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婚約は契約のおまけ

 カークランド辺境伯を数ヶ月前に継いだばかりの俺ことライゼル=イース=カークランドには、つい先月婚約者ができた。それがレティシア=エル=ディラム伯爵令嬢。

 絹のようにきめ細かな白い肌、艶のあるブロンド、均整のとれた目鼻立ち、エメラルドを思わせる瞳がとりわけ美しい。昨年デビューを飾ったその日から、社交界中の話題をさらった絶世の美女である。

 彼女の父は伯爵であるけれど、祖母は王家とも縁のある公爵家から嫁いできた人ということで、血筋も言うことはない。しかも、彼女の祖母の生家であるスレニル公爵家とも関係は良好で、スレニル公爵の嫡男とは、いわゆる幼馴染の関係にあるのだとか。


 さてさて、俺の心を誰かが覗けるとしたら、そろそろ突っ込みを入れたい頃合いだろう。


 そう、この幼馴染というのがあの間男、アルラント子爵である。

 この男がまた大層な美貌の持ち主で、癖のない濡羽色の髪に、レティシアと揃いのエメラルドの瞳、顔立ちは女顔ではないが男臭くもないという絶妙なバランスで、芸術品のような趣さえあった。あまりに整っているので近付き難くもあるが、どこか妖艶な色香もあって思わず手を伸ばしたくなるのだと、彼について語る人間は男女問わず熱に浮かされたように宣う。

 レティシアの容姿は彼女の祖母の若い頃に似ていると言うから、スレニル公爵家とは美形の血筋なのだろう。


 しかし、残念ながらこの人並外れた美貌の持ち主たちは、大事なネジが数本抜けているようであった。

 俺としては美人より、話の通じる常識人を娶りたいところだが。けれども、それとこれとは話が違うのである。


「――婚約、解消……ですか」


 例の不貞現場を目撃した2日後。王都にあるディラム伯爵邸へ足を運んだ俺を待っていたのは、いつもの庭園でのティータイムと、顔色の悪い婚約者からの非常識な申し出だった。

 紅茶と茶菓子を出したメイドが、レティシアの指図でささっと退散し、早々に二人きりにされたので妙だとは思っていた。俺は頭を抱えたくなる気持ちを我慢して、何とか言葉を絞り出す。


「それは、先日の件と関係が?」

「……ええ」


 先日の、とは言わずもがな、あの不貞の件である。レティシアは気まずそうに頷いた。俺はどう話を運んだものかと思案しつつ口を開く。


「それで、私と婚約を解消して、それからどうなさるおつもりですか?」

「どう……?」


 えー……まさか「なーんにも考えてませんわ」とか言わないよな?


「この婚約は、そちらのお父上からの打診があって成立したものだと言うことはご存知ですよね?」

「ええ……ですが、わたくしは……ライゼル様を裏切って……クラト様と……」

「そのことでしたら、別に構いません。彼との間に婚外子ができても、穏便に解決する手段はいくつかある」


 わかりきったレティシアの言葉を遮り、俺があっけらかんと「結婚した後ならともかく、婚前の色恋沙汰はご自身が不利益を被らない範囲でご自由にどうぞ」とまで言い放ったので、彼女は絶句していた。


「そうではなく、私との婚約を破棄するということは、婚約と同時に契約した伯爵領への支援も白紙に(かえ)るということですよ。それをわかっていらっしゃるのか?」


 言いたかないが、レティシアの父親が運営するディラム伯爵領は深刻な財政難だ。伯爵領は豊かな農耕地を有しており、これまで税収に困ったことがない恵まれた領地だった。ところが一昨年、未曾有の大雨で農耕用の大河が氾濫し、収穫期が近付いていた畑を(ことごと)く押し流してしまった。全く収穫が無くなったわけではなかったが、毎年のように得られていた税収は当然期待できない。

 しかも、被害の広さを考えれば元の収入に戻るまでには早くて数年はかかると考えられた。ディラム伯爵は必死に金策に走り、作り慣れていない借金を早急に返済すべく投資事業に手を出した。

 そしてまあお察しの通り、これが良くなかったわけだ。まずいところに金を()ぎ込んで、大損をして、負債は更に膨れ上がった。

 そうなると、打てる手は限られてくる。結婚によって他領から支援を受けることも手段の一つ。幸いディラム伯爵には、絶世の美貌を持った娘がいた。


 この美女が俺の婚約者に収まるまでにはこういう経緯があったわけだ。

 だから、俺と婚約を解消するということは、伯爵領を再び窮地に落とすことになるわけで、それをこのお嬢さんはどこまでわかっているのかと、その確認のために聞いた。

 レティシアは呆気に取られていた顔から一転、さっと顔を強張(こわば)らせ、戦慄(わなな)く唇でこう言った。


「わたくしを……脅すおつもりなの?」


 はぁ……?


 脅す?一体何のメリットがあって?……もしかして、なにか?俺が実はこの女に横恋慕していて、弱みをちらつかせて恋人と引き離し、無理矢理妻にしようとしているとでも思っているわけか?

 いや、どこの悪徳代官だよ。


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