旅エルフの災難<7>
──フォンストリート、宿部屋
「じゃあまず・・・」
捜査会議をしようとしたところでナスティアが一番に声を挙げた。
「私ひどい目にあったの!私ね・・・私ね・・・」
「ナスティア、落ち着け。順を追って話を進めよう。カズの方は何か掴めたか?」
「あぁ。被害者の氏名はアルク・シルフィド。職業は薬草学者。第一発見者はマル害が自宅で雇ってる使用人、マヤ・ドミナー。今朝マル害が自宅にいない事に気付いて周辺を探していたら、倒れているところを発見してクエストを出したらしい。彼女の証言では昨夜、森で栽培している薬草を見に行くと言って出かけたのを最後に消息を絶ったとの事だ。ヒロの方は?」
話を振られた弘也は手帳を開いた。
「現場周辺で"何で俺を襲うんだよ?!"って男性の声が聞こえた、という証言が複数出てきた。その前後に何か会話をしていたらしいんだけど、そこまで聞き取れた人物は見当たらなかった」
「それとヒロ、マル害は森の方で薬草の栽培をしていたらしい。しかし靴の裏にはそんな痕跡が見当たらなかったよな。現地に行って確認したい」
「それは構わないけど、もう一つ別の問題が起きた。それが込み入った話の方なんだが・・・。帰りに何者かに襲撃された」
弘也は回収した投擲ナイフと採取した指紋をテーブルに並べた。
「襲撃された?」
「新たに発覚した方に違いない」
「屋根の上からよ?昼間よ?私、もうこの街に安全な場所なんてないの?」
「犯人の顔は見れたか?」
「残念ながら、現場から離れた時には奴は姿を消していた。しかも襲撃してきたのは屋根の上からだ。どちらにせよ、移動の際は警戒を厳にした方がいいだろう」
「それにあのダークエルフよ!一体いつからここに通ってるのよ?!」
「通うって程じゃないと思うんだが・・・」
「その割には、随分親しげに話してたじゃない」
やはりこいつの感覚は侮れない。地獄耳だわ、目はいいわ、直感に優れてるわ。
「なぁナスティア、俺には分からないんだ。エルフとダークエルフの関係ってのが。敵対してるってのは知ってるが、その理由が分からないんだ」
落ち着きを取り戻したナスティアは椅子に座り直した。
「こんな伝説があるの。かつてエルフはエルファリア族という一つの種族だったの。でもある時、光と闇、二人の調律者が現れて加護を授けてくれた。そこで調和と協調を選ぶ者と、終焉と再生を選ぶ者に別れた。加護は子々孫々まで受け継がれ、世代を重ねていくうちに別の種族になった。それが今のエルフとダークエルフってわけ」
「光の加護と闇の加護を引き継いでいった結果、DNAが分化して別の種になったわけだな。だから互いを憎み合う様になった」
「なるほど・・・分からん」
「さっきすれ違った時にバチッて音がしたのもそのせいだね」
「話を戻そう。捜査方針についてだが、マル害の殺害前の行動に付いて特定する。その為に一度森の方に行って、土の鑑定とそこで栽培されている物を押収、それ等の鑑定をマル害の自宅で行う。これでいいな?」
「意義なし」
「じゃあ行こうか」
和司と弘也はジャケットを羽織り、ナスティアは腰掛けていたベッドから立ち上がると、軽く髪を整えた。
──クリエスタ町にある森
坂を降りる途中では全体がよく見えなかったが、奥に向かって長く伸びていてかなり大きい。木々はどれも幹が太く、枝葉が空を覆い尽くす様に交差している。昼だというのに森の中は薄暗く、外の喧噪が嘘の様に静まり返っていた。足元の土は湿っており、踏みしめるたびにわずかに沈む。木の根が複雑に張り巡らされ、場所によっては苔が一面を覆っていた。
「こんな所で薬草の栽培なんかできるのか?」
「こういう環境の方が都合がいい場合もあるだろ。湿度も光も安定してるし」
そんな中、ナスティアだけはしゃいでいる。
「凄ーい。こんな町中に自然な森があるなんて」
「本当に狙われてるって自覚あるんだろうな?」
「そりゃ森エルフなんだからはしゃぐのも分かるさ。地元に帰った様な感覚だろ」
弘也はしゃがみ込み、掌で土をすくって指の間にこすりつけた。
「粒が細かい。腐葉土が多いな。悪くない土だ」
「地図だとあの辺りだけど・・・」
和司がマヤから受け取った地図を開いて、森の奥の一点を指した。
「俺が先に行く。後から付いてきてくれ」
「じゃあ私も」
「ナスティア、少し待て」
「何で?」
「ヒロに足痕の採取をさせたいんだよ。マル害・・・直近で被害者がここを通ったかどうか調べさせるんだ」
「ふぅん」
弘也はスマホの定規アプリで足跡を計り、撮影した画像と見比べながら歩を進めていく。時には側の草を抜いて、枝で自分の足跡と深さを確かめながら。
