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異世界調査隊 〜青年達の多種多様な冒険日記〜  作者: ディケー
第一章 冒険の備忘録
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第五話 出る杭

第五話 出る食い



『グォォ』


『おいおい。もう終わりか?たった一人にここまで追い詰められて、世話ないな。』


 身体を魔物と同調させた智の立ち回りは凄まじく単騎で、翼竜を圧倒していた。



 片手剣を正眼で構え、多くの血を流した飛竜を見つめるが、智も肩で息をして、獲物には無数の刃こぼれが刻まれ、体もすでにあちこちが軋み、悲鳴を上げる。



ギュルル



『腹も減ってきたし、そろそろ限界かな。早くタイミング来てくれ。状況は整った』



 腹に手を当て胃をさする。先程飲み込んだ結晶の殆どが体に吸収され、身体強化も長くはもたない。



 様々な魔力を身体に蓄積したと言ってもそれを引き出すには羽や結晶などのアイテムが必要だし、魔法に変換するにも元々自分の体と相性の悪い魔力を変換するとなると効率が悪い。



『グォォォォォォオ』



 今日一番で一番大きい咆哮が辺りに響き渡る。



 一番近づいているせいか、鼓膜が震え、肉が沸騰し、骨が音を立てる。そんな錯覚が身体中を虫の様に駆けずり回った。



 先程までうろちょろしていた生き残りも遥か後方まで退却し、支援系の魔法は愚か、共に戦う人さえ存在しない。



 まだ、身に纏っついる装備品が一級品であればもう少しできた筈だが、今の装備品は紙っぺらとさして変わらない。寸前のところで躱してはいるが、一撃大きな攻撃を受けて仕舞えば一瞬であの世行きだ。



((くるか?))



 首を上げなければ目で全体を取られられない程の巨体が大きく動く。身体を大きく引き、横一線の爪による薙。飛んで回避したものの、抉れた地面の一部が細かくなってあちこちに刺さる。



 そのまま、太い腕を足場替わりに頭を目指して駆け上がる。幸い、幾重にも重なった鱗が引っ掛かりを作り、滑り落ちる心配はない。



『流石にガラ空きだな。』



 上り詰めた肩の部分で思いっきり膝を折り、頭より高く跳躍。頭の上で両手を添えた剣を振り被り、鼻先目掛けて一気に振り下ろす。



ガギィン



 剣から火花が、飛び散り辺り一面に降り注ぐ。



 幾重にも重なる分厚い鱗の装甲を破ることは叶わなかったが、そこからいくつもの風の斬撃が飛竜の身体を駆け巡る。



 そして、当の本人はそのまま落ち、猫さながらの体捌きで難なく着地した。



『危ねぇ。死ぬかと思った』



 顔から血の気がなくなり、青白くなった肌。



 一歩間違えば死んでいたという事実を改めて目の当たりにする。



 それと同時に体の中から湧き出ていた力を完全に感じなくなった。先程から感じていた空腹感が強くなり、どこと無く虚無感を感じるのだ。



『時間切れか。お互いギリギリだな。』



 今にも折れてしまいそうな剣に目を落とし、刀身に目を配る。先程までは淡く緑がかっていた刀身が黒くくすみ、先ほどの勢いは感じられない。



 しかし、これが自分の命を守る生命線であると言う事には変わりない。



『ギャァァァ』



 先程とは打って変わり、身をよじった尻尾での広範囲攻撃。動き自体は比較的ゆっくりであったが、尻尾の先が鋭くしなる。剣を当て、防ぐもギャリギャリと音を立てながら体が大きく吹っ飛ばされた。運良く壁に激突する事なく地面に着地できたが、地面には血が流れていく。



(クソ、体勢を持ち直さないと)



『グォォォオ』



 口を大きく二回打ち鳴らしてのタギング。ブレスの合図。先程の火球は空気の道に一瞬着火し、遠くまで攻撃するブレスの応用技で射程が長ければ長いほど威力は小さくなる。火を吐き続ける広範囲のブレスを0距離でくらえば命の保証はない。



