エピソード381 一番困るのは誰だと思う?
−−弘也・ナスティ班:西新宿署地域課
弘也は昨日頼んでおいた調書が見付かったかどうか確かめに制服警官達がいる地域課を訪れた。
「どう?見付かった?」
「はっ。何点か該当する調書が見付かりましたのでこちらにご用意しました」
その警官は立ち上がって敬礼した。ガチガチに緊張しているところを見るに本庁の刑事と会うのは初めての様だ。
「そんなにかしこまらなくていいから」
平積みされた調書を2人で手分けして開いた。
「3月14日11時56分、三丁目路上で言い争い。片方は石井 健一 。もう片方は新井 富夫、竹中 泰宏の2名・・・」
「その2人の名前ならこっちにも出てきたよ」
「この言い争いの内容は?」
「申し訳ございません。私にもそこまでは・・・」
「だよね」
確か新井 富夫は前科者リストに載っていた。過去に暴行の容疑で逮捕されている。とすると事件発生後に店から出てきたもう1人の方は竹中 泰宏の可能性が高い。
「ヒロ、捜査本部に戻って竹中が前科者リストに載ってないか調べてみようよ」
ナスティの提案に弘也は首を横に振った。
「それならとっくに凶器から検出された指紋と照合してるはずだよ。結果がでなかったって事は前歴者じゃない」
借りた調書を持って捜査本部に戻った弘也は管理官の江崎に竹中 泰宏について調べる様、進言した。
−−和司・倉持班:新宿二丁目
二丁目で聞き込みを続けていた和司はラーメン好きな女性(男性)から話を聞く事ができた。客ともラーメンの話をよくするらしい。その中で気になる話が出た。
「腱鞘炎?」
「もう手打ちなんかできない腕になってたらしいわ。製麺所との打ち合わせも大詰めまで進んでいたとか」
「それで製麺所の見積書があったのか」
「それでも結構試作品を重ねたらしいわよ。あの人らしいわね」
「そうですか。お時間頂きありがとうございました」
「今度うちの店に遊びに来てよ」
「時間があったら是非」
行くつもりは全くないのだが、社交辞令だけ述べて2人は店を出た。和司は考え込んでいた。麺の手打ちをやめる件についてだ。
「手打ちできなくなって一番困るのは誰だと思う?」
「製粉所でしょうか?」
「う〜ん、やっぱそうなるよな〜」
取引先の1つを失った位で殺害に及ぶとは到底考えられないし、そんなに大口の顧客とも思えない。和司は捜査本部にいる神園に連絡を入れてノートパソコン内に製粉所との取引履歴がないか探してもらう事にした。
−−春日・ナスティ班:新宿ラーメン組合
2人は被害者の店が移転する話について詳しく聞く為に再びここを訪れた。事務机に座っている組合長は相変わらず暇そうにネットを見ていた。
「またお邪魔してすみませんね」
「いいよいいよ、こっちは暇だったんだから。また田所さんの件ですかい?」
「はい。あの店がどこに移転しようとしていたのか思い出した事がないかと思って」
「そうそう、思い出したんだよ。丸の内が第一候補だったかな。次が神保町、品川」
「全部ビジネス街ですね」
どうして急にビジネス街なんかに移転する気になったのだろうか。客の相手をビジネスマンに集中させようとしていたのか。
「ところでこの人物について心当たりはありませんか?」
ナスティはタブレットで前科者リストにあった新井の写真を出した。組合長は掛けていた眼鏡を上にやってタブレットをじっと見つめた。
「あぁこの人だよ。いつも一悶着起こすのは」
「それは田所さんの所以外の店でもですか?」
「そうだよ。行列に並んでいる時にバッグだけ置いて他の場所に行ってさ。戻ってきてバッグ置いてたんだから順番は俺達だの騒いでさ。あと自分が気に入らなかった店には金を払わないとか。店主が文句言っても脅し掛けたりしてさ」
「それは酷いですね。警察沙汰になったというのはその件ですか?」
「だろうね」
それはひどい話だ。それでも被害者の店では金を払わないという噂は耳にしなかった。行列の問題は脇に置くとして、少なくとも被害者、田所 隆の店はお気に入りだったらしい。
−−和司・倉持班、弘也・ナスティ班、近くのコインパーキング
4人は情報交換してもバレない場所に集まった。壁に沿って並んで座って缶コーヒーを飲みながら話をしていた。
「あのラーメン屋は手打ちをやめて製麺所に麺を作らせるつもりだったらしい」
「手打ちをやめる?」
「腱鞘炎になってたんだよ。遺留品の中にあった診察券の病院に行って確認した。そっちは?」
「ガラが悪い客の中に新井 富夫って前歴者がいただろ。そのせいなのか、そういう客から逃れる為に店名を変えて丸の内や神保町、品川辺りに移転する計画があったらしい」
「店を移転する計画をしていた?何の為に?」
「そこまでは掴んでないが、客層を変える目的もあったんじゃないか。ビジネス街ならまともな大人達が集まるだろ」
「しかも麺を変えるにはいいタイミングだね」
「ちょっと聞いてみるか」
立ち上がった和司は名刺を出して週刊グリム社会部記者の向井に連絡を入れた。
『特ダネですか?』
電話に出た第一声がこれだ。和司からの電話だと分かったという事はあの汚い字で書いた番号を見抜いて電話帳に登録できたという事だ。侮れない女だ。
「ちょっと聞きたいんだけどさ、おたくの出版社で最近ラーメン特集を組んだ事は?」
『特ダネじゃないんですか・・・』
耳からスマホが離れる音が聞こえた。電話を切るつもりだ。
「わー!ちょっと待て。確認した事が事実なら教えるから!」
『本当でしょうね?』
「ホントホント」
『半月程前ですかね。確か女性誌に特集を載せてました。でもそこに”中華麺たどころ”の記事は載ってませんでしたよ』
「載せてない?名店なのにか」
『あそこガラの悪い常連客がいるって噂があるんですよ。女性向けの雑誌だから今回の特集には入らなかったんじゃないですか?』
そういえば行列を作っている客との間でトラブルが絶えない、いつまで経っても席を立たない客がいるという悪評があった。組合長から聞いた話ではそれが新井だったと聞くが、竹中も一緒にいた可能性は高い。
「移転するって話は出ているか?」
「あ〜そんな噂も耳にしますね。ビジネス街を狙ってるとか。さて、取引ですよ。特ダネくださいっ』
「”中華麺たどころ”で殺人事件が発生した。以上!」
電話の向こうで”あっ!ちょっと!”という声が聞こえたが、和司はお構いなしに電話を切った。
「お前、女との約束位守れよ。信用なくすぞ」
横で話を聞いていた弘也が呆れた面持ちで和司を見上げた。
「この程度で引き下がる様なタマじゃないよ、あいつは」
全くこいつときたら、と呆れながら弘也も立ち上がった。
「ヒロ、どうする?」
「引き続き聞き込みを続ける。しかし今度は新井 富夫と竹中 泰宏の話も含める」
「うん」
「私達はどうしますか?」
「ヒロ達と同じく別の場所で新井と竹中に付いて聞き込みを続けよう」
2班はそこで別れてラーメン街に戻っていった。
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