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婚約は契約のおまけ③

 ちなみに、俺が伯爵領を訪れた折に泊めていただいた(やしき)には最低限の使用人しかおらず、驚くほど閑散としていた。伯爵は見栄を張る余裕がないくらい自領での生活を切り詰めていたのである。

 レティシアの領地に対する無関心さが恐ろしい。俺は正直、この婚約を後悔している。


「領民が領主に敬意を払うのはな、領主が領民を豊かにする責務を負っていることを日々感じ取っているからだ。さっきあんたが挙げたのは、全部そうだ」


 弱者を助け、経済を回し、外敵を退ける。レティシアの考えは的外れでもない。

 ただし、それらを滞りなく行うために国王から付与されている特権が、爵位という、貴族としての称号なのである。貴族だから敬われるのではない。敬われることをしてこそ貴族なのである。


「きっかけはレティシア嬢との婚姻を打診されたことだが、俺はディラム伯爵の施策に感銘を受けて助力を申し出たまでだ。

 爵位を笠に着て横暴な振る舞いをするようになった貴族も多いなか、自分の生活を切り詰めてまで領民に尽くそうとするなんて、そうそうできることじゃない。

 ディラム伯のところの領民は、領主が自分たちを助けようとしてくれていることがわかってる。だから伯に友好的なんだ。

 あんたには、そう言う立派な父親から何かしらの良い影響を受けて育ってくれているんじゃないかと期待をかけてたんだけどな」


 まあ、結果は……。

 レティシアは、目元を羞恥に赤らめ、歯を食いしばって屈辱に耐えていた。


「ちなみに、うちの領土では外敵の侵入に備えて丈夫な石璧を建てたり、効率よく土嚢(どのう)を積んだりすることは得意でな。河川の堤防を造る上でそうした技術を役立てられるのではと申し出た」


 この時点では、ただの技術支援なのだから、わざわざ結婚する必要はないと思っていた。

 だが、厄介だったのは俺の立場である。

 辺境伯は、国王の名の下で動く軍部とは別に、自領で有事の際に動かせる私兵を抱えることが許されている特殊な爵位だ。国防の要となるため、時に侯爵位以上の権利を許されることがある一方で、行動は常に監視され、力を持ちすぎると叛意を疑われる。


 さて、ディラム領に堤防を造るための技術支援をするには、その技術に精通した人材の派遣は不可欠であろう。土嚢や石壁の建造に精通している人間ーーそう、辺境伯お抱えの兵士たちである。

 もうお分かりだろう。

 傍目から見たらこれ、ディラムに侵攻してるように見えるんじゃね?と、俺も気付いたわけだ。単なる善意の行動のつもりでも、誤解を受けたら大惨事である。

 加えて、ディラム領の地理も最悪だった。上手い具合に辺境のカークランド領と王都を繋ぐ最短の街道に面していたのである。


「ディラム伯に恩を売っておいて、いざという時に王都へ攻め入る足掛かりにするつもりでは、なんて邪推されてみろ。俺はまだ数ヶ月前に領主になったばかりの若造だし、あらぬ疑いをかけられて力を削がれたら他領に支援している場合じゃなくなる」


 そこで、先手を打つことにした。

 ここで出てくるのが支度金である。


「この婚姻自体が俺の支援が曲解されないためのカモフラージュなんだよ。更に、支度金を払うとこでディラムに金銭的支援もできる。

 だがそれより重要なのは、支度金が辺境伯の資金から捻出されるってことだ。資金力が落ちれば、俺が他領か王都に攻める余力はなくなるからな。

 幸い、あんたは自他共に認める美貌の持ち主だろ?おかげで美女欲しさに身銭(みぜに)を削ったんだと世間に思わせることができた」


 それに付随して、俺が女好きのボンクラかのように陰口を叩かれるのはいただけないが。

 俺はひとまず言いたいことを言い切って、自ら紅茶のおかわりを注いだ。話の途中で怒ったり悔しがったりと忙しそうだったレティシアは、今は茫然とした顔で黙り込んでいる。


「……それで?婚約解消だって?」


 こうなれば、俺にとっては願ってもない申し出だが。

 レティシアの肩がびくりと跳ねる。俺は紅茶のカップ越しに彼女を見据えた。


「少なくとも堤防を造る目処が立つまでは、婚約解消する気はない。痛くもない腹を探られるのも不愉快だから、あんたに惚れているポーズも続けさせてもらう」


 いくらレティシアが領地のことに関心が薄く、自分でも顔しか取り柄がないと言うほど中身のない、現在進行形で浮気までしているとんだ事故物件だったとしても、俺のやることに変わりはない。自分から申し出た支援を、何の問題も解決しないまま取り下げるのはいくらなんでも無責任だと思うからだ。

 目処(めど)が立ったら、レティシアの申し出通り、彼女の不貞を理由に関係を解消したら良い。その前に、伯爵領から穏便に兵を回収する必要もあるな。逆上して何かするんじゃないかと思われても嫌だし。

 婚約解消に向けて早くも算段をつけ始めた俺を尻目に、レティシアは美しい瞳が溢れんばかりに目を見開いた。


「どうして……?」

「何が?」

「どうして、そこまでするの?……わたくしに、そんな価値……」

「嘘だろ、話聞いてた?」


 ツッコミ待ちだと言ってくれ。

 しかし、レティシアはそれ以上反応を返すことなく俯いてしまった。マジか。


「……レティシア嬢も突然色々なことを言われて混乱しているでしょう。また後日出直します」


 レティシアのヒロイン発言に戦慄した俺は、思わず敬語に戻るほど動揺していたが、取り()えずこれだけ言ってその場を辞した。



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[一言] レティシアは、父親にバレたらブッ飛ばされるな。
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