無いじゃない……っ」
奥様の悲痛な言葉を聞き、私は目が据わってくるのを感じました。
「私、旦那様なんて顔も知らないし会った事も無いので興味がありませんでしたが」
「えっ?」
「ちょっとお話する必要性を感じました」
旦那様、許すまじ!
「……誰だ?」
私が旦那様がいらっしゃるという執務室に押し掛けると、開口一番怪訝そうに尋ねられました。
「貴方にお金で買われた妾ですが」
「ドレスか?宝石か?」
何だこいつ。
……失敬、つい淑女らしからぬ言葉が。
しかしこの旦那様、温厚な事で有名な私を怒らせるなんて大したものです。これはちょっと顔が良いからって調子に乗ってますね?
私は怒りを鎮める為に深呼吸をして、口を開きました。
「奥様を嘆かせるような甲斐性無しに買って頂きたい物なんてありませんね!」
「何……?」
プライドがやたら高そうな旦那様は、貧乏木っ端貴族家出身の妾に嘲られるのは堪え難かったようです。しかし私も怒っていますからね!
では旦那様、口喧嘩では負けなしと名高い私の『よく分からない理屈を並べられて何か知らない内に納得させられている』という特技をとくとご覧あれ!
「……で、貴様は何が言いたい……?」
勝った!!
旦那様は疲れ切った様子で、やっと私の話を聞く姿勢に入りました。呼び方が貴様になっているのは気になるところですが……まあ良いでしょう。勝者は私です。
「奥様、泣いておられましたよ。旦那様は自分の事が嫌いなんだろうって」
「な、そんな事は……」
実際は女に興味が無いと嘆いていらっしゃいましたが、そこはそれ。この言い方の方が旦那様を抉れそうですし……実際旦那様、狼狽えておられますしね!
「初夜なんていう女性側は緊張真っ盛りな時に暴言を吐いたそうじゃないですか。最低だと思います」
「それは……っ!好いている男から引き離してしまったから、せめてと……」
「好いている男?奥様に?」
「ああ」
おやあ?奥様はそんな様子、これっぽっちも匂わせていませんでしたけれど……。
いや、というか。私が悩む必要はなさそうですよね?
「その辺り、どうなのですか?奥様」
「っ!?」
息を呑む旦那様。数秒沈黙していた扉は、恐る恐るといった風に開かれました。
「……わ、わたくし……好きな方なんておりませんわ!」
「しかし!侍女が『好きな方と引き離されるのね、お可哀想に』と……」
「わたくし……わたくしが愛しているのはっ!今も昔も旦那様ただ1人ですっ!」
ここまで聞いて、私はそーっと撤退する事にしました。馬に蹴られたくはありませんし。
廊下を歩きながら、上手くいったとほくほくしていた私ははたと立ち止まりました。大切な事に気付いてしまったのです。
「奥様と旦那様が上手くいけば、妾はいらない子なのでは……?」
こうしちゃいられません、今後の身の振り方を考えなくては!
今まで冷え切っていた夫婦仲が嘘のようにべったり……もとい仲睦まじくなり、屋敷の者達は激しく混乱した。
聞けば、奥様の憧れの君であった旦那様の事を知らなかった侍女の迂闊な言葉で旦那様は勘違いし、初夜の暴言で奥様は嫌われていると思い込んでいたというすれ違い。
奥様と旦那様の甘い空気に中てられ、屋敷の者達が口の中に砂糖のじゃりじゃりを感じ始めるまで、あと1日。
奥様が妾として送り込まれた歳若い少女を養子にしようと画策し、包囲網が完成するまで、あと……。