第八話 掟
第八話 掟
耳を疑いたくなる一言。今まで戦ってきた根底がひっくり返る様な一言に思考が追いつかない。
『俺らの事を騙してるってどういう事だよ』
そんなのは無視して、智が更に口を開く。
『お前は戦っていて違和感を感じなかったのか?日本に侵攻してきた奴らは蜘蛛やでっかいミミズ見たいな奴らで身体を切断したりすると紫色の瘴気が吹き出しだし、息絶えると完全に消滅した。なのに、こっちの世界で俺らが戦ってきたやつらは切ると血を流し、亡骸も残る。この時点で違うのに、誰も疑問に思わなかったのかよ?』
『私達の殆どは、魔物から日本が襲撃された時、シェルターに居て...』
膝裏まで伸びた真ん中分けの青い髪を僅かに震わせ、鉄製の黒い弓と白羽がをあしらった矢を携え、全身を分厚い革でなめした装備で身を固めたあどけない少女が口を開く。周りには障壁を張り様子を見ていた者達が集まって来ていた。
『そうか。だからシェルターに避難していた資産家の家系の子が集められたのか。って事は餌を撒いた異世界局の代表もグルかもなー!!』
挑発的な態度で更に口を開く。
『説明して貰ってもいい?私達は東京とエルタネ公国を脅かす魔物を倒した。その認識すら違うの?』
巳波が確認する様に唇を動かす。先程までの歓喜はなくなり、静かに動揺が広がって行った。
『エルタネ公国、リーム王の言葉を信じるならそうなる。だけどな、今はエルタネ公国なんてもの存在しないんだよ?』
優しく諭す様な透き通った声。その声とは裏腹に語られた真実は耳を疑うものであった。
視界の端が白くなり世界が勢いよく色あせる。人は自分の理解が超えた事が起こると思考を止め、急速に時間の進みが遅くなった様に錯覚する。荒波のなかで一人ぼっちで取り残された様な感覚が肌を突き刺さす。
『どういう事だよ。国がないなんて。何でお前はそんな事知ってるんだよ。』
魔法使いのローブに身を包んだ先程と同じ男がやっとの思いで智に質問を投げかける。智の胸ぐらを掴み今にでも襲いかかりそうな雰囲気だ。
『お前らが序盤のダンジョンに挑んでいるときにエルタネ公国があるとされる場所まで言ってきただけだ。建物は黒く焼け焦げ抵抗した人骨には貪られた跡があった』
掴みかかっていた手をゆっくり解き、血だらけの腕を下ろす。
『俺はな、あんた達みたいに首都の出身じゃないし、学だってない。ただ侵略してきた魔物に殺された友達の真相を知り、間違いを正すために来た』
『じゃあ、お前は友達の仇を取りに来ただけなのかよ。正気の沙汰じゃない。それに、俺たちの得点も嘘なんじゃないのか!?』
拳から完全に力を抜き、膝を折り、こみ上げてくる吐瀉物を抵抗も虚しく吐き出す。
実績を出した際の特典目的で集まっているからこそその過程は正義でありたいと願う。死んで家族の為になってこそ意味があると考える人も少なくはない。しかし、何の見返りも求めていない奴が命がけの戦闘を行い勝利した。その事実を受け止める事ができない。体が拒絶するのだ。
『三つ教えて。私達は身元を確認され、一応試験を施された上でこちらの世界に転移した。だけど、資産家の思惑が交錯する中で学もないただの一般の子が試験をパスできるはずがない。さっき公国が私達を騙しているって言ってたけど公国の目的は何?それに、こっちの世界で何も知らない人が生き残れるとは考え難い。一体どうやって情報収集したの?』
巳波が自慢のブロンドヘアを麻紐で束ね、ポニーテーを作りながら問う。しかし、それはこの中の誰もが聞きたい事であった。
『俺の事を気に入っている資産家のじじいがいるから、そのじいさんの養子って扱いできた。後、公国の目的はあれ。』
火柱を煌々と挙げていた飛竜との戦闘跡を指差す。その途端、火が小さくなりラグビーボール程の一つの白い卵が横たわる。
『元々あの飛竜はエルタネ公国を作った創生を司る聖獣だった。でもある時、リーム王が力を求め束縛し、隣国を侵略しようとして怒りを買い、多くの国民諸共国が滅ぼされた。だから俺たちでアイツを殺し、死に戻った飛竜を産まれさせ、最初に見た者を親だと擦り込ませ隣国を支配するんだとよ。流石の軍事国家でも多くを失った国では倒せない。俺たちの世界を侵略しようとした魔物もリーム王の奴が捕まえたものだ。洗脳し国の混乱に便乗して自分の軍勢の魔物に力をつけさせる為に民を生きている状態で食わせたらしい。そこで新しい労働力を得る為に異世界に使役した魔物をこっちに送り込み、演出しこちら側に呼び込む。それがアイツの狙いだ』
周囲から音が消える。東京の為に戦い紛いものなりにも血を多くのものが流した。東京の為だと思い流した血が根底から否定された。そんな中で音を出せる者など一人も存在しない。
パチパチぱち。
どこからか聞こえる拍手。辺りを見回しても手を叩いている人物など一人も存在しない。
『ドブで育った溝鼠にしては色々と詳しいですねー。一体なぜ、知ってしまったんでしょうか?』
天井の大穴から品のない高い声が聞こえてくる。
振り向いて外からの日光を手で遮り、目を凝らすと、そこには無数の人影が立っていた。
逆光である為詳細には分からないが、何やら天井から洞窟の中へ投げ入れる。次の瞬間、眩い光と共に一人の王とその数十の鎧に身を包んだ様々な体格の親衛隊が洞窟内に姿を見せた。
『ご機嫌よう。異界から来た冒険者の諸君。君たちの働きに感服したよ』
緑色の短髪に赤を基調とした純銀の装飾の入ったローブを純銀製の鎧の上に羽織った痩せ型の男性。声を張り一際存在感を目立たせる。
『おいおい。何だこのしらけた面は。お前らは我が公国の助けがあったとは言え、お前らは勝ったんだ。喜べ』
本来ならばここで場は高揚する筈だが、そんな場合ではない。場には不信感、不安感が広がっていてそんな場合ではない。
『リーム王、一つ進言したいことがあります。宜しいでしょうか?』
智の胸ぐらを掴んでいた魔法隊の隊長が力強く話す。
『確か、秋山と言ったか?魔法長風情が余に意見するなど不敬でしかない。普段ならば指揮長を通し、私に進言するのが筋である。しかし、今は無礼講。なんでも答えよう。』
今になく清々しい表情を向けて言葉を返す。
何を聞く?頭の中が真っ白になり、中身が沸騰する。耳鳴りがし、呼吸が早くなる。
一人の時間がゆっくりと流れ出した。