 体に力を込め、震える両足で腰を落として立ち上がる。挙動の一つ一つが身体を抉るように突き刺さる。



『今だー』



 後方の人影に声を発する。障壁を張りながらジリジリと後退する臆病者達に?先程まで罵しられていた者達に?否、突拍子のない作戦をすぐに信じた勇気有るバカ共に送った。



『来ました。巳波さん、お願いします。』



『分かってる。水よりいでし言霊よ、我らの糧となる事をここにて誓え』



 魔法瓶の中から掌に中身の液体を取り出し、命令文を詠唱する。スルスルと指の間を抜けていった液体が鍋の中で今まで集めた魔物の肉の油を溶かしたドロドロの油を包み込む。



『弾き飛べ』



 由香里が杖を鍋に翳し、中身が水でコーティングされたビー玉代の大きさになり真上に無数の弾が飛び上がった。再び杖を頭の上に掲げて



『送れ!!』



 短く命令し、自身が起こした風の流れに乗せて油の玉を一気に送る。光沢を持つ玉が翼竜の遥か頭上で大きな球体へと変貌を遂げた。



 そんな事はつゆ知らず、青いブレスを勢いよく吐き出す。先程までの火球とは比べ物にならないほどの高温で辺りに陽炎が立ち上り、遠近感を狂わせる。



 刀身に指を当て、命令文を詠唱しようとするが刀身が砕け散る。使用限界だ。なんの変哲もない剣に外部から無理やり魔力を取り込ませ、ずっと高濃度の魔力を流し込めばこうなる事は明らかだった。



 しかし、この場面でこうなってしまっては後がない。



(奥の手だったのにな。)



 剣の柄に付いていた鎖を歯で噛みちぎり、詠唱を唱えて吐き出す。



『我を守る盾となり、我を守る刃と化せ。』



 勢いよく吐き出された鎖は銀の塗装が剥がれ中から栗色の毛が露わになる。茶色く光だし暴風が周囲に吹き荒れる。



 暴風自体にブレスを押し返す力はないものの、使用者の周りに空気の膜を作り出し、遥か上空へと空気の流れを変えブレスは油の玉に直撃した。



 中の油が暴れまくり、真球だった形が歪に変貌し水の膜が破れ地面に降り注ぐ。



『ギャァ ..ギャァァァ.ァァ』



 途切れ途切れの咆哮。降り注ぐ油の雨は翼竜のブレスで高温になり、体の鱗に熱を伝える。暴風でさらにまとわりつく。完璧なまでに皮膚に張り付いていた鱗が高温の油によってめくれ上がり逆立つ。智は風の膜で守られ続けている。



『巳波さん、鱗がめくり上がりました』



『分かってる!!』



 液体が抜けきった魔法瓶を掌で叩く。カラカラと二つ青黒い石が出てきて数十メートルの空洞の長槍に戻る。一本を地面に刺し、もう一本を槍投げの要領で構える。



(これで全てを決める!!)



 作戦は陽動で翼竜の気を引き追い詰め、炎系統の技を出させて、頭上に固定した油を温める。



 高温に熱せられた油を炸裂させ、やつの鱗を油揚げにしてその間から形状記憶させ、結晶で鋭さ自体を強化させた長物で仕留める。それが三人で勝つ唯一の策だ。



『我が身から離れし、水の力よ悪しき者の身を貫け』



 助走を付け、思いっきり槍を投げる。槍に付いている水分に簡易的な命令を与え、矢羽の様に仕立て上げ、コントロール緻密なコントロールをする。カリッカリに鱗が揚がり触っただけでホロリと崩れる。そんな所に槍が刺さっては貫通するのも容易い。  



 と言うか、麩菓子を貫くかのように貫通した。



『ガギャャャャャャャ』



 胴の部分に刺さり、傷から滴る血液よりも濃い紅い血液が槍の刺突部から露わになる。断末魔のような声が響き、作戦はここで終了する手筈だった。



 しかし、翼竜から煙があふれ、一瞬のうちに体を隠し、智の生存すらも確認できなくなった。



『巳波のやつしくじったのか』



 風の流れが完全に止み獲物がない中では完全に死を意味する。



『これじゃあ、予備を投げられない。ねぇ、消して、煙を払ってよ。獲物も第二強化術も無いんじゃ死んじゃうよ!!』



 由加里の胸ぐらを掴み、罵声を浴びせるが浴びせられた方の取り乱し用は計り知れない。



『ひゅる、ヒュー、,.』



 翼竜は肩を大きく上下させ、口を無気力にパクパクさせる。口からは涎を垂らし、歯をカチカチと鳴らして顔を青くする。日常生活の中で感じない鮮明な死の匂いが辺りに充満する。この二人に限った話では無い。



 生き残り組も、戦況を目にして少なからず希望を感じていたが局面に絶望し、次々と膝を突く。突然笑い出す者、泣き出す者、過呼吸になる者、様々だが絶望の目は等しく同じである。



 ここにいる者全てが一人の勇敢なものの死をあたかも望んでいるかのように。


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