■エピソード384 支えてやるから
−−警視庁本部庁舎
出勤した3人がエレベーター前で待っているとドアが開くなり森田が慌ててエレベーターから飛び出してきた。
「何かあったんですか?」
「竜創会と激竜会の奴との間で発砲事件があったらしいんだよ。幸い死傷者は出てないらしいが事が事だからな。様子を見に行ってくる」
「いつ起きるか分からないんじゃ不安ですね」
「全くだ。お目付け役が欲しい、いっそ事務所に交番置きたい位だ。じゃあな」
そう言い残して森田は走って出ていった。
−−変死体発見現場
オフィスに入るなり伊吹係長から指示が出て、和司達は変死体が発見されたという現場に向かった。首都高の高架下にある駐輪場に遺体は仰向けに倒れていたらしい。赤色灯を乗せて緊急走行させた車は制服警官の誘導で現場横の道に停車させた。警察関係者の車を停車させるスペースとして反対側の車線と併せて二車線占有している。先の方では交通課の警官が一般車の誘導を行なっていた。
「ヘアキャップと靴カバーは?」
「ダッシュボードの中に入れてるよ」
「ちゃんと腕章は持ってきてるな?」
「忘れてないよぉ」
和司と弘也のナスティ教育は今日も続く。ヘアキャップにマスク、白手に靴カバー。左袖には"捜一"と書かれた腕章。現場に入る時の必須アイテムを一式身に付けたのを確認して車を降りた。
現場を見渡すと首都高の高架下にある駐輪場の隅にフェンスで区切られたスペースがあって、そこが喫煙所になっているらしい。辺り一面に血の跡が広がっている。すでに鑑識の足痕採取は終わっており、黄色い歩行帯が敷かれていた。3人はその上を歩いてブルーシートで囲まれている喫煙所の中に入った。中では倒れていた方角、フェンスや吸殻入れからの距離を調べ終えてグレーのシートに移された遺体の検視を久保田検視官が行なっていた。3人はそこで手を合わせた。
「死後硬直は確認されるも下肢にまでは及ばず。死後8〜10時間は経過している。下腹部左に刺傷。切傷口の幅42mm。刃がどの位の深さまで刺さったのかは司法解剖しないと何とも言えないがこれが致命傷だろう。右手に複数の防御創。他に目立った外傷はなし。死因は出血性ショック(出血多量)による失血死。周辺から刃物らしき物は発見されてないし、ためらい傷の類も確認できない点から見ても他殺に間違いない」
「ためらい傷って何ですか?」
初めて聞く言葉にナスティは耳をピクンとさせた。久保田は両手で刃物を持った様なポーズを取って自分の腹に刺すフリをして見せた。
「自殺しようとした時に致命傷に至らなかった創傷の事だよ。まるでためらいながら傷付けた様に見える事からそう呼んでいる」
「刃幅が42mm位であれば真っ先に思いつくのは三徳包丁だ」
「じゃあ刃渡りは短ければ16cm、長くても18cm位ってところかな」
現場が喫煙所となると真っ先に思いつくのはマナーについてのトラブルだろうか。しかしそれならその場にいた喫煙者全員が対象になるのだからもっと被害が出ているはずだ。この被害者だけに的を絞った理由が他にあるはずだ。
「身元が分かる遺留品は出ましたか?」
鑑識課の斉藤の所に行ってみると遺留品がトレーの上にまとめて集められていた。それらが1つ1つ入れられたポリ袋を上から順に目で追った。
「財布にスマホ、名刺入れ、免許証にタバコとオイルライターか・・・」
タバコはボックスタイプに見えるがフィルムは付いておらず、血痕のせいで箱の表面が滲んで銘柄までは分からない。そっちの観察は諦めて和司は名刺入れから1枚名刺を抜き取った。
「志葉商事営業部・・・岩田 隆。商社マンね」
「遺留品にタバコの箱はあったんだからマル害がここでタバコを吸っていた可能性は高いな」
話をしている横で鑑識の捜査員達が吸い殻入れの中に入っている物だけでなく、周辺に落ちている物まで採取している。採取した吸い殻を全てDNA鑑定すれば被害者が吸っていた物が出てくれば事件発生時の状況が見えてくるし、もしかしたら犯人が吸っていたタバコまで見付かるかもしれない。