「あれ何やってんの?」
「足跡の大きさから体重を推測して、この土にどの位沈むのかを調べてるんだ。検視の時に靴裏の写真を撮ったから足跡の形も大体分かるしな」
薬草畑の畑までたどり着いたところで草を捨てた。
「大丈夫だ。マル害は確かにここを通っているけど、昨夜じゃない。少なくとも2〜3週間は経過してる」
湿った空気の中、三人の靴が地面を踏む音だけがわずかに響く。昼だというのに森の奥にはまだ薄い霧が漂っていた。
「じゃあこの辺調べるから見張り立ってくれ」
「俺は上の方を見てるから、ナスティアは下を見てろ」
「守られるの私よ。何で見張りやんなきゃいけないのよ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「俺とヒロの間にいろ。ただし下は見張っておけよ」
「分かってるよ」
ナスティアは不満げに唇を尖らせながらも、視線を落として地面を見回した。和司は斜面を少し登った所で立ち止まって森の奥を見つめた。弘也と向かい合っているナスティアは後ろを振り返って和司の方に目をやった。
「ねぇヒロ、あの人大丈夫?ずっと突っ立ってるだけだけど」
「周りに気取られない様にしてるんだ。目だけは常に周囲を目で追ってる」
「何であんなの信用してるのよ?」
「気付かないか?あいつ、今凄い集中力を発揮してる」
「そうは見えないけど・・・」
しばらくの間、沈黙が続く。弘也は栽培されている薬草を一つ一つ観察しながら種類がどの位あるのかを確かめている。枝葉が風に流され、鳥達のさえずりだけが辺りを柔らかく包みこんでいた。
「!」
和司は感じた。森の奥の方で自然の物とは思えない違和感を。次の瞬間、金属が空気を裂く音と共に投擲ナイフが飛んできた。
「危ないっ!」
和司は反射的に地を蹴り、ナスティアと弘也に覆いかぶさる様に飛び込んだ。三人の所に飛んできたのが三本。弘也は和司を受け止めると、すぐに上の方に視線を移した。
「次は・・・来なさそうだな。カズ、もういいぞ」
弘也の言葉に和司は言葉を発さずに首だけ縦に振って立ち上がろうとしているが、歯を食いしばっている様に見える。和司の脇から出てきたナスティアは悲鳴を挙げた。
「ちょっと!刺さってる!あなた背中に刺さってる!」
「え?」
弘也が和司を支えながら背中を見ると投擲ナイフが背中に深々と刺さっている。
「こんなのかすり傷だ」
「そんなわけないでしょ!ちょっと待ってて!」
ナスティアはポーチから小瓶を出した。
「ちょっと痛いけどガマンしてね!」
ナスティアが投擲ナイフに触れようとした時、和司は背中を外らせた。
「待てナスティア・・・。ヒロに抜かせろ」
「こんな時に何言ってんの!」
「大事な証拠品だ・・・。下手に指紋付けるな・・・」
「よし、カズ。行くぞ」
弘也は投擲ナイフにハンカチを巻いて引き抜いた。"ぐっ"という和司のうめき声が漏れたが、ナスティアはすぐに瓶の口を開けて傷口に流し込んだ。傷がみるみるうちに塞がっていく。ただし、服だけは裂けたままだが。
「ごめんなさい・・・私あなたの事をずっと・・・ずっと・・・クズだって思ってて・・・」
「クズじゃない・・・カズだ・・・」
「あんたバカだよ。バカズだよ!」
「ひどい言い様だな」
「カズが盾にならなかったら危ないところだった」
弘也は周囲の木々に刺さった投擲ナイフも引き抜いた。
「こいつの指紋も採取して、最初に襲撃してきた奴と同一人物か割り出そう」
「念の為、周囲の足痕が残ってないか調べてみよう。後は・・・」
弘也は植えてある薬草を一通り見回した。
「この薬草をどうやって鑑定するか、なんだけど」
「簡単な事さ」
和司は薬草の根っこを掴んで引き抜いた。
「マル害の自宅に現物持ってけばいいんだよ」
「そりゃそうだが、もう少し丁寧に扱えよ」
弘也はぼやきながらも葉の色や茎の太さを確かめながら、種類ごとに丁寧に引き抜いて布袋へと詰めていった。最後の一株を抜くと、手に付いた土を払って振り返った。
「ナスティア、これ持って待ってろ」
「え?何で?」
「俺達はこれから足痕の採取で左右に散らばる。しばらくは襲撃されないだろう。ここで待ってろ」
「嫌よ、私も行く」
「どっちに?」
「・・・カズの方」
「一気に株が上がったな」
霧が少しずつ濃くなり、遠くの木々の輪郭が霞んでいく。和司とナスティア、弘也は薬草の栽培地から左右に別れた。
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