魔法学校の怪<9>
──和司:学生寮
「211号室は・・・っと」
和司は教師から教えてもらったタリアの部屋番号を頼りに学生寮の階段を登っていた。
「ん?」
一瞬、壁から光の反射の様な物が目の端を走った。思わず壁の方を向いたが、そこには何もない。ただの壁だ。
「・・・・・・気のせいか?」
首をかしげながら階段を上りきったところでまた反射が。しかし壁には何もない。
「んー・・・」
髪をクシャクシャかきながら和司は211号室へ向かおうと廊下を歩き出した。その瞬間、和司の両手が一気に動いた。
「そこだ!」
和司がキャッチしたのは壁に出現した鏡。
「きゃあっ!!」
鏡の向こうから女生徒の甲高い悲鳴が聞こえてきた。
「・・・タリア・ミューレンだね?」
和司が鏡に向かって優しく問いかけると、その中から恐る恐るタリアが顔を出してきた。
「どうして私って?気付いてたんですか?」
「俺が君の部屋に向かっている最中、何度も光の反射を感じていた。きっと鏡で見られてるんじゃないかと思っていた。ハルカがそうだった様にね」
ハルカの名前を聞いた瞬間、タリアの表情が強張った。
「部屋で少しお話させてもらえないかな?」
「・・・部屋じゃなきゃダメですか?」
「だって君の部屋だろ?」
タリアは鏡の枠を掴んでいた手の力を強めた。
「あそこは嫌い・・・。相部屋だし・・・」
「じゃあここででもいいけど」
和司の言葉にタリアは思わず両手をパタパタさせた。
「あわあわ、人に見付かったらそれこそ大変です。・・・私の世界でなら」
「私の世界・・・。せっかくだからお邪魔させてもらおうかな」
「では、お入りください。窓から出る様な感じですので」
タリアが鏡の向こうへ消え、和司もその後に続いた。二人の姿が見えなくなると、鏡は壁の中へ吸い込まれる様に消えた。
鏡の世界に入った和司は、しばらくタリアの身の上話を聞く事にした。
「私に魔法の才能なんかないのにお父様がどうしても、って無理矢理ここに入れられて。講義も実技もあまり上手くいかないから皆にバカにされて・・・。本当は魔法の才能なんてないのに・・・。どんなに努力しても上達しなくって・・・」
「人間はそこまで無能にはできちゃいないさ」
和司は立ち上がり、白い霧に覆われた鏡の世界を見渡した。
「人にはそれぞれ過ごしてきた記憶や抱いてきた感情がある。時には魔法を使ったという体験もあるかもしれない。そういう物が一人一人の個性を形作ってるんだ。それが見えない形で才能という一つの結晶になる事もある」
「それが才能・・・?」
「君にどんな才能が眠っているかは分からない。それは鏡の魔法かもしれないし、魔法とは別の何かかもしれない。だけど、それを探すのもまた努力なんじゃないかな」
和司は足元へ視線を落とした。左右が反転した世界が、白い霧の向こうまで続いている。
「この世界を作り出したのは君の努力の証なんじゃないかな?あるのかもよ、隠れた才能がね」
「・・・アデル先生も、同じ事を言ってくれました」
和司はタリアへ視線を戻した。
「アデル先生が?」
「はい。私がこの世界に入るところを見られてしまって・・・。怒られると思ったんです。でも先生は、こんな魔法は見た事がない。すごい才能だって」
「それから先生に教わる様になったのか?」
「私一人では自分が中へ入る事しかできませんでした。外の様子を見たり、他の人を入れたりできる様になったのは、先生に資料を見せて教えていただいてからです」
「なるほどね」
和司は鏡の世界をもう一度見渡した。
「君は今朝、アデル先生と一緒だったらしいね。先生はその間、ずっと君の見える所にいたのかな?」
「いえ・・・、ベアトリス先生と話したい事があるからって私に鏡の世界を作らせてからしばらくは離れてました」
「君は?」
「こっちで入口を維持していました。話が終わるまで誰も入れない様に言われて・・・」
「アデル先生が戻ってくるまで、どの位掛かった?」
「時計を持っていなかったので、正確には分かりません。でも・・・30分位だったと思います」
30分。ハルカが姿を消してから戻ってきた時間とおおむね一致する。
「戻ってきたのはアデル先生だけ?」
「はい。先生は、ベアトリス先生が中で研究を続けているから、しばらくしたらこっちに戻す様にって・・・」
「それで、言われた通りにした?」
タリアは唇を震わせながら、うなずいた。
「中を見たら、ベアトリス先生が倒れていました。呼びかけても動かなくて・・・。怖くなって、急いで戻そうとしたんです。でも動揺して、術式を上手く制御できなくて・・・」
「その時、魔法を上手く使えなかったんだね?」
タリアは何も言わずにコクリと首を縦に振った。
「私、先生達の所に行った方がいいですよね?!私が先生を殺したって、言いに行った方がいいですよね?!」
タリアは胸の内を吐き出す様に叫んだ。その顔には、これまで一人で抱えてきた恐怖と罪悪感が滲んでいた。和司は彼女の両肩にそっと手を添えた。
「殺したのは君じゃない。君はアデル先生に言われて鏡の世界を作った。ただ、それだけだ」
「え・・・?でも・・・」
タリアは空気の抜けた風船の様に萎み込んだ。
「この事は俺に任せてくれればいい。悪い様にはしないから」
「私はどうすれば・・・?」
「この世界に隠れててほしい。ただし、誰も入れちゃいけない。例えそれがアデル先生であってもだ」
「はい・・・」
タリアが手をかざすと、白い霧の中に一枚の鏡が現れた。
「この先が、先程の廊下です」
「分かった。迎えに来るまで、ここを開けるんじゃないぞ」
和司は鏡をくぐって元の世界に戻った。振り返ると、タリアは不安そうな顔を残したまま、鏡の向こうへ消えていった。
これでタリアの身の安全は確保できた。後は仕上げをするのみ。タリアに見せていた穏やかな目が、獲物を捕らえんとする猛禽類の目に変わった。
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