「久保田さんが他殺って断定したのなら捜本が立つな。最寄署ってどこだ?」
和司のいつもの質問に弘也はハッキリとした滑らかな口調で答えた。
「聞いて驚くな。新都署だ」
−−新都警察署
古巣に戻ったとナスティは意気揚々と中に入った。その後を和司と弘也が続く。
「久々の新都署だし、課長に挨拶行ってこないと」
エレベーターのボタンを押そうとしたナスティの手を和司は止めた。
「ダメだ。今のお前はここの刑事じゃない、部外者だ」
「部外者だなんてヒドい。私ここにいたんだよ」
「そう、今のナスティの所属は新都署の刑事課じゃなく本庁の捜査一課だ。本庁の刑事といえど捜査資料を勝手に見られちゃ困るからな。特別な用でもない限り中に入れてはくれないだろう」
「そんなぁ」
「大丈夫だよ。捜本で会えるさ」
ガックリとするナスティの肩を弘也は叩いて会議室へ向かった。
会議室の入り口に貼られた戒名は「首都高高架下会社員殺人事件」。ナスティにとっては見慣れた、和司と弘也にとっては「湯沼公園女子中学生殺人事件」以来入る会議室だ。すでに新都署の刑事達は集まっている。その中に弘也が言った通り田崎課長の姿もあった。ナスティは小走りで田崎の所に駆け寄った。
「課長!お久し振りですっ!」
「ナスティ君、元気そうだな」
「田崎課長もお変わりなく」
軽く挨拶を済ませたナスティはその横にいた山口にもついでに声を掛けた。
「山口さんもお久し振りです。元気でやってますか?」
山口は疫病神が来たとばかりに露骨に嫌な顔を見せた。器が小さいなぁ、とナスティの後ろで和司と弘也はうなづく。そうしている間に配置班長が次々とペアを決めていっている。
「春日・山口班はマル害の現場周辺の聞き込み」
「「はい」」
先に弘也が呼ばれたという事は今回組むのは和司の方か。呼ばれる前からナスティは大きく溜め息をついた。
「前川・バートニック班は勤務先への聞き込み」
「はい」
「はい・・・」
ローテーションで決まっているのだろうか。また変な捜査をしなければいいのだが。
−−弘也・山口班:現場周辺
現場検証の時に辺り一帯を見回したが、駐輪場に防犯カメラは付いてなかった。付近の店の防犯カメラ映像について聞いてみると、それぞれが契約している警備会社で保存しているらしい。大きく分けて3社。すぐ捜査本部に連絡を入れて他の班に死亡推定時刻前後の映像の確保に向かわせた。
「ここらで一旦休憩しようか」
炎天下の夏。外を歩き回ってるせいで二人共汗だくだ。この季節でも刑事達はジャケットを着て仕事をしないといけない。警察手帳を入れておく必要もあるが、拳銃を持っているかもしれないという心理的効果を与える目的もある。弘也達は近くのコーヒーショップに入った。店内の中央にある大きな円形のテーブルに2人は並んで座った。
「ふーっ、生き返るな」
エアコンの冷気に弘也はリラックスした様子を見せる。対する山口はずっと下を向いたままだ。
「・・・手柄を挙げられないのが悔しいか?」
弘也は山口がナスティを目の敵にしている理由を田崎課長から聞いていた。いつも犯人の近くにいながらナスティが逮捕し続けていた事を。
「そりゃ悔しいですよ。後輩が先に本庁に異動になってるんですから」
「そっか」
「春日さんは所轄時代はどうだったんですか?」
「俺は目の前にある事、自分に与えられた職務を全うするのに必死だった。本庁の刑事に怒られながらもね。手柄がどうとか考える暇なんかなかった」
「与えられた職務、ですか」
「犯人を挙げる、そりゃ捜査員全員に与えられた使命だ。けどそこに至る過程を作り出すのは捜査員1人1人に与えられた職務の積み重ねでできている。捜査はチームワークが基本。持ち帰った情報を元に新しい職務を与えられてまた情報を収集する。そうやって1班ずつ持ち帰った情報を積み重ねて犯人を絞り込んでいくんだ」
弘也は山口の背中を叩いた。
「全力でやれ。支えてやるから」
「はいっ」
山口はまるで付き物が取れたかの様な表情を見せた。
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